遭遇、或いは星の狐
ロダ兄と別れた後、焚き火の灯りを見ながらおれは女子寮を目指す。それで良いのかという話だが、護衛のために女子寮前のボロ小屋なんだよなおれの部屋。まあ、全然戻ってないし、何なら鍵すら掛からないポンコツで雨は防げるってだけなんだが……こうもなろう。基本的に男子が女子寮に近付くなって話だしな。
ってか、その割に一年間あまり居なかったんだが……そこは反省点だろう。護衛として、ついでに言えば乙女ゲーの攻略対象としても割とアレだ。
騎士団の仕事もあるし、アルヴィナを取り戻しに行って暫く牢にぶちこまれるわアステールを助けに行くわで、まともに学生として動いてなかった。ここまで会えない勝手に動く攻略対象だったらゲーム投げてた。
いや、違うなと自嘲する。ゼノってゼノルート行く気無いなら邪魔な癖に何かとイベントあったから飛び回って絡んでこない方がマシだわ。その点嫌なら関わってこない空気読めないようでその実絡んだ方が良いと判断してからしか来ないロダ兄とは対照的だ。
『兄さん、寂しさを感じてるならしっかり学園生活送れば良いんですよ?どうせ、前世では中学一年までしか通えなかったんですし』
とか神様が言っているが、それをしたら終わりだろう、世界が。
とか無駄な事を考えながら歩いていると、ふと揺れる尻尾に気が付いた。
ああ、亜人の生徒か、と軽く目を向ける。教員の中には亜人って一人しか居ない(なお獣人は0だ。魔力がない=おれと同じで魔力で動く照明は点かないしボードに魔力を流して文字は表示できないしで授業にならない)から生徒だろう。特にあの彼はウサギっぽい亜人で尻尾はスーツのズボンに隠れてしまうし、耳も大きな帽子から流すように出して飾りのようにしている。少なくとも今見えているように薄桃色のヴェールとかでは……って待て、ヴェール?
「……アステール?」
「おー、待ってたらおーじさま来ると思ってたねぇ……」
耳をぴこっと立てて、良く良く見れば地に足が着いていない(靴底が接地せず0.2cmほど宙に浮いている)その姿は、しっかり見れば此処に居るはずの無い少女であった。
本来二又の筈の狐の尻尾は一本になり、片方の瞳にだけ星が浮かぶオッドアイ。もう間違いはないだろう。
が……居る筈無いのだ。昨日話をしたし、その際はアナに水鏡を使って貰ったがしっかりと繋がった。だから聖都に居たのは間違いない。アナの水鏡は地点指定型だ。聖都から移動していたら繋がらない。
そして……それから一日以内に移動するなんて、それこそAGX系列でもなければ無理だ。
「……どうやって来たんだ?」
同時、少し警戒して愛刀の柄に左手を添わせる。もしかしたら、このアステールは本人が言っていた魂の分裂先、つまり竜胆佑胡の元に残った欠片なのではないか?
ならば、近くにあれだけやらかした事をちゃんと反省したのか未知数のあいつが居ることになるし……
と思ったが、片方の星の浮かぶ瞳をしっかり見直して違うなと結論付ける。あっちのアステールの姿は見ていないが、多分今のアステールと逆の眼に星があるんだろう。
「おー、実はステラ、生き返ったとは言いがたくてねぇ……」
とんと地を蹴れば、その姿は宙で停止する。触れようとしても、おれの指は彼女の体をすり抜けていく。
……だからって、さりげなく動いておれの手が胸元に行くようにするのは止めようなアステール?
「……実体が、無い」
「今のステラはドロドロになった体と、溶けて歪んだ魂の憐れな狐」
「いやでも、聖教国では」
「あー、そこではちゃーんと実体保ててるよー?」
こてん、と傾げられる首。おれは何がなんだかあまり分からずに首を捻る。
「おーじさまに分かるように言うならー、今のステラは体も魂も足りない状態をあの腕輪でカバーしてある状態なんだー。
だからー、所有者であるあの子の側にこーして腕輪に補われてる部分だけで来れるーってこと」
「つまり半ば幽体離脱しているのか」
と、こくこくと頷かれる。
「そーだよー?だから、ステラは死んでないし生きていない」
言われて、胸に棘が刺さる。
「おーじさまには責任取って貰わないとねぇ……」
が、ニコニコ顔で言われてその棘は溶け消えた。
「……責任、か」
「そーだよねー?おーじさまがあのおっそろしーユーゴ様を生かすって選択をしたから、今のステラがある」
ぐぅの音も出ない。それは確かだ。
だが、
「そこに思うところは……二つの意味であったから、今こんな状態なんだろう?」
反撃はおれにも出来る。何故ならば、アステール自身彼女を信じる部分があったから、その部分が柩の中に切り離されて今の状態なのだから。
「まー、そーだと思うけどー、今のステラってユーゴ様について思うところをぜーんぶ無くしたステラだからー、死んでほしーなーとしか想ってないんだよねぇ……」
言われて苦笑する。まあ、ユーゴ想いの部分が消えてるから不安定なんだしな、分からなくもない。
「すまない」
「謝るくらいなら、とっとと決着付けて欲しーなー?」
その言葉に、本気を感じて気が重くなる。己の選択が正しかったと叫ぶ心に亀裂が入る。
それを隠すように、おれは曖昧に歪んだ笑いを浮かべた。
「まあ、出会うことが……道が交差することがあったら、な?」
……逃げだ。そんなのおれ自身が知っている。それでも、間違っていたと言えば全部が無駄になる気がして、おれは言葉の上で逃げた。
「おー、待ってるよー?」
「というか、何で現れたんだ?」
「ステラ自身から色々と言おーとしたら、こーだよねー?」
それは分からなくもなくて頷く。
「つまり、誰かに何かを……というか、多分アナと話したかったってことか?」
「そーそー。おーじさまがステラが書いてるお話について進めてることはー、何もしなくてもだいじょーぶそーだしー」
「いや、アナ達についても」
「お金って、大変だよねー?」
「うぐっ」
結局、アステール絡みの借金は半分だけ返して後は踏み倒してる。それを言われると弱い。そもそも返済まで金利0って良心的極まる状態で借りてるのが酷いがな。
「そーじゃなくてー」
ん?何だか困った顔してるな、アステールが。
「いやー、ステラも関わりたいから、お金がひつよーな聖女にお金を貸しに行ったんだよー?」
「いや、アナ達ってそんなに金が」
「アイドルユニット、『天津甕星』、ステラもいしょーで関わろっかなーって」
「いやどうなってるんだよその辺りの話!?ってか、その名前大丈夫か!?」
主に七大天絡みで。
『あ、兄さん。私は天津甕星ではなく天雨甕星ですし、私が伝えましたから平気ですよ?』
……神様公認ユニット名だった。
「ってことは、やりたいことは終わった?」
「後はおーじさまとデートで満足かなー?」




