降雷、或いは霹靂
「はぁ、何とか……」
フルフェイスの下で息を荒げながらおれは呟く。その息が凍っている、仮面の中が白く……いや青く凍結してそれを通して眺める視界が微かに歪んでいる。
「……行けるようだな」
「そっちは妙に余裕だなシロノワール……」
おれがビットを落としきるまでの間を凌ぎきってみせた魔神王には傷らしい傷はない。飄々かつ威風堂々と、彼は四枚の翼をはためかせていた。
「ふん、当然だ。貴様と違って私はかの銀腕の敵の力が主な切り札ではない。私を討つための装備はしていないのだからな」
言われてみればと頷いて、飛んでくるバルカン砲を二人して回避。翼を強く羽ばたかせた瞬間に転移してくるシロノワールが何だか可笑しい。っていうか、カラドリウスの翼って本領発揮するとアガートラーム並に転移使い出すんだな……と、あの日戦った彼の手加減っぷりを改めて想い知る。ここまで本気でやられていたら勝ち目はなかった。
「さて、準備万端か?」
「まあ、な!」
二人して笑い合う。こうして完全に共闘するのは初めてな気がするが、案外気が合うような……
「ではどうする?」
「最初に言ったろう?奴のあの装置を機能不全に貶める!」
「それに、私の手は本当に必要か?」
「必要ないと思ったら、姿を見せてないだろう?」
「理解した」
これだけで済む。実際問題、おれのやることは簡単なのだ。ビットを潰した後で何とかあの奥義を叩き込む。が、それは致命打にはならないしなり得ない。当たり前だが、あれだけ極短時間の跳躍を繰り返してきている以上、あれはアガートラームにとっては特に何か特殊な能力ではないのだ。未完成のタイムマシンでもそれくらい出来てしまう。
ならば、だ。それ以上に時を操らざるを得ない状況に持ち込むしかない。そうして初めて、銀腕のカミは自分を庇ってられなくなる。そう、それだけのダメージを通してタイムマシン部分を露出させる、それがおれの今から放つ奥義の役目だ。
そのダメージは残らない。時を遡り跡形もなく消し飛ぶだろう。だからこそ、シロノワールが露出したそれを傷付けてくれなければ、全力を使い果たしたおれはそのまま墜落して終わりだ。
え?元からタイムマシンそのものにダメージを通せばって?桜理によると普段は常時時が戻り続けているから素材が劣化しない永遠の物体になってるらしいし、大きく時を戻させてる時しか傷付かないらしい。その情報を知らなければ無駄撃ちしてたろうが、それを知った上でわざわざ狙ってやる必要はない。
だが……元よりおれの知らないゲームでも、意識をナノマシンに移さなければ40年前の過去に飛べなかったくらいには未完成のタイムマシン。多少の傷で動きを止めるだろう。
後は!
そう思った瞬間、不意に何かに気が付いたのか超高速で銀腕のカミの姿が消える。
「お前っ!?」
地上を見れば、大地に君臨した鋼のカミはしっかりと桜理を睨み付けていた。
そう、腕時計を輝かせ、メイド少女のユーリにその腕を突きつけていた彼女を、だ。
「何をしている!」
「何をって、君への反逆だよ?」
「どうしてそんな」
「……竜胆祐胡。だって僕は……君に苛められていた、早坂桜理だから」
「……っ!?」
遠くで、大きく動揺が見て取れた。鋼の巨体が動きを止めて、制御を喪ったようにバリアが彩度を減らす。
「……伝えておいたぞ?私が導くべき答えを」
「……ああ!」
横で告げるシロノワール。おそらく彼が、おれが奥義の隙をカバーする何かを求めてると桜理に告げて……だからわざと自分の正体を言った。ユーゴの動揺を誘うために。
無茶をする!だが……地上で呆けるユーゴ、飛ばそうとしてもビットが無くて何もしないアガートラーム。その桜理が産み出した隙は確かに、おれの求めていた切り札であった。
「逆巻け、遡れ、天の遡月よ。ただ、満たされるままに朧を確とする。
我が意に紡ぐは皇雷……」
唱えながら、おれは半ば凍りついた体を無理に動かして大上段に鞘に納めたままの愛刀を構える。
そう、納刀したままだ。天空でそれを構えるのが、あの奥義。
天から降り注ぐ黄金の雷。天狼の本気の雷を受けて、本来魔力伝導が悪いがそれすら貫通して電磁を帯びた金属の鞘が内部の刀身へと全てを伝え……
「これが我等の鎮魂歌」
虚空に固定された鞘から圧倒的な速度で愛刀ごと抜刀、地上へと撃ち出されて降り注ぐ!其は正に命を燃やす流星にして雷、気が付いて転移する隙間すら、無い!
「煌天心火、」
黄金の稲妻と共に、大地を砕いて撃ち下ろされるのは神の怒り。
「遡朧・霹靂神!」
放たれたその刹那、天に見えた魔方陣から……蒼金の霹靂は、確かに咄嗟の防御も光を取り戻した精霊障壁もおれの体の骨も何もかもを貫いて、聖なる地へと降り注いだ。
「っ!?なぁっ!?馬鹿な、ステラを殺す気で!?右腕じゃなく!?馬鹿な馬鹿な馬鹿なぁ!?」
ぐらり、と初めてだろう。銀腕のカミの姿が衝撃に揺れる。そして……
「戻せ、遡れ、我がカミよ!」
大地へと翼のようにも見える尾を引いて突き刺さったその一撃は確かに、銀腕の左腕を半ばから切り落としていた。




