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狐耳、或いは寝耳に水

好奇の目線の中、静かに待つ。

 割とすぐに、その時は来た。

 

 幾度めかの宣言。

 魔法の明かりに照らされる、大きな狐の耳。それがどのような奴隷かを語る進行役の声など、おれの耳に届かない。

 獣人、それも冒険者でも何でもない人間に人権はない。雇い主の保証が無ければ何をされても仕方がない。この国は結局そういう国だ。


 だから、人さらいに拐われオークションにかけられるのも、自業自得と言えばそうである。

 故に、正面から買い取ってやろうじゃないか。子供だろうが、忌み子だろうが、おれとて皇子の端くれなのだ。その意地くらい見せてやろう。

 

 「では、300ディンギルから始めさせていただ……」

 「350!」

 電光石火。42と書かれた札を上げて叫ぶ。


 オークションは一気に額を吊り上げるものではないらしい。本来、300スタートなら305とかそういった形で少しずつ競り合うのだとか。

 だからこその、それなりのいきなりの値上げ。といっても、元々の額が低めの為、これで中流に届かないくらいの家庭(子供1人想定)の一年半前後の生活費くらいだ。

 日本円にして……いや、そもそもおれの日本知識って覚えてる部分も所詮小学校くらいだから、例えようもないな……。当てずっぽうで言うならば1ディンギル1万くらいだろうか。

 とすると350万。一応奴隷は主人の所有物として扱われる=面倒を見るべきものであるとされるとはいえ、人間一人の額として安いのか高いのか。そんなものは分からない。


 考えても仕方ない。

 今はただ、勝つだけだ。

 

 「360」

 「365」

 「375!」

 「380」

 ……競ってくるのは2組。

 1組は……見覚えのない若い男だ。外見は整っており、服装もそれなり。薄手のコートのような服の胸元につけたバッジがどの貴族にも当てはまらない事から商人だと思うが……


 もう1組は黒服の男。此方は……ん?この男、サクラじゃないか?女奴隷の度にある程度の金額まで競り合って、それなりの額で首を振って降りている気がする。

 最低額は上がることを見越してかなり低く言っているだろう。その額付近で落札されては主催としても困るのだろうし、値段吊り上げるのはオークションで禁止ではないだろうけれども、あまり良い気はしない。それに……

 何より、今のおれにそんなに余裕がない。出来れば吊り上げるのは勘弁して欲しいところだ。

 

 「450です!」

 「皇子!こっちは500だ!」

 「ちょっと待てよ!?」

 何だろう。横のフォースが勝手に値段上げていっている。

 いや、分かるぞ?大事なお姉ちゃんがあの商人に買われたらもう会えないものな。

 でもおれの金なんであんまり勝手に大幅に額を上げて叫ばないでくれると嬉しい。

 

 「……!」

 あ、フォースの声で姉だという今正にオークションにかけられている女性が此方に気がついたな。

 ずっと何処を見ているのか分からなかった顔が此方を見据え、愕然とした表情で口をぽかんと開けている。

 

 とはいえ、声は出さない。いや、出せない。売られる際に首輪をされており、それが魔法で声を封じているのだ。どれだけ口を動かしてもぱくぱくと動くだけ。声は出ない。

 理由は簡単で、昔はお客様に罵声を浴びせて不快にさせる奴隷も一定数居たからだ。だからそもそも声を封じてそれをさせない。

 

 ……とりあえず、嘘という事は無くなった。

 昨日の今日だからな。裏付けなど取っている暇は無かった。本当に彼等の姉が誘拐されたのか、そういったことを調べていてはオークションに間に合わない。

 だから妹から金を借りて駆けつけた。

 ……だから、フォースには悪いが、少しだけ疑っていたのだ。本当は誘拐なんて無くて、おれに奴隷を買わせたいだけの狂言なのでは無いかと。

 

 だが、売られる当人がフォースを見て驚くということは、少なくとも近い知り合いではあるのだろう。ならば良い。

 

 「600!」

 「620!」

 なおも値上げは続く。

 といっても、黒服はもう参加してこない。目標金額をもう越えたのだろう。

 正直な話、少しだけ不快だったが、居ても居なくても関係なかったな。オークション会場の端と端。短い茶色の髪の商人が一歩も引かない。

 

 「700!」

 競り合いは続く。

 にしても凄いな彼。おれには負けられない理由がある。彼女を買わなければいけない意味がある。

 だから止まれないのだが、愛玩用とされる獣人奴隷にしてはかなりの高額まで来てしまっているというのに、彼も本当に一歩たりとも引かないのは異様だ。

 「720!」

 他にありませんか?と言われるまで黙っていればフォースが不安がるだろうし、何なら言われる前に勝手に声をあげる。

 その上げ幅か分からないから彼にうっかりバカみたいな額を言われないようにもとっとと宣言を繰り返しているのだが、彼も悩まない。

 

 「800!」

 正直な話、おれにも降りるわけにはいかない理由があるから降りないだけだ。

 幾らユキギツネが珍しかろうが、人間一人の値段として考えれば安かろうが、800は愛玩奴隷の相場としてはかなり高い。自分一人であれば、当に降りている額だ。

 だというのに、彼は張り合う。臆すること無く、悩むこと無く、間髪いれずにおれの宣言額を越えていく。

 余程執着があるのだろう。

 

 「850!」

 遂にかなりキツい額まで来たところで、遂に動きがある。

 「……第七皇子とお見受けする」

 「如何にも」

 カッコつけた返し。

 「彼女を譲っては戴けないだろうか」


 その台詞に、はっ!と笑い返す。

 「悪い、そこの人。

 おれは、こいつに」

 と、横の狐耳の未成年を指す。

 「お姉ちゃんを助けてと言われて都合の良い財布になりに来ただけだ。交渉するならこいつに頼む」

 「……865」

 「870」

 静かに、男は札を下げた。

 

 ……あっぶねぇ。此方としても1000越えたらヤバいところだった。孤児院の為の金とか諸々が。

 「42番さん870!

 880以上の方、いらっしゃいませんか!」

 ……此処に、何とか予算以内で果ての無い気もした競り合いは決着した。

 にしても、最後のあれ何だったんだろうな。フォースの為と言った瞬間にほぼ諦めムード出してたんだが。

 

 「ひやひやさせんなよ皇子」

 「おれだって無敵じゃないんだ。許してくれ」

 文句を言いつつ、それでも嬉しいのだろう。尻尾をぶんぶん振る狐少年に正直キッツいという内心を封印して笑いかけて。


 「この調子でもう一人の姉ちゃんも頼んだぜ皇子!」

 「……は?」

 

 「は?じゃねぇよ」

 唇を尖らせる狐少年。その尻尾が、苛立ちで立つ。

 「なあフォース。ひょっとして……拐われたのって、二人いる?」

 「ひょっとしても何も二人だよ!どうしたんだよ皇子!」

 「……それを先に言ってくれよ!?」


 さっきの870はギリギリの額全体の3/4は注ぎ込んでの勝利だ。もう一人と言われても、どこにそんな金があるというのだろう。元々、プリシラへの新年のボーナスとか諸々後で何とかするとカットしてかき集めた金だぞ?それ以上とかどうやって捻出しろというのだ。未成年の皇子に借金でもしろってか。

 だから、そもそも言われてたとしても対応は無理だが、それでもむいみなその言葉を紡ぐ。

 

 「……頼んだぜ皇子!」

 「正直な話、無理だ」

 「は?」

 「フォース、おれは無限に金持ってるわけじゃないんだ」

 「それでも国民を助けるのが皇子だろ!」

 「いやその通りなんだけどさ……

 それを言ったら、今売られてる奴隷全員買えよって話になる。だから一人だけって決めて……」

 「嘘つき皇子!」

 ……耳に響く声に、鼓膜が痛い。


 その通りだ。全員は助けられない。だから目の前のフォースを助けると言って……それすら助けきれない。目の前でニコレットを見捨て、結局片腕犠牲に合成個種を倒して。あの日、おれは多くを救えない、結局眼前の誰かを守り続けるしかないと身の程を弁えた筈なのに。

 嘘つきだ。クソ皇子だ、おれは。


 だが、どうしろというのだろう。単純に実力が足りなかった。それだけはどうしようもないじゃないか。もっと強くあれ、もっと金持ちであれ。それを言うのは簡単で、そうでなければならなくて。

 そうして、その理想どおりではいられない。

 

 「……奇遇だな」

 だから、何時だっておれは助けられる。

 「……父、さん……」

 不意に現れた気配に振り返る。其処には……

 瞳に炎を灯す銀髪の皇帝が立っていた。

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[気になる点] ……この世界のヒロイン以外の人は大体クズ過ぎない? 何様のつもりですか?感謝の心がないわ、尊敬の意もないわ、偏見ばかりで本当に護る必要あるか? 不敬罪で処分しった方がいいのでは?皇…
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