決着、或いは暁の別れ
空には最早、何も飛ぶものは無い。雲は千切れ飛び、機械神の残骸は塵すら残らず消滅し、夜明けを告げる暁の光は瓦礫すらほぼ残らない大地を横から照らす。
そんな光を反射して、一度も腕組みを解かずに翼の機能だけで荒れ狂っていたアガートライアールが大地に降り立ち、片膝を折る。
背中の腕翼だが、だらりと下げられると何だか銀のマントにも見えるな、なんて事を思うが……
「大丈夫なのか、皇子」
「やる気なら、こうして待機させないだろ?」
初めて腕組みを解くのが待機状態移行ってどうなんだと思わなくもないが、そのまま見守る。
「ユーリ、仇は……いや、あーしの気持ちは晴れたよ」
そう告げて、胸部の装甲が開く。ひらりと飛び降りてくるのは、ボロボロのズボンの少女。体型が青年のものから変わってしまい、全体的にはサイズとして余裕があるものの、胸と腰だけはピチピチなのが悪い意味で印象的だ。
「……まあ、無いよりはマシだろ、竜胆?」
そんな彼女に、おれは己の外套を投げる。まあこいつも焦げだらけで微妙っちゃ微妙なんだが、チラチラと男物の下着しか付けてない(まあ前世の女性としての体に戻ることを想定してなかったろうし、ブラしてたら変態だ)から特に上半身から色々見えるのに比べたらマシだろう。
「私の軍服の方がまだ形はあるが」
「は?女の子に自分の匂い付けようとか止めてキモい」
何だろう、変に罵倒されてるが懐かしい気分になる。そういや竜胆佑胡ってこんなんだった。
「寧ろ、おれは良いのか?」
「は?クールな男が突然汗つきの服を渡してきたら発情し出しててキモいけど、最初っからずっとキモいじゃんアンタ。逆に今更だっての」
言いつつさっと血に濡れた外套を羽織るが、何というか……サイズ合ってないな、当然か。ついでにボロボロのズボンはそのままだ。
「……そうだったな」
ああ、懐かしい……。女みたいでキモいとか桜理に言って虐めてた(当時のおれはそれを止めに入って標的にされてたっけ)のを思い出す。特におれについては何時も最初からキモいからって昼飯は取ってくわ一本しかないペン勝手に借りてくわで困ったことも多々あった。いや、取り巻きからで良いだろと言うけど、キモくなるからやだの一点張り。
「ならば」
なんておれが思い出に浸っていれば、全く、と言うように額を右手で抑えて、頼勇が左腕の白石を輝かせる。そうすれば、転移の光と共にぽん、と白いタオルが落ちてきた。
「汗を拭く為の新品だ。身に付けてなければ問題ないのだろう」
「うわ、キモい性能してんな……ま、良いけど」
と、もう完全に前世の少女外見になったユーゴ改め竜胆佑胡はそのタオルを腰にくるりと巻いて先を結んだ。
これでまあ、あまり露出は無くなったって感じだな。
すたっと砕けた大地にボロボロのローファーに近い靴で立ちながら、少女は毒気の抜けた顔で此方を見てくる。
「気は済んだか、竜胆」
「んまぁ、ちょっとは晴れたかな?
ま、あーし自身、チョーシ乗りすぎてたってのもあるし、言いたいことはそれはもう一生かけても終わんないけど、さ」
んっ、と両手を上にして伸びをしながら、自然体に告げてくる姿には、もうユーゴとして対峙してきた時の悪意は感じない。
「恨みはないか?」
「だから、そんなんもう晴れないっての。で、それを言ったらあーし自身が変えられた話だーってカウンター食らう訳っしょ?」
ぶんぶんと手を振って御免だと主張までする。うん、胸の服、ズレるから止めた方がいいぞ?
なんて、お気楽な事まで考えられてしまうほどに、貼りつめた空気は暁の光の中に消え去っていた。
「だな。おれ自身、言えるなら言いたいことは山程ある。
おれ自身が当時は望んでた事もあるし、そんなもの今更過ぎる」
「……一つ良いか、皇子。
解決したかのような空気感だが、本当に信じて良いのか?」
と、横から頼勇。
「知らん。おれと竜胆の中ではとりあえず決着を付けた、おれは元々別に嫌ってた訳じゃないから変わろうって思ったと信じたら許す。
が、他人が何を思おうと、許さないって言おうと、信じれるかって反発しようと……それはそれで正しい」
肩を竦めて、続ける。
「寧ろさ、グリームニルの野郎を信じすぎたからこうなったってのもあるんだ、怪しいと思ったら批判してくれ」
「ウッソ、同郷のあーしを庇ってくんないわけ?」
「お前を庇ったら、お前等に虐められて苦しんでた早坂桜理にどう顔向けしろっていうんだ?」
はあ、と溜め息を吐くおれ。
「あー、やっぱ、向き合わなきゃ?」
「おれの死後に解決してたってなら良いが、桜理の態度的に最後まで虐めてたんだろ?当たり前だ」
バツが悪そうに頬を掻く少女に向けて隻眼で凄む。ってか、随分と棘が抜けたなこいつ?
更に言えば、当たり前だがこの先の話において……桜理相手にどうするか悩むってことは着いて来る気か?
「あーもう、もう女の子なんだし良いじゃんか。あーし、正直女の子の方が好きだし……」
「本人そう思えないだろうが。それが通るなら、女みたいってあれも虐めになら無い。反省してろ竜胆が」
「うっさいなぁ、わーってるから言ってんの!」
言葉で噛み付いてくるが、随分と穏やかな空気が流れる。
うん、頼勇、目茶苦茶居心地悪そうだが、前世の話で置いてきぼりにして悪い。
「……それで?結局君は誰なんだ?」
「言ってんじゃん。あーしは竜胆佑胡だって」
「ユーコ・リンドウ。しかし」
「あーしは結局さ、アンタみたいにどっちかわからんってくらいに一つになったんじゃなく、ユーゴって男の人生を乗っ取った唯のあーしでしか無かった。じゃ、そう名乗るのが筋じゃん?」
けらけらと笑うその顔には、明るさはない。案外反省の色が見えるというか、考えてるなこいつ。
「が、それはユーゴとして起こしてきた事への批判から逃げることではないか?全員が全員、そうと知るわけではない。怒りを、悲しみを……行き場を消して逃げ出す算段ではないのか?」
「ったく、お堅すぎない?
あーし自身が分かってて、特に危険な奴等はあーしが何者かなんて知りきってる。だから、辛いのはおんなじ」
「私自身、故郷を離れて逃げていると言えなくもない。あまり深く追求したかった訳ではないが」
なんて折れる頼勇に、うわぁと引いた顔が返される。
「マジ?そこで反省する?キッモ……アンタと同じじゃん」
「おれの上位互換だよ」
「完璧すぎて距離取りたくなる分下位互換だっての、バーカ。分かれ?」
「どちらの評もあまり合っていないと思うが……」
と、そう話しているおれの袖が引かれる。
今残っている者といえば……ってかこの力は強いのに怯えて控え目な引き方は……
「ああ、シュリか」
すっと、コンタクト入れてない素では黒い少女の目が疑うように細くなった。
「くっさ」
「臭いか?」
「儂、毒臭いと良く言われるがの?」
いや普通に認めるのかシュリ。
「儂は……」
「アージュ=ドゥーハ=アーカヌム」
ひゅっと、刃の無い剣を振る音がする。頼勇だ。明らかに警戒する顔の青年に、少しの怯えを見せながらも銀龍は寂しげに笑った。まるで、討たれに来たように。
「如何にも。儂はそれじゃよ。識別するならば、【愛恋】」
「何を、しに来た」
「……ってか、お前」
突如として、膝を付いた銀腕のカミの両目に光が灯る。
「此処で死ね。黒幕が」
「……何故かの?」
分かってるかのように、銀龍は問いかける。
「てめぇが、あいつを呼び込んだ。本当の敵は」
……許してやってくれないか竜胆!?シュリ自身涙目になりながら自分の部下の凶行止めようとしてたぞ?止まらなかっただけで。
いやでも、実際シュリのせいなのは一部確かだしなぁ……。あいつに力を与えて【笑顔】にしたから起きた事なのは間違いないし、心毒も与えてるしで、悪気は無くて止めたがってても原因色々作ってるというか。
が、だ。おれは輝く瞳を湛えた銀腕翼の前に愛刀を構える。
「竜胆」
「どけよ」
「……儂は災厄を呼ぶ。此処は、あやつが正しかろ?」
静かな責めるような声が前後から聞こえる。が、譲る気はない。
「今回、シュリはそう悪くない。素手で一発、それが限界だ。それ以上というなら、相手になる」
が、正直な話勝ち目など無いに決まってる。アガートライアール、アガートラーム相手にギリギリ勝てたおれ達が、おれ一人で勝てるものか。だが、それでも凄む。
「ああ、そう。……こんな奴だっての。何浮かれてんだバーカ」
腕翼に輝きを宿したまま、それを振り下ろさずにコクピットへ転移した竜胆は溢す。
「お前さん。儂は邪悪な龍、庇う必要などなかろ?」
「そうだな、皇子。止める意味はあるのか?」
「ある。止めたかった、変わろうとした。それを潰されたから、君はそんな悲しみを纏って変わったんだろう?
シュリを此処で殺して心を晴らしても、連鎖が続くだけだ」
その言葉を受けたのか、右腕翼が微かに蠢いた。時がほんの少し戻り、空に何かが巻き戻っていく。
それは、一人の少女。メイドのユーリだ。ふわっと落ちてきたそれを、構えを解いて受け止める。
……外傷はない。だが、息もない。冷たくはない、熱を持っている。生きた人間そのままの肉体で、生きてはいない。
「時を戻しても、ユーリは帰ってこない。魂が無くなった人間は生き返らせても生きられない。それとおんなじ。
あーし等は最初から、関係なんて壊れてた。覆水盆に還らずだよ、バーカ」
それだけを告げると、銀腕の機械神は空を見上げた。
変化が解ける。翼となっていた両腕が落ち、結晶で産み出されていた偽りの両腕が砕けた所に再接続。元のボロボロのアガートラームへとその姿が巻き戻ってゆく。
「待ってるからな、竜胆。盆に還らずとも、新しい器なら関係ない。何時か」
「はっ!アンタがあーしの横で?
解釈違いだっての、バーカ。泥と血の中で輝いてろ、沈められんな」
それだけを告げると、銀腕は天空へと飛び去っていった。
 




