表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

57/685

エルフ、或いは偽装奴隷

「ああ、(オレ)が此処に居る理由か」

 おれを責め続ける炎の視線が揺らぎ、ふわりとしたものに変わる。

 

 おれ……第七皇子ゼノは、それを受けてゆっくりと息を吐いた。

 何というか、本人としては責めてるつもりとか全く無いんだろうけれども、父にして当代皇帝は其処に居るだけで睨まれている気分になるのだ。

 武をもって在る最強皇帝。最後にして最大の砦。師匠と同じくこの時代にして専用最上級職、"炎皇"を持つドチート。ロード:ゼノ(おれ)のゲーム内唯一のほぼ完全上位互換。


 そんな彼に見られるだけで、おれが今のおれとなった……第七皇子と名前すらも忘れた日本人がひとつの意識になったあの日の炎を思い出して足がすくむ。

 父を見るだけで怯えるとか、と自嘲するけれども、これはちょっと止められない。何なら、暖炉の火すらちょっと怖い。

 燃える家とか、おれが行かなきゃいけない理由がないなら正直な話近寄りたくもない。

 火というものそのものがおれにとっては怖いもので。その象徴とも言える彼は、あまりにも恐ろしい。

 

 けれども、今の空気はまだしも温かく。奥歯を噛んで、相手の目を見返す。何時もはまともに見れない、その眼を。

 

 「……別に此処を潰す気など無い。法の下において、不正などしていないならばな」

 「……って、ことは?」

 「法的には問題がないが、外面が問題なものが出ると聞いてな。どうしたものかと思い、来たわけだ」

 「……なにそれ」

 わからない。どういう話なのだろう。


 「分かりやすく言うとな、お前の同類だ、馬鹿息子」

 「おれの同類……忌み子?」

 思わず首を傾げる。

 忌み子なんて、確かに珍しいだろう。大抵は死産だ。母を巻き込んで母子共に死ぬことも多い。流産ならまだマシで、産んだ瞬間に父方の属性の呪いが母子を殺すこともあるのだという。

 おれの母も、おれを産んだ時に忌むべき呪いで焼け死んだ。その時の記憶なんてあるわけがないが、おれを産んだ時、まだヘソの緒が繋がっている最中、突然青い炎がそのヘソの緒から吹き出し、おれと母を包み込んだのだという。


 母は、自分が燃えていくのも構わず、おれに向けて水の魔法を放っておれを消火し……そして、自身は灰となったという。

 ……魔法は効かないんじゃないかって?攻撃魔法は効くから、それで無理矢理消化されたらしい。

 おれの臍には、その時に燃えたヘソの緒の焼け跡が未だに残っている。父からつけられたこの左目の火傷が治らないのも、恐らくは呪いの影響なのだろう。父は、恐らくは治ると思ってやった事だろうから。

 

 ……だからだ。おれが万が一誰かと結婚したとしよう。

 忌み子なんて基本死産だし、生き残っても成人まで生きてる方が稀。故に前例が無くて分からないが、この呪いがおれの子に遺伝しない保障はないのだ。


 だから、正直な話、ニコレットがおれを好いていないのは有難い。婚約者だ何だ言っても、おれは誰とも結婚なんかしちゃいけないのだから。この呪いはおれで末代にすべきなのだ。

 彼女に恋をされたとして、おれはそれに応える訳にはいかない。ならば、最初から幻滅されていた方がお互いにとってマシだろう。


 おれは悪役で良い。クソ皇子で十分だ。何時か彼女の王子様と出会った時には、婚約破棄でも何でも此方から言って泥を被ろう。


 アナ達もそうだ。あの子がおれに淡い憧れを持っている事くらい流石におれでも解る。

 それは、恋と呼ぶにはあまりに幼いものだ。多分、父が居ない彼女にとって、中途半端に強いおれが父のように思えるのだろう。

 ……それが恋に発展するかと言えば、おれは誰かに恋されるような立派な存在とは言えない気がするが、といってもおれとてゲームでは攻略対象の一人なのだ。用心に越したことはない。

  

 閑話休題。そんな忌み子、売れるのだろうか……。おれは皇子だから、皇子という点では価値があるのだろうけれど、それがないとなると……

 と、思っていたところで、頭に衝撃が走る。


 「そちらではない、馬鹿息子」

 「……?」

 では、どういう事なんだろう。

 軽く殴られた頭を振って意識をはっきりさせながら、首を傾げ。

 「自分を売る皇族という点で、だ」

 「……え?」


 「……ああ、言っておくが、お前のきょうだいではないぞ?」

 「?」

 本気で意味がわからない。おれの兄弟……兄6人、弟2人、姉2人、妹3人……合計で13人居ることになる皇子皇女以外に誰が居るというのだろう。

 

 「ってか、皇子!」

 「……420!」

 話し込んでいる間に、オークションは進行していく。

 前に売り物にされていたのよりも幼いユキギツネ少女をかけて黒服と茶髪の商家の跡取り息子がやりあっているのを確認し、おれは札を上げた。

 

 「……本当にそいつで良いのか」

 「約束したから。

 それに、誰でもおれは一緒だよ」


 浅ましい考えをした二年前を思い出しながら、そう呟く。

 アイアンゴーレム使いの元騎士等に拐われたアナ達を見て、いっそ何も命令しないけれども奴隷としての魔法をかけてしまえば、主人は奴隷の事が分かるという魔法の作用で便利なのではなかろうかと思ったことがあるのだ。

 奴隷の事は常にどれくらい遠くに居るのか、HPは減っていないか等は把握できるらしい。それさえあれば、拐われたあの時にもっと早くに気がつけたし、わざと気絶したフリをして拐って貰うなどせずとも真正面から助けに行けたのではなかろうか。


 そう思って、アナ本人の許可を得て(今思えばとんでもない事であるし反省している)奴隷商人に仮の奴隷契約(期間限定契約)を頼んだことがあるのだ。

 そして、契約はおれが主人として血をもって登録の判を押したその瞬間に、書類ごと水溶して消えた。つまり、おれが主人として契約した時点でその奴隷の奴隷契約は解除される。

 忌み子の呪いは奴隷契約の魔法にも効くらしい。多分だが、おれが奴隷側なら呪われないな。

 

 ならば、奴隷を買うことは、その奴隷を奴隷でなくすることに等しい。


 じゃあ全員買え、という話になるかもしれないが……それは無理だし、やる気もない。

 奴隷とは主人の所有物。逆に言えば、奴隷の身分は主人によって保障されている。

 

 奴隷と言えば聞こえは悪いが、絶対の上下関係はあるものの魔法による身分保障の1種と言える。人権の無い獣人などは、寧ろ奴隷となる事を主人が人権を保障する事だと喜んだりする程だ。

 そう学んだから、別におれは奴隷解放がしたくて此処に来ているわけではない。

 

 あっさりと父の力でもう一人の姉だというユキギツネも買い戻したところで、そそくさと準備が始まる。

 何なのだろう。今回の目玉なのだろうが……

 自分を売る皇族とは、どんな意味だろう。まさか、あのヴィルジニー……な、訳はないわな。というか、あの国で皇族扱いなのは教皇一族になるだろう。

 自分で馬鹿な想像を振り払う。

 

 「……皇帝陛下」

 「気にするな。単なる息子の連れだ。この馬鹿が、まともに参加しに来たのは当然分かるだろう?」

 「……分かりました。では」

 流石に、幾ら認可はされている(といっても、この世界でも奴隷商は外聞はそんなに良くはないためアングラではある)とはいえ、皇帝の乱入は肝が冷えたのだろうか。


 強ばった顔を動かし、商人達は一人の少女を、壇上へと連れてきた。

 歳の頃は13程だろうか。まだ女性と言うよりは少女といった趣。奴隷だからか着飾ってはいないその肢体は、まだまだ成長途中の完成していないしなやかさを見せ付けるもの。

 そして、大きなアーモンド型の赤眼に、眩く輝かんばかりの金の髪。儚く可愛らしい、という表現を擬人化したようなその姿に見惚れ……

 

 「かふっ」

 喉に溢れる血を呑み込み、その苦味でもって目を覚ます。

 スキル【鮮血の気迫】。精神状態異常を受けた時、HPと引き換えにそれを打ち消す力。ある種ゲーム内のおれの切り札でもあり、父の持つ【烈火の気概】の完全下位互換。

 その発動をもって、その赤の眼に吸い込まれる事を拒絶する。

 

 「……父さん、これは」

 「何だ、正気か」

 「正気かって……魔法じゃないか、それも、危険な」

 恐らくは範囲魅了魔法だろう。天属性にそんな魔法があったはずだ。

 流石にぶっ壊れ過ぎて、ゲーム内では味方が使うことは出来なかった魔法書。目の前の少女は、当然ながら魔法書など持っていない。着飾らぬシンプルな奴隷用の服の何処にも、書物など隠せはしない。


 そして、魔法書無しで魔法を使うなど、チートの所業だ。ゲーム内でも、魔法は各キャラが使用可能な魔法書を持っている時に魔法コマンドから使用するものである。

 魔法書無しでもコマンドが出るのは極一部……というか、原作エッケハルト、聖女、勇者、そして皇帝と皇族、あとは書籍版で題名にもなっている雷鳴竜の少年と龍姫くらい。

 一応頼勇のシステムL.I.O.Hやガイストのゼルフィード降臨もか?ってあれらは違うか。

 そう言えば、如何に魔法書無しでの魔法が特異なものか分かるだろう。しかも、魅了魔法など……イカれているにも程がある。

 

 「……」

 じっと、彼女を見詰めていると、不意に、少女はおれに微笑む。

 その柔らかな笑顔に、思わず此方も……


 って、アホか!二度めの痛みで意識を取り戻す。

 というか、鮮血の気迫には発動する度に累積で状態異常耐性upとかいう豪華な追加効果があり、HPを減らすからそう何度も発動できないという欠点をそのうち耐性で無効にするから問題ないというスペックのごり押しで押し通す壊れスキルなんだが、一回目の耐性ぶち抜いて来るのかよ、向こうも大概壊れてるな。

 

 主催者側の話を聞き流すに、彼女は……

 「え、エルフ種の姫ぇ!?」

 道理でこの世界でも何か珍しい眼の色だと思った。


 っていうか、エルフ種!?この世界では自分達は女神に選ばれた種族だと気位が高くて交流が無くて人類を見下してる、あの?

 そんなものが良く奴隷になんて……

 

 「エルフ種は天の力を強く持つが故に、原因不明の呪いに対して抗う術を持たなかったというのです。

 そして、姫である彼女は、天の魔力は弱くとも、七大天総ての力を持つ我等人間に、自らの身と引き換えに助力を要求したのです」


 奴隷がどんな存在かを語る前口上にも、妙に気合いが入っている。魅了されているのだろう、身振り手振りが大振りだ。

 「そんな彼女を、エルフの皆を救うため、自らを捧げた皆を思うエルフの姫。

 彼女の額は、皆様に決めていただきましょう。

 ええ。彼女の代金は我々が責任をもって、エルフの呪いを解くのに使わせていただきます、ご安心を」

 

 「450!」

 前口上を言い終わったその瞬間、横のフォースがおれの手の札を引ったくるようにして掲げ、勝手に値段を叫ぶ。

 「おい、ちょっと待……」

 「600!」

 「1000!」

 「1100!」

 「……な、なんだこれ……」


 思わず、呑まれる。

 あまりにも、上がり方が早い。誰しもが札を上げ、我先にと値段を上げていく。

 あまりの熱狂に、おれ一人が置いていかれ……

 「……御免な、フォース」

 4000!と叫ぼうとしたフォースの首筋に手を当て、その意識を狩る。

 ってか、人の金で何買おうとしてるんだこいつは。あくまでも二度と家族に会えないという事を回避する為であって、お前が欲しいからとエルフとか買わないぞおれ。

 

 「……父さん」

 「ふははは!やってくれるわ、エルフ娘が」

 「……やっぱり、これは……」

 「支援しろというならば直接この(オレ)にでもエルフの国からの使者として支援を要求しに来れば良い。

 エルフとの国交など無いが、無下にはせんとも

 だが、何故かエルフの姫が国に代金を送る事を条件に奴隷志願してきたらしいと聞いていたが、こういうことか」

 「皇帝相手では、見返りを要求される?」

 「だろうな。だが、自分を売るのであれば、可哀想だからと解放してもらったという口実さえあれば何も返さずとも良い。

 そして、魅了された者はほぼ言いなりだ。解放してと言えば即座に奴隷など止められるだろうよ。


 全く、舐められたものだな」


 そんな会話を交わすなか、どんどんと上がっていく値段。

 既に10万の大台に乗りそうだ。10万ディンギル。国家予算……とまではいかないが、明らかに可笑しな額になっているのにも関わらず、声は止まらない。


 寧ろ加速し、遂には100万すら越える勢い。これは結構な額だ。それなりの商家の一年の総売り上げにも近い。日本円で言えば100億。幾らなんでも、エルフが美形種族とされ人々の憧れといえど、人一人に出す金額ではない。テロリストの要求した身代金か何かのレベルの額だ。


 というかだ。苦い顔をしながら横の執事らしい男と話してまだ値段を上げていく子爵等が居るが、その爵位で105万ディンギルは払えないだろう。国から与えられている土地を、預かっている領地を、民もろとも何処かの国に売り払うくらいの無理を……というか売国をしなければ足りない額だ。少なくとも、ポケットマネーで払えるとは思えない。

 だが、魅了された男達は、それでも止まらずに少女の値段を叫ぶ。

 

 ……いや、流石に不味くないか、これ。

 だが、どう止めれば良いのだろう。おれは魔法など使えない。魅了解除など不可能だ。

 「……120万」

 っ!ヤバい!

 やるべきことを迷い、少女を見た瞬間、うっかり札を上げかけた。三度目の魅了にかかるとか、情けないにも程がある!

 そんなおれを見て、奴隷少女はにこりとおれへと微笑む。

 間違いない。あれは、おれへの微笑みだ。嬉しそうに、わたしを買ってとばかりに……

 

 舐めんじゃ、ねぇ!


 腐っても皇子が、魅了なんてされて、たまるかよ!

 「こほっ!」

 逆流する血を卓上に吐きながら、よろよろと札を上げる。


 「……父さん」

 「何だ、馬鹿息子」

 「おれ、あの子が欲しい」

 「……分かった」

 良いだろう。なら、おれが泥を被るまで。

 その意志を組んだのだろうか。炎に映える明るい銀の髪を揺らし、皇帝は立ち上がる。


 そして……

 総てが炎に包まれた。

 

 「「「「「「うぎゃぁぁぁぁっ!熱い!?」」」」」」

 「いや、ちょっとやりすぎでは……?」

 幻影の炎に焼かれ、あまりの痛みに魅了され値段を上げ続ける総ての者達が、おれと父皇へと意識を向ける。

 その顔は呆けていて。恐らく、魅了の影響は薄れている。

 

 「悪いな、口出しをする気は無かったが……息子にねだられては仕方があるまい。

 そこの娘は(オレ)が買う。皇帝としての命だ。何人も手出しは許さん。

 良いな?」

 力をもって押し通る。それが当代皇帝の有り様。

 

 エルフの少女が絶望したように崩れ落ちる。

 決着は、あっさりと付いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ