銀髪聖女とあの日の夢(side:アナスタシア・アルカンシエル)
桃色の髪の聖女様はそそくさとわたしの鞄を元の扉に立て掛けようとして……
「あ、それアルヴィナちゃんが落ち込んでましたから置いてただけで、持ってきてくれた方が助かりますよ?」
「うんまあそうだよね!?」
って、拾い上げたままそそくさと机まで持ってきてくれました。わたし一人が使うにはちょっと大きすぎるくらいの机は、並べたお茶のセットの横に白い鞄を置いてもまだまだスペースがあります。
「……ところで、あいどる?ってどういうものなんですか?」
少し落ち着いて、リリーナちゃんにもお茶を用意したところでわたしはふと問いかけました。聞きなれない単語ですけれど……
「あ、アイドルっていうのは……あれ何だっけ?元々は偶像って意味の言葉なんだけど……あれ?正確な定義ってどんなだっけ?」
こてん、と首を傾げるリリーナちゃん。偶像というのは実際に物理的に存在する、崇拝する存在……つまりは神様の像とかそういったものの事です。というより……
「わたしたちって、元々偶像みたいなものですし、アイドルなんでしょうか?」
「あー、うん、何て言うか、恋愛感情含めて愛される、歌って踊って色々と芸能活動する……って、この世界じゃあんまりそういうの無いから何ともね……」
「あ、真性異言さんの言葉なんですね?」
「まあ、皆から好かれるように、可愛さを押し出した服装でより歌とか踊りとかやって好感度稼ごうとしてるアーニャちゃんとかそういう感じで思ってくれたら良いかなーって」
その言葉に頷きます。
「つまり、リリーナちゃんはアルヴィナちゃんと一緒に歌って踊れば良いんじゃない?って言ってくれたんですか?」
少し考えるように左手の人差し指を曲げて唇に当てます。
悪くない気もします。アルヴィナちゃんは可愛いですし、ぜんっぜん縁が無かったからちょっぴり舞踏会とか苦手なわたしと違って魔神族の皇女さまですから。踊りは得意だと思います。
「あー、舞踏会とかより、もっと可愛さ重視で、うん」
「なるほど?」
「あ、こんな感じね」
そう言うと、リリーナちゃんは立ち上がり、制服のスカートを揺らしてくるっとターン。そのまま、ステップを踏んで両手でハートを作り、それをわたし達に向けて押し出してそのまま両手を上に上げ、大きなアーチを描きました。
「可愛らしい曲に合わせてこうやって、ペアで舞踏って感じじゃなく踊るのがアイドルの一般的な感じかな?」
「わ、可愛いです。アルヴィナちゃん、一緒に頑張れますか?」
これなら、アルヴィナちゃんも活躍できそうですし、皆さんにも多少受け入れて貰えそう。そう思ってわたしは横の黒髪の女の子に語りかけました。
「……ボクにも、出来そう?」
呟く少女の狼耳は立ち、瞳はキラキラしていて……やりたいって気持ちが伝わってきます。
「あーにゃんの足、引っ張らない?皇子に見て貰える?釣られた魚に餌を貰えないのは、ちょっと堪える」
「いやいや、アイドルって可愛い、推せる、って気持ちが主で……別に歌も踊りもそこまで上手くなくて良いって言うか……
単純な技術より惹き込む感じ、応援したくなる気持ちが重要だから……行けるんじゃないかな?」
ツーサイドアップが揺れます。桃色の少女の太鼓判を得て、アルヴィナちゃんはやる気を得たのかひょこっと立ち上がりました。
「……あれ?けれどその場合、班の皆さんは?」
「いやいや、演劇とか普通に出し物にあるじゃん?班の全員が出演はしないけれど、小道具だったり照明係だったりで皆で頑張るもの。アイドルも同じだよ?」
「じゃあ、主にステージに立つのがわたしたちって感じでも、出し物として大丈夫ですね」
結局わたしを推したいって皆さんの思いにも、皇子さまと回りたいからあまり長時間拘束されたくないわたしの我が儘にも、アルヴィナちゃんを参加させてあげたいってところも、全部叶えられちゃう名案です。
「あーにゃん、ボク、やる!」
「はい、頑張りましょうね?」
と、わたしはふと気になります。
「けれど、随分と詳しいんですね?」
「あー、実は私……あ、リリーナじゃなくて恋の方ね?
私、昔アイドル目指してたから……オーディションとか受けてたし、練習もしてた。
……デビューも目前だったなぁ……」
そう遠い瞳で告げる少女の瞳には、寂しさが見えて。きゅっと縮こまりながら自分の体を抱き締めるリリーナちゃんに、わたしは何をして良いのか少しの間分かりませんでした。
「……上手く、行かなかったんですか?」
「あはは、可愛かったから、オーディションはちっさなところとはいえ三回目で受かったんだけど、ね。
だからかな?
『ボクだけのものだ』なんて。ワケ分かんない台詞を吐き散らすストーカーに襲われて、さ。多くの人の前に、特に男の人の前に立つのがどうしても怖くなって引きこもっちゃったから。アイドルとしてはまともなレッスンすら一回しか受けてないよ」
「……リリーナちゃん」
「だから、乙女ゲーとかさ、基本的に被害を受けない世界に逃げて……私は……」
言葉が途切れる前に、わたしは震える手を取りました。
「リリーナちゃん」
「……あはは、情けないよね。乙女ゲーヒロインにまでなって、元の太陽みたいな女の子乗っ取って、こんなんだもの」
「リリーナちゃん。皇子さまも、竪神さんも、ロダキーニャさん?も。オーウェン君達も、皆リリーナちゃんの味方です。
わたしだってそうです」
涙に濡れる緑色の瞳を覗き込んで、皇子さまも言うであろう……何よりわたしが言いたい言葉を探しながら紡ぎます。
「大丈夫です。きっと、今恋ちゃんがこの世界に居るのは、今度こそ幸せになるためですから」
「アーニャ、ちゃん……」
「えへへ。わたしはもう迷いません。欲張りさんになっちゃいますよ?
だからですね、あんな風に踊れたり、きっと本当は夢、忘れてないんですよね?なら……
一緒に、やりませんか?」
「……大丈夫、なのかな?」
微笑むわたしを見返して、暫くの沈黙の後、少女はぽつりと返しました。
「はい!きっと、です」
「じゃ、じゃあ……」
おずおずと上げられる顔。少しだけ憮然とした表情をしていたアルヴィナちゃんも、意を決したのかリリーナちゃんの手を握ったままのわたしの手に小さな己の手を重ねます。
「えへへ、頑張りましょうね?」
「そ、そうだよね。頑張ってみる、ゼノ君にも言われたし……私も進んでみないと。じゃあ、」
と、そこでリリーナちゃんが固まります
「あれ、どうしたんですか?」
「いや、頑張るぞ、おー!しようとしたんだけど……ユニット名無くて言えなかった」
「ゆにっと?アイリスちゃんが作ってるあのゴーレムとかですか?」
「いやあれもユニットだけど、グループ名って方が分かりやすいかな?」
それを言われて、少し考えます。
「皇子さま達が守った明日をキラキラしたものにしたいから。だから始めた物語……『明日部』」
「うんごめんねアーニャちゃん、意図は良いけどちょっとアイドルのユニット名としては、言いたくないけどダサい」
「『あーにゃんず』」
「それどうなの!?」
「間違えた。皇子のためが強いのに名前に入ってないから可笑しい」
「いやそういう問題なのかな!?」
そんな風に元気に色々と言ってくれる、髪を跳ねさせる少女に思わず微笑みが漏れます。
「じゃあ、リリーナちゃんはどう思います?」
「えっと……明日、っていうのは良いアイデアだと思うし、私達ってぶっちゃけた話寄せ集めたばっかりで明確な共通点って無いから……」
むむぅ?と唸るリリーナちゃん。けれど、すぐに答えは出たようでした。
「『ラススヴィエート』、でどうかな?」
「えっと、語感が格好良すぎじゃないですか?皇子さま達が名乗った方が似合うような……?」




