銀腕の翼、或いはアガートライアール
「アガート、ライアール……」
聞こえたその言葉を、ただ呟く。桜理から聞いてるが、確か最終的に精霊真王ユートピアの乗機の型式番号はAGX-15MtS アルトアイネス・シュテアネ'。14B'というのは、恐らくそれを意識した型式だろう。それに、聞き覚えがあるというか……LI-OH絡みで聞こえる声音と同じだからな、さっきの声はきっと精霊真王が叫んでたのだろう。
いやそんな干渉できるなら助けてくれないか!?ジェネシックだガイアールだ凝った名前付けてるよりも先にさ!?
おれの眼前で、完全に沈黙していた筈の銀腕の巨神の残骸、特に左腕がほんの少しの煌めきを持ったかと思えば……宙へと浮かび上がる。そちらにあるのは縮退炉ではなく、魂の柩。アステールが力を貸してる……のだろうか。それとも、死してなお残るユーリの想いが突き動かしているのだろうか。どちらにしても、有り得ないと思われていた再起動。
切り落とされた両腕が、砕けた骨組みだけの翼の根元に、背から延長されるように合体。その五指を拡げ更には結晶で延長して……まるで太陽の意匠を取り込んだかのような異形ながらも何処か神聖さを感じさせる翼となる。見ようによっては背中から大きな腕が生えてるようだ。
更に、折れた左ブレードアンテナが折れていない右側へと溶接されたかと思えば、折れていた左側は結晶の角で補完され、ヒロイックさを遺しつつも精悍さより鬼のような力強さを大きく意識させる形状へと変化。ひび割れたマスク部分はそのまま砕け、割れた部分から、そして機体の後頭部から……燃え上がるような白光と共にたなびく細かな結晶、鬣が現出する。
落ちた肩から先には、すらりとした装甲を纏ったかのような結晶の腕が生え、腕組みを行う。まるで、あの時レヴが暴走して姿を見せた覇灰の皇を何処か思わせる出で立ち。
エンジンを搭載して異形というくらいに腕が大きかったアガートラームに比べ、背中のアームウィングさえ無視すれば余程一般的な人型と言えるパーツバランスとなった、銀翼腕の機神が、両の瞳が照らす緑と蒼の残光を残して駆動する!
「何と!何と都合の良い話で」
「あーし、は」
「全く、困ったもので……」
やれやれといったように肩を竦め、仮面の男は己の時計を操作すれば、その姿が掻き消える。恐らくはコクピットに逃げ込んだという所だろう。
それを見下ろす銀のカミは、わずかに駆動音を響かせた。
初めて、機神オーディーンが腕を交差する。まるで胴を庇うかのように防御姿勢を取り、城壁のごとき障壁を前方に張り巡らせ……
銀光一閃。瞬きすらする暇もなく、その体は、左足の足首から先だけを残して障壁ごと蒸発した。
「ブリューナク・アガートラーム」
肩口から前方へ槍のように突き出された腕翼。其処から放たれた白きブリューナクが、総てを貫いていた。
ぐらり、揺れたオーディーンの残骸がバランスを崩して横転する。
「……終わっ、た?たった一撃で……?」
同系列だろう機体と暫くやりあっててくれた頼勇が、ぽつりと呟く。
おれも同意見だ。こんなあっさり……
「……逃げんなっての、バーカ」
右翼が軽く握られたかと思えば、軽く重力球が現れ、何かを破砕するめきゃっという音が響き渡る。そして、おれの眼前にぽとりと肉塊が落とされた。
それは、司祭服……の成れの果てにくるまれた骨も内蔵も何もかも一緒くたにしたミンチの塊。それが暫くすれば妙に蠢いて、気味の悪い逆再生でもしたかのように元の人型を取り戻す。
「けはっ」
「逃げんなってグリームニル」
左右で違う煌めきを持った双貌が静かに見下ろす中、流石にとおれは前に出る。
もう重力は感じない。発生させていたその機体は消し飛んだ。
「ユーゴ」
「もう居ないっての。あーしは」
……あれ?どっちで呼んでもあまり気にしてなかったから、前世に向けて言いたかったこととで使い分けてたんだが……と思うが、まあ良いか。
「竜胆」
ふらつく仮面……いや、それが割れていけすかないが整った顔立ちを覗かせる男を庇うように愛刀を鞘から微かに抜く。
もう、こいつの機体は消し飛んだ。ユーゴみたいに何らかの切っ掛けで復活してくる可能性は無くはない、が、流石に今すぐじゃないだろう。無力化したし、殺すまでは……と、言おうとして。
男はおれを肯定するように頷いて、薄く笑っていた。
「おれが言えた義理じゃない。だが覚えておけ、お前も、誰かにとってはこの【笑顔】と同レベルの事をしたんだ」
「……だからあーしの手から、零れていった。無くしちゃいけないものも、全部」
「そうか、なら良い」
その言葉を聞いておれは刀を納め、踵を返す。
「……は?」
ふらふらと立ち上がろうとする司祭が、整いすぎた顔を歪めた。
「誰にも手を伸ばす阿呆が、仲間だけは見捨てるとでも?」
「お前、余裕あるだろ?あそこで笑えるのはそういうことだ。
それに、お前に手を伸ばしても、その手で誰かの首を絞めさせようと誘導されるだけだ。なら、自分の身くらい、自分で守ってくれ」
アガートラームを阻まないように、そのまま背を向けて男から離れる。
「っ!この愚劣が……」
忌々しそうに男が時計に触れる。
すると、突如として空に重力球が……っ!?8つ!?
「オーディーン!」
そうして、そこから現れるのは、八機の機神。
「ええ、残念ながら此方の機体は量産機。大元たるワンオフのアガートラームに比べては弱いでしょう。しかし、だからこそ……こうして低コストで多数運用できる訳です」
空から、雷槍を構えて八機が降りてくる。
「果たして数の前には……」
無造作に、銀腕の機神は己の腕翼を頭上で組み、左右に振り抜いた。
それだけで、腕から伸びた全長10kmを越える馬鹿みたいな長さの結晶剣に両断され、擂り潰され、降りてきていた八機は粉砕される。
「は?」
ぽかーんと口を空けるグリームニル。いや、おれとしても流石の戦力差に目を疑うしかない。
「ど、どうい……いえ良いでしょう」
更に、空に展開された重力球からどんどんと次の機体が降ってくる。まだ在庫あるのかよとか、理不尽度は正直お前のその機体も大概だとか言いたいことは沢山あるが……
「……走れ、銀翼」
その総てが、銀翼の一振で両断される。
が、その隙に、空を見上げられている間に地上に召喚した機体に逃げ込んで、そそくさとグリームニルは転移を済ませていた。
こういうときの逃げ足早いな!?
「……だから、逃げんなっての」
が、吐き捨てるような声と共に、銀翼の機神は左の腕翼を輝かせる。
「……は?」
「時を遡れば、逃がさない」
忽然と、いや呆然と。ついさっき逃げ出した筈の機体の姿が、銀翼のカミの前に引きずり出される。
っ!時を戻したのか!元のアガートラームは自分の時以外操ってこなかったが、これがポゼッションの力の一端か。
「せめて、仇くらい討たせろよ、グリームニル」
その言葉と共に、腕を組んだままの機神は腕翼の先の爪を装甲に引っ掛けオーディーンの装甲を剥がし、中の男を大気に晒す。
「っ、こ、こんな……」
「ユーリは終わらされた。てめぇも、同じ終わりを味わえ」
「……な、あぎゃが!?」
乱舞する白光。細切れにされて蒸発し、機体ごと男は光の中に消滅する。
同時、次々と量産型だからとオーディーンを呼び出していた重力球も、現れてきていたオーディーンも総てが、元から無かったかのように存在を薄れさせ、虚空に消えていった。




