終幕、或いはエルフの帰還
「……終わった、か」
「ああ、この場は、な……」
二人して息を吐き、武器を納めると肩を組んで崩れそうな体を支えて地面に膝を立てて座り込む。
「……お前さん。お前さんは……いや、何も言うまいよ」
何処か泣きそうな顔のままのシュリ。が、不意に折れた角を振って何かを払う動作をしたかと思えば、翼を閉じたままおれから離れ出す。
「そんなことをしても、儂は変われんよ。では、の。気を付けて生きるんじゃよ?
儂等も、暫くはまともに動けんからの」
うん、素の人懐っこさが漏れてるぞシュリ
そのまま少女の姿は霞のように掻き消える。
「珍しく振られたな、皇子」
「珍しくって何だ」
「皇子が妙な決意で無茶を通した時は大体、誰か殊勝になって着いてくるものだったろう?」
「そうか?」
「だろう?今駆け寄ってくるエルフの媛や、あの魔……いやただのアルヴィナもそうだ」
言われて遠くを見れば、離れた所から銀髪の少女が此方へと包帯を持って駆けてきていた。その背後には小走りの聖女を追うエルフの姿もあって……
何だか、終わったという気がして、おれは暁の空を眺めるように抱えたままの亡骸を横に転がすと仰向けに寝転んだ。
「あ、皇子さま!大丈夫ですか!?」
「死ぬような男に見えるかしら?アナタこそ、焦って転んだりしたら大事よ、しっかりなさい?
ただでさえ、重いものをぶら下げているのだもの」
何だろう、ノア姫にしては辛辣な言葉を聴きながら、おれはただ雲すら切り飛ばされた快晴の空を見上げる。まだ暗さを残してはいるが、東西から登る二つの太陽に照らされ、すぐに消えていくだろう。
見れない可能性は高かったそれを眺めて安堵の息を吐き、右手を伸ばして朝日に煌めくガントレットを眺める。
「お疲れ様、おれに手を貸してくれて有り難うな、皆」
告げれば、ガントレット状になっていたパーツは分割され、鞘へと装着され直した。同時、おれを突き動かしていた力が消えてグッと体が重くなる。
「えへへ、平気ですか皇子さま?」
そんなおれの手を取って微笑むのは、海のような深い青の瞳の少女であった。
「……ってアナ!?それにノア姫!?」
つい少し前に転移した筈の二人の姿に、今更目をしばたかせるおれ。
「えへへ、ノア先生の魔法で色々と皇子さまの為のものを持って帰ってきちゃいました」
そうとても嬉しそうに微笑まれても、おれには納得がいかない。
「いや、ノア姫って」
「あら、聞こえていなかったかしら?ワタシだって変わるわよ。居るべき場所と帰るべき場所になら、転移できるわ」
「此処、居るべき場所なのか……」
思わず突っ込む。さっき姿を見せてくれた時から薄々勘付いてはいたが、ノア姫の転移先に此処が選べてるな?
「違うわよ、唐変木。ええ、ワタシはアナタ達……特にアナタと共に世界を護る事を決めたエルフ。それに女神の似姿たる誇りの有り様として、恥ずべき所は無いわ。
だから、逆に言えばワタシはアナタの隣に居なければならないの。そう思ったら、飛べるようになっていたわ。どんな用事を用意してもその用事のある地点に飛べるようになったりしないのは覚えておいてくれる?」
……あれ?おれの場所に飛べるってかなり凄くないかそれ?いや、特定の地点としておれの近くを水鏡で指定できるアナとかも大概意味分からないんだが、それと同じレベルというか……
おれが居れば知らない場所に行けるって、転移魔法の原則を無視してないかノア姫!?イカれた性能してる父さんですら今どうなってるかイメージ出来ない場所と行ったこと無い場所には飛べないぞ。
まあ、良いや。考えてもおれに魔法とか使えないしな。
更に、見ればアルヴィナもひょこりと顔を見せているし、皆戻ってきてるんだな、と理解する。
そんなおれの視界の端で、壊れた建物の瓦礫が浮き上がると、砂塵と化していたものを巻き上げて逆再生。元の建物に巻き戻って行く。恐らくはというか、絶対に竜胆だろう。飛び去った割にさらっと戻ってきてるのが笑えてしまうが、出てくるのは流石にバツが悪いって感じなんだろうな。
それに……
「奇跡だ……」
「聖女さまの、いや我らの救世主の奇跡か……」
と、遠くから声が聞こえた。猛威を振るい過ぎたAGX達から逃げるように避難していた住民達が戻ってきていて、その場面をちょうど目撃している。
ああ、これを狙って……いや待てよ竜胆!?お前自分で出てきて謝れよな!?
まあ、理解は出来る。自分がまた色々喪って多少反省はしたろうが、それはそれとして被害者の前で自分が悪かったですって言うのは怖いよな?
個人的にはいや真摯に向き合えよと諭したいとはいえ傷心なのは竜胆も同じ。今回は大目に見よう。
が、次やったらキレて引っ張り出し、頭下げさせるぞ竜胆。
なんて、少女に支えられて立とうとして、
「寝てて良いわよ。後始末くらい、任せて貰えるかしら?」
「えへへ、わたしはそこまでお役に立ててませんでしたけど、戦う以外の事ならもっと頑張れます!」
頼もしい言葉に頷いてそのまま頭を下ろす。そうすれば、柔らかなものが下に敷かれていた。
いや、ノア姫の膝だな、これ。
そう思って見上げれば、くすりと優雅に笑うメイド服エルフの顔。紅玉の瞳には揺らぎがない。
……って待て。
「メイド服?」
「ええ、皆が準備する間に着替えてきたわ」
「いや、何で?」
見れば確かに昔アナが着てた奴と同じ仕立てのメイド服なんだが……
困惑するおれの頭を撫でながら、ホワイトプリムのメイドエルフは微笑んだ。
「あら、分からない?此処は聖教国。七大天を崇める人間の国。エルフを特別視する場。
そこで、崇めるエルフがこの服でアナタに膝枕していたらどう思う?」
「嫉妬で殺しに来られる」
「馬鹿ね。それは、何故?羨むからでしょう?
忌み子として認めないのではなく、認めたからこそ嫉妬するの。つまり、アナタの存在を認めさせるのに手っ取り早いということよ」
……うん、分からん!ノア姫がわざわざ仕える者の服を着てきたってことで多少箔が付くって感じか?
が、まあアナがちらちら此方を見ながら人々に何かを話しているのは邪魔したくない。ついでに横にエッケハルトが立ってるが、所在なさげというか憮然というか……持ち上げられるのを困ってそうだ。まあ、今回は許してくれ。
そんなことを思いながら、エルフの媛に頭を撫でられ、少しだけおれは目を閉じた。
「……ええ、お休みなさい。目が覚めた時のために、食事を用意しておくわ」
「おー、ステラも手伝おうねぇ……」




