威嚇、或いは再会
「では、この辺りの意見は確かに当人に伝えておきます。そちらで復活編の基礎台本が完成したら伺いますので」
そう言って軽く頭を下げ、前金として魔法石(ちなみに魔法で幾ら分の値段まで引き出せるって刻まれた石の事だ。おれは残高見れないし使えないが、刻まれた額は知っている。まあ、小切手というか引き出すことだけ出来る預金通帳というか、そういうものだ)を卓上に置くとおれは立ち上がる。
「前金かい?律儀だね、信用も信頼も、相応にしているというのに」
「そう言ってくれる相手は少ないですから。前金全額で請け負うって言って逃げる相手の方が多いですよ」
なんて苦笑するおれ。
「問題行動だね」
「おれを忌み子として知ってる相手からすれば、こんな奴の為に時間を割いただけで損って話すらありますし、裏切っても評判もそこまで落ちない。それが忌み子ってものです」
いや可笑しいと思う点もあったが、虐められるってそういうことだしとずっと割りきれてしまっていた。
自嘲と共に少しだけ寂しくおれは笑って、でもと切り出す。
「まあ、今回そんな話になるとは思ってませんが、癖みたいなものです。受け取っておいてください、どうせ衣装だ小道具だで資金は必要ですしね」
「そうだね。仕立てておくよ。で、君の衣装は……」
その言葉に、立ち上がったおれは腰に下げた愛刀の狼の頭を模した柄頭を軽く右手の二本指で叩いた。
「力を貸してくれるそうですから、本物使いますよ。いや、あれは本物というかおれに手を貸してくれる皆の想いの結晶装甲でしかないので、外観のモチーフくらいではありますが」
「見せて貰えるなら有り難い。脚本が完成したら、一度造形の為にも見て良いかな?」
「はい、時間を取って伺います。余裕があれば、ですが」
そうしてやり取りを終え、外に出たおれは空を見上げる。太陽は二つあるが、月はそうではない。まあ、天動説じゃないから満ち欠けは月の変わり目毎に、世界に満ちる魔力の強い属性が変わったことで見え方が変わるって状況だが。今は新月に近くてほぼ見えない。これが次の龍の月になると一ヶ月の間三日月っぽく見えるようになるんだよな、不思議大気圏だ。
が、そんな星しか見えない空に、翳りが見えた。大きな少し透き通った翼が、王都の空に翻っている。それを見上げて、何かあったら撃ち落とすと愛刀の柄に手を掛けていれば……呑気にそいつは通りの真ん中へと翼を打ち振るって降り立った。
……全体的に赤い姿に、青い光。若いというか幼いからか透き通った部分もある身体が、内部に迸る魔力……青い光として見えるそれを外部に漏らしている。
外見そのものはほぼまんま西洋のドラゴンってイメージそのまま。強靭な四肢がある分、聖教国で見たワイバーンの各種より凄そうって印象が少しあるだろうか?というくらいだ。
ってこいつか、なんて思って警戒を解けば、その背から二人の人影が降りてきた。即ち……
「おっつかれー!」
「空の旅……凄いけど、落ちたらって思ったら怖いね……」
一人はピンク髪の少女で、もう片割れは桃色の一房を持つ黒髪の少女……いやこの顔立ちからして早坂桜理側、つまり少年だな。中性的過ぎて一瞬迷うが、見分け付くようになってきた。
うん、時折サクラ側で顔見せするんだが、その時に間違えると寂しそうに目を伏せるからな、可哀想で見たくないんでおれもいい加減学んだのだ。
そんな二人がドラゴンの背から降りて、きゃっきゃと楽しげに話し合っている。おれには気がついていないようで……
「って、わっ!?ぜ、ゼノ君!?」
あ、リリーナ嬢の方が気が付いたか。龍に乗るというのにスカートなのはどうかと思うぞ?という嫌味を飲み込んでおれは軽く手を振った。
「リリーナ嬢、それにオーウェン。仲良さげだな」
「い、いや僕は一人で空はってついていっただけで……」
「まあ、まだデートとかじゃないよゼノ君、変に早とちりしないでね!?」
と、互いからデートを否定されて、知ってるよとおれは苦笑するしかなかった。
……うーん、何というか、リリーナ嬢側はツンデレというか、恥ずかしい感が出てるのが何とも言えない。普通応援したいんだが……桜理の側、おれに告白してきた事がある程度には女の子なんだよなぁ……
いや、百合とか別に良いぞ?同性を愛するのを止める気はないが、互いにそれをちゃんと話し合った上での愛情には程遠そうだ。桜理側が前世側を主軸に男として生きるってどっかの竜胆佑胡みたいな覚悟を決めたらうまく行くんだろうけど……
悩ましい、と肩を竦めていたら、おれの視線が妙に気になったのか、良く頑張ったねーと撫でられていたドラゴンが一声吠えた。
ってか、自分が選んでおいて何だが、希少種族だけあって、外見が凄いな。一部だが透き通った肉体とか何なんだろうコイツ。心臓が燃えてるのが肉眼で見えるのは只者じゃない。
「っ、と。まあそれは二人の問題か。
リリーナ嬢、ちゃんとおれが贈ったドラゴン、孵ったんだな。名前は決めたのか?」
「うん、ジーバ君だよ!」
言われて、ジーバクンとは何だろうと首をかしげながら、まあ当人の言いやすい名前なら良いかと頷き、アウィル向けには干しリンゴの方が喜ばれるから余っていた干し肉を取り出す。
「ジーバクンか、ほい、食うか?」
『ギャルルルグォォッ!』
……何だろう、滅茶苦茶に威嚇された気がする。
「あ、あはは……ジーバ君どうしたの?ゼノ君って凄く好い人だよ?」
『グルギャアッ!』
リリーナ嬢を護るかのように立ちはだかり、前肢を上げてしゅつしゅと爪で空を切るドラゴン。完全に敵視されてて笑うしかない。おれが何をした。
「……うわ、何か嫌われてる……ごめんねゼノ君、私そんな気は無かったけど」
「まあ、頼もしいんじゃないか?リリーナ嬢を護ってくれって贈ったんだし」
当たり前だとばかりに、既に足を折って伏せ気味の体勢でも人の身長より大きなドラゴンが吠えた。
「で、ジーバクンってどんな意味の名前なんだ?」
「ゼノ君ゼノ君、名前自体はジーバだよ?」
「ジーバなのか、由来は?」
ジーヴァの方がカッコいい響きな気がするんだが。
「この子さ、頭の角がぴょんと立ってとがってて、何処か猫ちゃんみたいじゃん?
それに、赤で青い炎が燃えてるって色合い、私が前世で沢山見ていたアニメに出てくる地縛霊に似てるんだよね。その霊猫ちゃんも全体的に赤くて青い人魂を浮かせてて、まんまだなーって。だから、地縛霊猫でジバ……をもじってジーバ君。だめ、かな?」
こてんと首をかしげられるが、止める意味はないので別に?とおれはおどけた。
「良いと思うぞ?頼んだぞ、ジーバ」
お前に言われるまでもとばかり、牙を剥き出しにして年若い龍は吠えた。




