仮面の人、或いは君臨
「……良く言うよ、【笑顔】。それじゃあ、舞台に上がったおれ達は笑顔になりようがない」
嘲るように、注意を引くようにわざと悪辣に、奥歯を噛み鳴らして恫喝する。
「舞台に上がらないことを選んだ機械仕掛けの神サマは、おとなしく物語の一巻の終わりを眺めててくれ」
「いえ、終わりとしては下らない。続きは必要ない。投資したのですから、編集くらい、させて戴きますよ。このままでは、無能極まる幹部、【勇猛果敢】のせいで我等全ての評判が落ちてしまいますので」
くすりと仮面の下で青年は嘲笑う。
「我等が終末、麗しき毒龍の女神の御不興を買っては」
と、おれの背中に何かが触れた。って何だシュリか、不意に現れてはすぐ居なくなるから何処に居たのかと思っていた。
「……お前さん。儂は、この儂だけは。三流の喜劇に落としてくれて、喜ばしく思っておるよ。
告げてやれるのも、今はこの瞬間だけじゃが……」
背後から囁きが聞こえてくる。何処か申し訳なさげな辺り、多分味方できるのは此処までなのだろう。いや別に良いがな!?
そもそも、アステールを助けるのに手を貸してくれただけで助かりすぎだ。シュリが居なければ此処まで動けなかったろう。
とん、と小さな手に押される背中。それに合わせて抵抗せず軽くつんのめる。
「もう良いじゃろ、儂の【勇気】。
敵は排除した。アガートラームは地に墜ちた。これ以上、儂等で内輪揉めしておく価値などあるまい?」
おれの側からエネルギーを噴き出して飛翔した少女は、スカートの裾を抑えながらふわりと仮面の男の前に着地する。少しだけ違和感を覚えるが、エネルギーがおれのポケットに落ち込んでずしりと重さを感じて、せめてアマルガムをもう一つくれようとして嫌いなのに翼を拡げて噴射で翔んだのだろうと理解した。
「ええ、それに酷いではありませんか。頼まれたからわざわざ手出ししないでおいたというのに。そんな此方に敵意を向けるなど、約束を守る甲斐があまりにも」
左手で額を抑えて喉を見せつけるように奇っ怪なポーズで天を仰ぐ仮面の人。
「っ!」
異様な空気と妙な金属音に振り返れば、おれの瞳に映ったのは……
「きゃっ!?ゆ、ユーゴさまぁっ!」
「違うの!ユーゴには脅されてただけで!」
「私は被害者なの!」
「「「「「……お前達は敵だ。何で生きている!」」」」」
各々に壊れた建物の瓦礫やら、騎士からひったくったろう鉄槍やら、思い思いの武器を手にした住民達が、拘束されたユーゴ派(12歳~30前後くらいの女性が主)へと血走った瞳をギラつかせて襲いかからんとしている場面であった。
「っ!何をして」
「そうだぞ!気持ちは分かるけどさ」
「救世主サマ……奴等を血祭りにあげる号令を!」
「嫌だわ!この場で私刑したら後味悪すぎんだろ!?冷静になれ」
「そうです、止めてください!」
エッケハルト達が止めようとするが、伸ばし掴んだその手を振り払って、多分善良だったろう彼等は武器を人質として捕らえ拘束してあったユーゴの味方していた女性等へと、躊躇無く、
「「死ぃねぇぇぇっ!」」
『キュッ!?ルゥ!ルルゥ!』
武器が振り下ろされんとしたその刹那、青い雷が迸った。アウィルだ。
傷つけず止めるためか、迸る雷が一般市民達を痺れさせ……
「死ねっ!」
だというのに、赤黒いオーラがその喉から吐き出されたかと思うと、痺れたままにその肉体は動き出していた。
「くっ、これは一体」
なんて、受け止めてくれたのはディオ団長等だ。が、ステータスでは、スペックでは上回る筈の騎士達が困惑しつつそこらで拾った武器に押されていく。
更に……
「ああ、邪魔ですよ。手早く悲惨劇を始めましょう」
笑う仮面を付けた男がその左手に触れるや、袖の下に隠しておいたろう腕時計が強く緑の光を放つ!
「グラビトン・グランギニョル」
そして降り注ぐのは、ユーゴも使ってきた超重力圏。流石にあれほどまでに理不尽な重圧ではないが、体力も尽き果てた今のおれでは堪えきれずに地面に膝を付く。勿論、他の皆も……なんて事はなく!
「……すまない、アイリス殿下、ランド氏等。緊急整備、恩に着る!
超特命合体!ダァイッ!ライッ!オォォォウッ!」
そう、彼の確認は此処だった。本来の敵は、ユーゴとアガートラームではなく彼のオーディーン。まだ戦いは終わりになんてなっていない!
それを理解してくれていた頼勇の叫びと共に、一旦エネルギーを使い果たして消えた筈の鬣の機神が、姿を遂に見せたAGX-03、オーディーンを討つべく降臨する!
……そう、思った時だった。
「えー、つまんないのー。ウチと遊んでよ」
転移の柱に、巨大な雷槍が突き刺さった。
『「くっ!LIO-HXっ!」』
爆発の中から飛び出すのは、最低限機動力だけは確保しようとブーストウィングを装備した合体機神、LIO-HX。けれども、これでは足りないだろう。
一体誰が!?
焦りながら周囲を見渡せば、答えはあまりにもすぐそこに居た。
「っ!ヴィルジニー様」
遠くでディオ団長が唇を噛んでいる。
近くにほいほいと近付いてしまったのだろうヴィルジニーの喉につるりとした質感の黒手袋に覆われた手をかけて、おれが特に絡むことは無かったユーゴ派からのリークをしてくれたらしい少女が、無邪気で悪戯っぽい舌を出した笑みを浮かべていた。
その腕には、やはりというか二本針の腕時計。
「ウチとやろう?『喜劇をもたらせ、ユピテール』」
「ええ、時間です。『悲惨劇の黄昏を、オーディーン』」
『AGX-03 Odin』
『AGX-02D2ZJuppiter 』
『『真体再鍛』』
その瞬間、二人の背後に、巨大な鉄影が君臨した。ANCと付く奴に比べて随分とあっさりとした降臨だが、それが弱さに繋がるわけではない。彼等彼女等はコクピットに転移せずそのまま地上に居るが、それも勝利には繋がらないだろう。
紺色の機神オーディーン、そして桃色の機神ユピテール。どちらもかなりすらりとした体型で、アガートラームに見られる腕の巨大さ等は無い。そして、同じシリーズか疑うような大きな差があったANCシリーズと違い、02と03とナンバリングこそ違えど外見は機動戦士とか言いたくなるような割と統一感のある人型。桃色の方は背面ブースターに光輪が付いているが、まあそれは個性だろう。
が、そんなものより何より……二機居るのが何よりの危険性だ。
幾らなんでも、ジェネシックなら兎も角LIO-HXに二機とも止めろは無茶振りすぎる。実際、桃色の機神は、裏切り者の少女をユーゴ派から庇うように周囲を囲んで護衛していた聖教国騎士団の面々を天から降り注ぐ雷で惨殺しながら天へと登り、重力圏を打破して飛翔する鬣の機神の槍とその細腕で打ち合い始めた。
そう、そうすればどうしても、彼はオーディーンを止められない。
「っ!クソォォォッ!」
何か無いのか、手は!
答えは出ず、重力圏が拡がっていく。全てのモノが大地に抑え付けられるが、アマルガムで心の中の欲に狂い、それを果たすためだけに限界を越えた狂人と変えられた中毒者達は赤黒いオーラでその重圧をはね除けてしまう。
ユーゴ派を守ろうとした騎士達は大地に倒れ、動けない。おれ達の中でまともに体力が残ってる頼勇はユピテールに止められていて。
「「オマエタチの、せいで!シネェッ!」」
刹那、緑の光が咲いた。




