魂の叫び、或いは降臨
「なっ!」
コクピットで驚愕する声がする。
そうだろう、お前はまさかと思うよなユーゴ?来るわけがないって。エッケハルトはそんなんじゃないだろうって。あんな逃げ腰で、一般人の感性を持っている真っ当な人間が、死ぬと分かってて飛び込んでくるか?って。
でもな!分かってないのはそっちだ。遠藤隼人が、辛いと思いながらも命懸けで必死に皆のために頑張ったアナスタシアに惚れ込んだ、そしてゲームじゃなく現実になってからもその想いを貫きたがっていたあいつが!
その想いを無にするなんて出来るかよ!どんだけ当たり前の文句言いながらでも、助けに入るんだよ!
「何でだ!何でアンタまで立ちはだかる!干渉しないなら見逃してやろうってのに!」
眼前で巨大な片手斧たる豊撃の斧アイムールを掲げ、託された力で精霊結晶の壁を形成する炎髪の青年に向けて叫びが聞こえる。
「俺だって分かんねぇよ!」
「なら下がってろよ!見逃してやっから好きにイチャイチャしてろ!まあシャーフヴォル等が狙うかもしれねぇがそんなもん自分で何とかして……」
「けど!」
炎が逆巻く。
「勝手に与えられた力でも何でも!使えるのに使わないで見捨ててさ。二人で許されて逃げて!
それで、誰かのために必死に世界を救おうとしてる!俺が大好きだった原作のあの子に顔向け出来るかよ!」
「その子と好きにイチャイチャさせてやるから見逃すって言って」
「ちげぇよ!心が折れて俺に尽くしてくれても、そんなの俺の好きなアナちゃんじゃないから願い下げだっての!」
そんなやりとりで時間を稼いでくれている間に、アナの詠唱だって終わった。
「なぁ、だからさ。いい加減本音を叫べ!叫んでくれよアステール!」
「うるせぇよ!」
強引にエッケハルトの障壁を砕いて一歩歩みを進め、銀腕の隻腕巨神がおれの元に辿り着く。
アマルガムは半ば溶けて柩に染み込んでいるが、それはそれとしてまだアステールの声は変わらない。
「救世主様!」
「良いから信じてろ。あいつ頭可笑しいからさ、勝てるわけねぇと思ってもおっそろしい事に勝って来るんだよ」
「はっ、それも前までだ、ろっ!」
刹那のうちに切り落とされた左腕を持ち上げた銀腕は、その腕をおれに叩き付けた。
それに対しておれは右手を掲げて拳で受け止め、地面に叩き付けられ……
「……おれに遺書を託し、記憶の奥底でまだ燃えている想いは!」
……答えはない。おれの肉体はバラバラになりそうな程に軋みをあげて……
「ブレイブ!トイフェル」
『イグニッション!』
「『スペードレベル、オーバーロォォドッ!』」
これがおれが切れる最後の切り札!人々の想いを背負って無にするならば!帝国皇族なんてやれるかよ!
「魔神!」
『剣帝!』
「『スカーレットゼノンッ!』」
「聖炎を燃やして!」
『剣を取る!』
全身から炎が噴き上がり、おれの体を覆う氷を熱に変えて燃え盛る。
「っ!助けてよ、おーじさま!」
同時、手にしていたアマルガムが砕けたと思えば、そんな声が響き……
「ああ!」
その声を待っていた。救われたいと思っていなければおれは……いや、彼女は何も出来ない。それが死霊術の本質。
「でも、もうステラは此処でしか生きられないから」
「その道理!燃やし尽くして新しい道を産む!」
赤金の轟剣が柩を切り裂く。漏れ出る緑の液を浴びながら、アマルガムを纏った手でおれは必死に手を伸ばしてそれらしきものを掴み取る。
「アナ!」
「はい!待ってました皇子さま!貴女が消える筈のアステールちゃんをちょっとでも引き留めてくれたから、後は、わたしの役目です!」
「……あーにゃん。違う。それはボク達二人の役目」
……っ!アルヴィナ!
やはり来てくれていたか!そうだよな、そもそも来るなって言った理由は鐘の音で侵入がバレるから。当に鳴り続けている今はもう、何も遠慮する必要なんてない!
「アルヴィナ!後は、アステールの事は任せる!」
柩に入り、その中でしか生きられない肉体がドロドロに溶けた姿。それはもう、半ば死人に近い。だからこそ、アルヴィナの死霊術が生きる!
「……任された」
「はい!」
そんな二人を尻目に、赤金の剣と撃ち合う銀腕は固まっていた。もっとパワーはあるだろう。押し潰しに来れるだろう。
だのに、動かなかった。
「何でだ。何でお前はそんなに味方される」
「……は?」
「この鐘の音が聞こえるか!我は教王ユガート!魔神を討つ銀の腕なり!
だのに!」
「……忘れたのかユーゴ。この街でも流行っている一つのストーリーを。
魔神剣帝スカーレットゼノン。魔神の力を持ちながら人々の為に戦う英雄の物語だ。おれは彼にはなれないが……その夢に憧れた人々は、自分のために戦う魔神モドキを恐れない。お前は、最初からアステールに負けていたんだよ」
あざけるように笑いながら、左手の剣を振るう。
「そうじゃない!何でだ。何で味方されたままなんだよ!
皆、強くなきゃ、勝ち馬じゃなきゃ付いてきてくれないだろう!」
その声は最早泣いていて。だけれども、おれはそれに首を傾げ、心の底から何言ってるんだ?と銀腕のカミを見上げた。
「ユーリさんは、君が勝つから付いてきていたの?」
「っ!」
唇が噛まれる。桜理の正論に、おれの思っていたことの代弁に貫かれ、無敵のごとき鋼のコクピットの中で無敵ではない心が揺らぐ。
「終わりにしようぜ、ユーゴ」
ふっと炎が消える。元々限界突破。変身できるのなんてほんの少しの間だ。
「っ!死ねよぉぉっ!」
もう破れかぶれなのだろう。目からのビームが放たれて目眩ましをされたかと思えば、呼吸する間もなく天空にその姿はあった。
「もう良い!全部殺してから治ったあいつで時を戻せば!後ろめたさ以外何でもない!
滅べぇぇっ!」
膨れ上がる重力球。銀腕のカミはバチバチとスパークが走るそれを天に掲げ……
その瞬間、翼を切り裂かれて重力球は霧散した。
「……は?」
「……間に合った、間に合わせたさ、アイリス殿下!」
それは、白を基調とした鋼と、噴き出すエネルギーの翼。巨大なウィングを背負う群青色の鋼神。そう、その名は!
「っ!バカな!速すぎる!?」
「願う最速の翼。皆を守る想いが産み出すジェネシック!
Genesis-Jurassic LIO-REX!御期待通りに到着した!」
「……良いタイミングだ、竪神!」




