未来展望、或いは終わった筈の話の続き
「そういえば、オーウェン達は?」
麦粥というか、実情はほぼスープパスタを掬って口に運びながら、不意におれは問い掛けた。グラタン等に入ってそうなくるっとした木の葉型のパスタが牛骨から取ったろうスープと千切られた肉、そしてアクセントに散らされたハーブと合わさって濃厚な味を醸し出している。
うーん、粥かこれ?とは思うがおれ自身弱ってる病人というよりは栄養が欲しい怪我人なのでこうした濃いものは割と嬉しい。
「あの子達なら残ったわよ。『後はワンちゃんの縁さ』とか『僕が居たら文句言っちゃうから』って理由でね」
……妙な信頼されてんなぁ、おれと苦笑しながら、もう一匙と掬って……
口へと運ぶ寸前、横からあむっとアルヴィナに食べられた。
「……止めなさい」
「……ボクを心配させ怒らせた埋め合わせ」
「後にしなさい、怪我人に余計な事をさせないの」
半眼で嗜めながら、ノア姫は小鍋に残してあった麦粥を別口でよそってアルヴィナへと差し出した。
「皇子と食べるのが良いだけ」
「……だからそれを後になさい、と」
そんなやり取りは周囲からはほぼ無視されて、アナ達はといえば……
「えっと、本当に聞きたいんですか?」
えへへ、と少し照れた顔。終わったことを実感したくて、聖歌を歌って欲しいといったリクエストを受けて頬を赤らめてサイドテールを指先でくるくると回す。
「おー、任せてねぇ……」
と、アステールが指を鳴らして、理由は分からないが一本になってしまった尻尾をメトロノームのように降り始める。そうすれば、魔法書が輝き、勝手に大聖堂内に備え付けられている巨大な楽器……パイプオルガンみたいなアレが鳴り始めた音が開けた扉の中から聞こえてきた。
って待て、このイントロって?
「え?あ、この曲ですかアステールちゃん?
が、頑張りますけど……『お、お、オーオーオーウォー……』」
うん、こんな歌い出しの時点で分かりそうだが、これ聖歌じゃない。いや始水の冗談か龍姫のそれってアニソンなんだけど、その意匠を組んだオリジナル曲……子供向けの劇の舞台で合唱されているあの曲。そう、タイトルは確か『剣帝覚醒!』である。
つまり、あの魔神剣帝シリーズの劇のOP、ガッチガチの熱血スーパーロボット曲風味なのだ。
……いや良くイントロだけで分かって歌えるなアナ!?
「え、アナちゃん!?」
「えっと、アステールさまが願うなら、やっぱり子供達の、皆さんの希望となるなら!この曲から!
歌える人は、一緒に!」
なんて告げて、指を遠慮がちに伸ばして天を指すと少女は氷で作ったマイクを手に歌い始めた。
「ふふふん」
更にはノア姫までアカペラというか音程だけ合わせてハミング始めている。
いや良く歌えるな、完全に男子向けの曲な気がして……
あ、と思い出す。
「ええ、アナタが歌うのを記録水晶に録音してあげたのは誰か、思い出した?
何度も聞いたのだもの、音くらい覚えているわよ」
言われてそりゃそうかと頷く。確かシリーズのとある巻の特典に付けるとか、劇の続編以降歌う為に練習したいが音の手本が欲しいとかで辺境の騎士団に居る時に歌おれも散々歌ったんだった。声優の声が出る喉って美声で凄いなと思ったのをうっすら覚えている。
そんなことを考えていると、不意に脳裏に幼馴染神様の声が響く。即ち、
『行かないんですか?』
と。いや待て行くって……おれが素のまま出てってどうする?
『いえ、少しなら手を貸してくれますよ。神器を振るうものは希望たるべし。その意志は強く持っている筈ですからね』
そういうものかと横に置いた愛刀を見れば、淡く輝いていた。共に限界ギリギリの割には乗り気だと思う。
っていうか、最後の方何も言ってくれなかった割にはさらっと戻ってくるな始水……と思ったが、口出ししないで置いてくれたって感じか?
とか考えている間に一番のサビが終わり、間奏に入る。
「救世主様も!」
なんて父親の手を握った少女信徒に言われて、エッケハルトがうわぁと頬を掻いていた。ついでにヴィルジニーがその子を睨むが……相手は子供だぞ子供。
そんなものを見て少し迷っていたら、背中を押された。
「行きたいのではないの?無理する程ではないし、何より……アナタが一番頑張ったんでしょう?それを誇るのを、ワタシは止めないわ」
「皇子、ボク……皇子が録音したの、聞いたことない」
アルヴィナもさりげに左手に手を重ねて魔力を送り、死霊術を作動させて手助けしてくれる。
じゃあ、行くか。
そう決心したおれは、さらっと生きてはいない少女ユーリの亡骸を眺めるアルヴィナを置いて、愛刀を手に地を蹴った。
折しも、最後のサビ、盛り上がりどころに入るところで……
「ああもう、分かったって!」
二番を聞いて何となく歌詞を掴んだろうエッケハルトが歌い出したその瞬間に、変身してというか、ハリボテの装甲だけ展開して飛び込む!
「『紅蓮の空へ!』」
そしてちゃんとステップ踏んで場所を開けてくれたアナに感謝しつつ、演劇であの縁ある人達に見せて貰った演技のように愛刀を振って歌いながらポーズ!サビが終わる頃に剣を天高く掲げて歌い終える。
……良く良く考えたら、原作小説や舞台では愛刀湖・月花迅雷じゃなくデュランダルモチーフの大剣だな掲げるの!?まあ良いか。
「……はい。これからもわたしたちは頑張ります。こうして、皆さんを護ってくれる人達が居ますから!」
「「「「「ウォォォッ!」」」」」
謎な程の熱気が巻き起こる。
「救世主!救世主!」
「聖女さまー!こっち向いてー!」
……声援はこんなんばっかだったけど。そしてエッケハルトが折角歌おうとしたのに邪魔すんな!と膝蹴ってきたがまあ、そこは許してくれ。
と、そんなこんなで熱気に誤魔化されたのか、割とあっさり民衆は引いてくれ、昼頃にはもう大聖堂……では勿論なく、貴賓室でおれはアステール達と向かい合っていた。
「この先どうするんだ?」
「うーん。ステラは残るしかないかなー?おとーさん、実はあの円卓の人達の傀儡にされちゃってるし、ステラが居ないとまとめきれないよねー?」
その言葉に頷くと、寂しげに少女の大きな狐耳が揺れた。
「けどー、ステラはおーじさま達が頑張ってくれたからお姫さまになれてるわけだしー?そこはしょーがないというか、光栄だよねー」
ふふん、とそこは自慢気。耳も尻尾も立つ。
「それにー、おーじさま達が盛り上げてくれたのもあって、新刊書かないとだからねぇ……暫くおーじさまとは別行動かなー?」
「いやその事なんだが」
「ステラ知ってるよー?誰かが、ユーゴさまのせいで狂ってたステラが打ち切ったお話の続き、書けるように非公認の次回予告用紙、挟んでたんだよねー?」
耳をぴこぴこ、楽しげに置かれた茶を啜るアステール。
「ああ、でも何で」
「ユーゴさまに、こんな打ち切り止めろってこーぎされたからかなー?」
瞳を細めるアステール。ってかユーゴの奴、読んでたのかあのシリーズ……
「獅童モチーフだろうが、こんな終わらせ方解釈違いだバーカ!って怒ってたよー?」
……何か今となっては納得できるなそれ!?
「……そうか」
なんて頷く。
「あー、あの炎髪の人は置いていってねー?」
「ん、エッケハルトか?まあ謎に救世主として持ち上げられてはいるから、居たら旗頭にはなりそうだが。それはアナでも良くないか?」
「それがねぇ……」
というところで、扉が開かれる。
「駄目ですよ、皇子さま。というか、皇子さま自身が言ってたじゃないですか?」
「いや、何を」
「『戦乱に巻き込むことになるから、せめてこの世界を、皆を好きになれるような青春を送れるように』って」
その言葉には頷く。が、それとこれとは繋がりが。
「はい、そろそろ学園祭の準備ですから。一緒に頑張りますよ皇子さま?」
そんなおれに、入ってきた少しだけ凛とした空気を纏うようになった少女は、満面の笑みで告げたのだった。




