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銀腕、或いは柩

「雷!轟!伝!檄!不動の如く!」 

 轟く斬撃が駆け上がり、今一度……今度こそ銀の左腕を斬り飛ばす。

 

 装甲の一部が閉まりきらないまま色を喪った右腕と同じく微かに隙間が生じた左腕。そこから見えるのは緑色をした液状のナニカに浸けられた狐尻尾の少女の姿。

 

 「おっと。ごめんね。これ以上何もさせるわけにはいかないかな」

 そんなおれの前に立ってくれるのは、此処が決め時だと思ったのか鎧装したルー姐。

 

 「僕には出来ない事だったよ。良く頑張った。じゃあ、弟が必死になったものを最後に覆させないように、今度はこっちの番って事かな?」

 しゃん、と魔力で出来た剣と盾を構えるルー姐。その表情は今のおれからは伺い知れないが、きっと何時もの優しげな顔ではないのだろう。

 『ルゥ!』

 と、シロノワールに続いて空から降りてきた……多分電磁浮遊か何かでゆっくりと降下してきたのだろうアウィルまで四肢で大地を踏みしめて吠える。

 

 「さぁ、ルー姐も頑張るからさ、後一歩」

 鋼のカミにこれ以上踏み込ませないように落ちる左腕を魔法で遠ざけて、一人と一頭がおれを送り出す。更に羽ばたく大きな羽音達が……多数の飛竜が口から炎を漏らして援護してくれた。何時でも撃つぞ、とでも言わんばかりの包囲網だ。

 

 ……ビット兵器が万全ならば、当然のように全員対処できたろう。縮退炉が稼働すれば、超重力の前に総てを大地に落とせたろう。何より……全てを切り捨てる覚悟が出来ていたならば、此処からでも何とでもなったろう。、

 

 炉心の回転が止まり、柩は暴かれても……心臓(レヴ)は鼓動し続けている。おれのように凍てつきながら、殲滅するのは不可能じゃない。

 

 だが、銀腕のカミアガートラームはほんの少し、躊躇いを見せた。銀腕を大きく振るい、人類史を閉ざす精霊結晶を纏って絶望を振り撒くことを躊躇した。

 

 その最中、共に落ちながらおれは銀の左腕の隙間へと手を伸ばす。

 「帰ってこい、アステール!」

 震える指先で、実はずっと右腕の袖に仕込んでおいた紅玉を握り込む。それは、シュリから貰った龍血の塊。

 

 「おー、無理するねぇ……」

 石畳を砕いて地に落ちた左腕の隙間からぼんやりと漏れる光と共に、そんな声が聞こえる。

 「諦めたほーが、良いよー?ステラはね、ユーゴ様のためにだけ存在を許されてるんだし……」

 「そんなことはない。そうだろう。

 あんなおれの見え見えの嘘っぱちを信じて!確かにユーゴだって助けられるなら手を伸ばす!でも!決して総てを見ないフリはしない!分かってたろうに!」

 白い息と青い血を吐きながらおれは叫ぶ。

 

 「……見捨てたら?ステラなんて、あの日しょけーを見逃した名前も知らないだろー亜人並みに、忌み子さまは捨てても良いって感じの……

 ふよーな存在だよね?切り捨てて許せるんだよね?

 

 ステラが思い描いていたおーじさまは、どれだけ自分が傷付いても、苦しんでも。誰かが傷付くことの方が怖くて……結果的に多くを泣かせるひどーい人だよ?」

 だから帰れ。今此処で自分を殺せ。心の奥底に秘めたろう絶望を、滔々と狐少女は柩の中で語る。

 

 「……そう、だな」

 流れる血で目が塞がる。黄金の炎は左目から消え、残った右目もほぼ見えず。

 それでもおれは、静かに足を引きずって少女の柩に近付く。

 「確かにそうだ。桜理にも言われたよ。今のおれでも、まだ足りないって。死者の想いばかり背負いすぎると足が止まるってさ」

 苦笑するように顔を歪める。

 

 「アナにだって怒られた。もっと自分を大事にしろってさ。貴方が幸せになれないなら、世界なんて一人で救おうとしないでって」

 それでも、と言おう。だからこそ、と告げよう。無理してあの姿を維持し続けた反動、その身で愛刀を振るった衝撃、上げることすら辛い右手を……最早取り落とした愛刀を拾うことすら出来ないこの手を、ただ持ち上げる。

 

 「でも、だからこそ。おれの言葉じゃなくても聞こえるだろ?アステール」

 駆け出しそうなメイド少女やその横の騎士を抑えてくれているディオ団長。のろのろとした歩みで、それでも障壁を貼って無敵なままに進行しようとする鋼の巨神を壁となって食い止める竜騎士達。

 人の壁となって、波に呑まれるようにユーゴ派を散り散りにさせる民達。そして、それを扇動したヴィルジニー。全てがおれ達を助けてくれる。

 

 「お前らぁっ!何でだ!」

 本気を出せば総てを滅ぼすことは容易いだろう。けれど、人の心を持つがゆえにユーゴは止まる。その先はない。動けはしない。おれを叩き潰すべく振りかざされた神のごとき銀の腕は、壁となる人々の前に振り下ろされること無く静止する。

 

 「……おれに世界は救えない。おれには君すら救えないんだから。

 でもさ?それで良い。世界を救うなんて誰にだって出来る。いや、皆にしか出来る筈がない。一人で世界なんて救えるか。誰かのちょっとした勇気が重なりあって、皆が世界を救うんだ。

 君を救おうとするように。君がおれに後を託そうとしたように。そして、助けなかったって言われた彼が、アルデがおれに希望を見出だしたように」

 だから、と手を伸ばす。伸ばし続ける。例え拒絶されようと、ひたすらに。

 

 「そんな皆が、君を呼ぶ。だからおれに手を貸してくれる」

 少しだけ背後を振り返る。本気を出した瞬間に殺されるような銀腕のカミ相手に立ちはだかる人々は、ヴィルジニーとエッケハルト(いつの間にか居た)に扇動されているが……それだけではないだろう。幾ら言われても納得できなきゃ命を捨てかねないこの壁なんて出来やしない。

 

 「確かにおれは君を救えない。でも、皆が君を呼んでいる。それを無視できるほど、世界に絶望しちゃ居ないだろ、アステール?」

 「……おかしーよね。おーじさま。

 ステラはね、此処でしか生きられないし、それで良いのに」

 「ならばさ。おれを最初から突き出せばそれで終わっていた事を、おれに付き合う必要なんて無かった。記憶が燃えても想いは燃えない。前提となる記憶が消えようが、君は心の奥底で、おれ達を呼んでいたんだろう?助けてって。

 その想いを胸に、君に想いを寄せた人々の願いを受けて。助けに来たぞ、アステール!」

 その言葉と共に、拳を振り下ろす。そして……

 

 「居るよな、アナ!」

 「本当はもっと貴方を助けたかったんですけど!聞こえますよねアステールちゃん!わたしたちが、貴女の不可能をきっと可能にしますから!」 

 

 「させるとでも!」

 「ったく!結局手伝わなきゃいけねぇのかよゼノ!このポンコツが!」

 その刹那、総てを超えて転移してきた銀腕の一撃を、蒼き結晶が阻んだ。

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