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依頼、或いは劇団

そんなこんなで、アウィルを洗ってやってくれと言い残してアナと一旦別れ、おれは歩みを学園外へと向ける。

 

 あの日……ユーゴと戦った日から3週間ちょっとが経過していた。で、ノア姫の転移でとっとと皆は帝国に帰り、悪意無い転移には乗れないおれもアウィルと共に地を駆けて戻った。そうして今、またまたアステールからお手紙で呼び出されて聖教国と学園を往復したって所だ。

 何用かと思っていたが、何でも新刊絡みの話だったらしい。星野井上緒名義で出しているあいつの新刊、大急ぎで原稿仕上げたけどーって奴だ。無理矢理おれがニコレット達に作って貰った予告用特典短編ペーパー挟み込んでたからな。それと矛盾を感じないか、強化フォーム登場回として違和感無いか、色々と聞きたかったのだとか。

 特に、とある人達に。が、その人達とコンタクトを取る魔法は使えないし対等に話をするのも難しい。だからおれに対談してきてその結果をアナを通じて水鏡で教えてとの結論だった。

 

 いや、案外気楽に呼び出されてんなおれ。仮にも一応他国の皇族なんだが。

 

 なんて思いながら、おれは学園を出て、ひょいと王都の街壁の上に飛び乗る。

 「曲者!って何だ忌み子か」

 「何だカード大好き衛兵か」

 夜勤は珍しい顔見知り(良く見張りをサボって隣の兵士とカードゲームやってるアホ)兵士が見張りに立っていたので、仕事しろボケとどの面な言葉を吐いて街に降り立つ。

 うん、門を開けてくれと言わずに入るとかおれ自身侵入者だしな、仕事されたら捕まるわ。

 

 とかろくでもない事を考えながら人気の残る街を駆け抜ける。何年ぶり……って訳でもないな、最近来たし。

 そうして、辿り着くのは人々が夜半まで己を売っている人市通り。その一角に目的地はあった。

 

 高いビブラート音声をバックにシックな扉をノックし、鍵が開けられていることを確認して入る。おれが行くと言うことは伝えていた筈だし、今は営業後だ。表が空いているということは入って良いのだろう。

 

 「……ああ、来たのか」

 「はい、暫くぶりです、団長さん」

 そう、おれが度々お世話になっている劇団の劇場である。

 

 「……暫く差し止めておいては貰ったのだけど、流石に皆が発売を待っていた作品は完全には止められなかった」

 「いえ、平気です。その為に、いえその為も含めて、おれ達は頑張ってきたんですから」

 と、おれは微笑んで劇団を管理する男に向けて一つの紙の束を差し出した。

 

 「……これは?」

 「作者、星野井上緒(アステール)からです。可笑しくなっていた自分が、描いていた物語をあんな形で終わらせずに済んだのは皆のお陰もあるんだって事で、大々的にちゃんと続編で復活編を出したい。だから……」

 一息だけ置く。

 

 正直、アステールからはそこまで言われていない。初稿の意見を聞きたいというだけ。が、聖教国でも痛感した事がある。この世界では珍しかった痛快娯楽物語、それがどれだけの人の心に根付いていたか。どれだけ希望に繋がっていたか。

 魔神は敵と語る宗教国家の大の大人があの作品を下敷きに魔神由来の血を持つおれを認め許していたりと、あまりにも裏で影響は大きかったのだ。

 

 ってか、原作ゲームよりおれの立場そのものが割と良いからな。ゲームだともっと周囲から馬鹿にされまくってた。それを変えたのはやはり、あの作品とノア姫の存在なのだろう。

 

 「その盛り上げの一貫として、帝国内で一番あの物語を演じてきた皆さんに、発売と同時くらいから復活編の劇をしていただきたい」

 静かに、相手の瞳を見ておれはそう告げた。

 

 「……公演依頼という訳だね?」

 「はい、そうなります」

 「ということは、解決した?」

 「お陰さまで、です。この劇団の方々がいち早く行動を開始してくれていなければ、きっと無理難題になってた状況でしたよ。

 けれど、希望的改変を間に合わせてくれた。魔神剣帝の物語を読み進め、だからとおれに手を伸ばしてくれる人達が残っていてくれたから、何とかなりました。

 物語も、現実も、明日を迎えられる状況を護り抜けました。有り難う御座います」

 頭を下げながら、もちろん、とおれは腰の愛刀の柄を軽く叩きながら苦笑する。

 「被害を出さないことは出来ませんでしたけれど、最悪は避けられた。だからこそ、期待させた希望の復活を、劇として演じて欲しい」

 

 暫くの沈黙が周囲を支配する。

 

 「一つだけ、条件を言っても良いかい?」

 「出来ることならば」

 「難しくはないさ。君になら出来ることだよ、皇子。

 その復活の剣帝公演、最初の一回の時期は……恐らく、聖女様方の通う学園の学園祭の頃だろう?」

 軽く頷くおれ。

 

 「紅蓮祭には、招待枠があった筈、それとも、もう無いのかな?」

 「いえ、ちゃんとありますが」

 「ならば、そこで公演させてもらって良いかな?」

 その言葉には一も二もなく頷くおれ。

 

 「助かります。いっそ此方から頼もうかと思ってた程です。聖女様方ではなく流石に皇族が外部からの招待枠を選ぶべき……なものの、あの学園で正規に生徒なのはおれ一人ですから。第一候補でした」

 「買ってくれてるね、有難い」

 「そりゃ買いますよ、おれには出来ない芸術ですから、ね」

 互いに軽く笑いあって、更に続けようとして……

 

 軽く手に遮られる。

 「さて、これとは別に、本来の要求良いかな?」

 「あれ、もう一個あるんですか?」

 「あるよ。その公演に限って……主役を君に頼みたい。それ以外の時はちゃんと家の役者が演じるけれど、やはり、本人がやってこそ、を見せて貰いたいね」

 

 そう来たか、と内心で驚く。まあ、彼等に悪意など無いだろうというのは理解している。理解しているが……

 

 「君なりに思うことはあるのだろう、第七皇子。だが、だからだね。我等もその英雄を見てみたい」

 少し陰った表情を誤魔化すように、おれは自分の火傷跡を撫でた。

 

 「団長さん。おれに出来ることは、敵を倒す事くらいです。でも、それで明日を護れても、人々は傷付く。そうして立つ気力を喪えば、そこで終わりです。

 だから、貴方方や聖女様方が居る。おれはそう思っています。傷付いても、苦しくても、明日に希望を持てるように。おれは本来、そうなる以前の場面で足掻くだけの男ですよ。

 

 ……でも」

 「やってくれるかい?」

 真剣な瞳に負けたとばかり、おれは肩を竦めた。

 「一度だけですよ、おれ、演技派ではないですから」

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