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後始末、或いはいけしゃあしゃあとした困り顔

「あら、お早う、目が覚めた?」

 ことことという蓋が煮立った湯に押し上げられて鍋と当たる音に、おれは眼を擦った。

 「皇子、起きた」

 更に聞こえるのはアルヴィナの声。少し上体を起こして周囲を確認すれば、それは時が巻き戻った大聖堂を臨む東屋のような屋根と椅子だけ付いた場所であった。そういえば、聖歌の時とか此処で水配る人が机出したりしてたっけ?

 

 外では沢山の人に囲まれてアナが何かわちゃわちゃと説得している。横でヴィルジニーとエッケハルト、それにアステールまでも立ってるし、任せて良いだろう。

 

 「ええ、麦粥が少ししたら出来るから、食事は待ってくれる?」

 「というか、体が重い……」

 「当たり前よ、半死人は安静にしていなさい?今は命を懸けて立ち上がるべき時ではないもの」

 言われて、気が付くとおれの腕をペロペロと赤い舌で舐めてるアルヴィナを見る。うん、何やってんだ兄が怒るぞ?

 と言いたいが、まあ実際ここまでやった後はアナ任せの方が良いのは確かだ。

 

 「腕輪の聖女様」

 「あ、えっと……もう腕輪はわたしの手から無くなっちゃったんですけど」

 と、困ったように笑う少女が魔法書を手にすれば、その背から淡い極光が漏れる。

 

 「えっと、苦しい人とか、怪我しちゃった人とか残っていますか?

 この先のお話とかで忙しくなって、暫く皆さんの為にって動けませんから。そういう人は今のうちに言ってくださいね?」

 「うぉぉぉぉ!この胸の」

 あ、ヴィルジニーに睨まれてアナの手を取ろうとした大柄な男(なお当然だがエッケハルトではない)がすごすごと引き下がる。

 

 「あの、おとーさんが、怪我しちゃって」

 「はい、他には居ませんか?今のわたしならきっと一気に治してあげられますから」

 

 なんて、持ち上げられまくっているからな、アナ。理解は出来るというか、聖教国の聖女だものな。

 

 「きょっこーの聖女」

 「「「「銀腕の教王も、謎の悪意も祓った極光の聖女さまぁぁっ!万歳!」」」」

 アステールがぽつりと龍姫から与えられる筈の異名を告げれば、やんのやんの騒ぎが拡がる。うるさすぎる程だ。

 

 「……あの、わたしは確かに頑張れることはしましたけど、わたし一人の力じゃないですよ?」

 「ええ、我等が救世主エッケハルト様!やはり枢機卿の語るものは正しかった!」

 「救世主!救世主!」

 「いや何でさ!?」

 あ、エッケハルトが愕然としてる。まあ、本人の自覚としてはそんなに自分がやったこと多くないって思ってるからだろうな。

 

 いや、エッケハルト。お前とお前のジェネシック無しに勝てたかっていうと怪しいぞ?誰だって必要だったんだ。

 

 「あ、あのそうじゃなくて、勿論エッケハルトさんだって頑張ってくれましたけど」

 「ええ、分かっていますよ聖女様にアステール様」

 わたわた慌てるアナを諭すように、悟った感出してる白い司祭服の男が告げた。

 

 「魔神剣帝。邪悪な魔神の血を引きながらも、人類の為に戦う者。魔神と変わらぬ忌み子であっても」

 その言葉に感極まったように首肯する銀髪聖女。涙ぐんで目元を指先で拭ってすらいる。

 「はい!」

 「恐ろしい忌み子すら、七天に帰依させるとは、流石は我らの聖女様!」

 うぉぉぉぉぉぉ!と更なる盛り上りが起こる。まあ、沈みまくっているよりは良いか?とは思うものの、どうしても笑ってしまうな、うん。

 

 「あ、あの……何というかわたしが皇子さまにって感じで違うんですけど……

 少しは分かってくれたなら、理解されないよりは良いです」

 困った顔を振り払うように微笑んで、聖女は話を続ける。

 

 それを眺めていれば……ひょいとアルヴィナが東屋備え付けの椅子の下に潜り込んだ。

 

 ん?と思えば、足音と共に現れる人影があった。

 

 ……全く、いけしゃあしゃあとはこの事だろう。姿を見せたのは、焼けた肌の咎エルフ、サルース・ミュルクヴィズ。又の名を、【笑顔(ハスィヤ)】マーグ・メレク・グリームニル。

 ついさっき竜胆にあれだけされておいて、けろっと乗っ取った現世の肉体で姿を見せている。

 面の皮が分厚い仮面か何かかこいつは。いや、だから仮面被ってるのか。

 

 「げほっ、サルースさん」

 そんな怪訝そうな顔を誤魔化すように少し過剰なまでに咳き込んで顔を歪め、おれは澄まし顔を作り出す。

 「……あら、何用かしらね、咎者」

 ノア姫も即興で対応してくれる。何というか、分かって来てくれたんだなと少しだけ申し訳なくなる。

 「……良かったよ、君達の望むより良い終わりに、近付けたみたいで。まあ、此方は人々を抑えるのに手一杯だったし、暴れられたりしてしまったけど」

 いやお前のせいだろとは言わないで、おれは早々に頭を下げた。放っておけば、嫌みの一つでも漏らしてしまいそうで顔を隠す。

 

 「それにしても、酷いな、ノア?」

 「ええ、エルフの纏め役だもの。咎エルフを個人的には何を思っていても、良しと言うわけにはいかないの。

 だから、己のあるべき場所に戻ってくれないかしら?」

 そう告げれば、あっさりと焼けた肌のエルフは頷いた。

 

 「うん、帰るとするよ。君達の役には……」

 「ノア姫が来てくれるまで、居ただけでも割と十分ですよ。エルフ種だから、皆相応に態度を改めましたし」

 まあ、それ以上に前世の姿で好き勝手されるのを少しでも止めようと頭が痛かった訳だが、これ自体は本当だ。

 表面的に穏やかに話せば、さらっと彼は背を向けてくれた。

 

 「じゃあ、先に帰ってるよ、ノア」

 「ええ、帰った後は、善意でもあまり外出はしないでくれないかしら?咎エルフなんて、エルフとしては恥も良いところだもの」

 「気を付けるよ、じゃあ、より良い結末を望んでいるよ」

 振り向きながら微笑んで、ひらひらと手を振って去っていく彼を、おれ達は微妙な顔で見送った。

 

 「……意味、無かったのかしらね」

 その背を見送って、ぽつりとノア姫が呟く。

 「アナタ達が命を懸けて、それでも当たり前のように生きている」

 「そりゃ、生きてるよ。竜胆も知ってるだろそんなの」

 だから、気持ちは晴れたと微妙な言い回しに変えた。

 

 「三首六眼、その悉くを滅ぼさなければ復活する。それが堕落と享楽(アージュ・ドゥーハ)の亡毒(・アーカヌム)。その一部なら、殺しても生き返るさ」

 あっけらかんと言うおれの頭を無意識にか撫でるノア姫に、おれは心配ないと微笑んだ。

 「おれがやらないように、シュリだって無駄な嘘はおれに向けて言わない。

 だからさ、暫く動けないと告げて去っていったなら、あいつ実は内心困り果てて居るんだよ」

 言いつつ、左手を持ち上げようとすれば、アルヴィナがひょいと脇を支えてくれた。

 

 「あいつの力は二つ。【笑顔(ハスィヤ)】としての眷属の力と、AGX-03オーディーン。でも、与えた神は別々で、そう仲良しでもない。七大天のように互いに認めあってなんていない。

 つまりさ、全く無関係の力同士、特にリンクしていない。あいつ自身はシュリを困らせて生き返れようが、アガートライアールに完敗して大量に破壊されたオーディーンが復元される訳じゃない。

 今のあいつは恐らく、AGXが量産できる上で、全機ぶっ壊されて途方に暮れているのさ。だから、ああしていけしゃあしゃあと現れて、それっぽく逃げ出した」

 「なら、捕まえたら?」

 「殺しても意味がないし自殺で逃げおおせられる。だから捕まえないり

 でも、竜胆やおれ達のやったことは、無駄じゃない。あいつを足止めは出来た。絶望もさせられた。その上で何時か根本から覆してやる方法を見つける時間稼ぎは、今出来てるんだ。逃がしてやろうぜ?」

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