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交渉、或いは慇懃無礼の仮面

武器無く対峙するおれと、優雅たらんとした素手の仮面の色白。だがしかし、互いの手には見えぬ凶器がある。

 

 サルースには見せていなかったアルビオンパーツが僅かに脈動するのを感じるし、奴の黒鉄の腕時計が神官服の袖の下で鈍い光を放っている。

 一触即発、その状況を互いにおくびにも出さずに、おれと彼は表面上だけにこやかに同じ立場として言葉を交わす。

 

 「ええ、不安でなりませんね。【勇猛(ヴィーラ)】。貴方が真実頼りになると信頼できたのであれば、そう介入する必要性すら感じない筈ですが?

 来なければと焦りを産んだ時点で無能な味方という敵の方が余程救いがある立場に立っていることを、どうかご自覚の程をと切に願うものです」

 慇懃無礼、おれ自身ほぼ出会った事はないというのに染み付いたその言葉を吐きたくなる。が、言わない。

 

 警戒しているからこそ、下手は打てない。こいつが敵……なのはまあ当然として、敵対的に動かれたら詰みも良いところだ。おれは何とかユーゴ相手なら勝ち目はなくもない、アステールを救ってアガートラームを落とせる『可能性はある』だけの対策を何とか間に合わせただけなのだから。薄氷の作戦だ。それこそ、容易く破綻するから味方すら増えて欲しくない。

 

 例えばだが、今頼勇が駆け付けてきたとしたら、多分これで策が崩れる。散々言ってきたがユーゴの味方を炙り出し、それを人質に取ってあいつの無差別超重力圏グラビトン・ジャッジメントを封じる。これが大前提過ぎるのだ。

 アガートラームを出させないという勝ち方が不可能だし万一可能でもアステールを救えない以上、それをしないと聖都が一夜にして廃墟を越えて瓦礫の山による人々の墓標と化す。

 

 「おやおや、その自覚はあるようですね、良い傾向ですよ。我が終末にも困ったものですが、貴方もまた」

 「だが、今回はユーゴはおれの敵だ。手出し無用、もちろんおれの仲間にも、だ。

 余計な入れ知恵は、ロクな結果を招かない」

 おい、とばかりに炎髪の青年がおれを見るがその青い眼をスルーする。

 

 「ええ、分かっていますよ。貴方が本当に役立つならば、ね。

 しかしそれはそれ。不安でなりませぬが、此方としても相応に使い捨ての駒として信用しているシュリンガーラ様の意志は尊重せねばこの身を包む服装に申し訳が立ちませんよ」

 そう告げて、青年は一枚のカードを差し出した。良く見れば中に何か液体が閉じ込められたおれの瞳と同じ色の分厚いもの。

 

 「ええ、差し上げましょう、シュリンガーラ様からの、我が終末からの贈り物ですよ」

 そうか、と微笑んでおれは受け取り、覗き込もうとするエッケハルトから後でな、と離した状態で手に握っておく。

 

 「おいゼノそれ何だよ」

 「毒だよ」

 「ど、毒!?お前良くそんなもん欲しがるな……」

 うわ、と引いてくれるエッケハルト。少し傷つくがこれで良い。いやこれが良いのだ。

 

 「毒とは不敬ですよ。我が終末の血より産まれし、忌まわしき心鎖を解き放つ霊薬」

 「毒だよ。使い手次第でどうとでもなる」

 言いながら、おれはそれをきゅっと握った。

 

 正直捨てたいがなこれ!シュリを信じてる以上、直接渡しにこないこいつがシュリの約束したアマルガムであるとは思わない。つまり……

 「貴方は本当に、忌まわしい言葉を使う。このアマルガムは……」

 おっと、と仮面の下で表情を見せずにくつくつと青年は嘲った。

 

 「あまり我が終末に対して疑いの目はいけませんね。

 それに、間違ってもいない。アマルガムは確かに有効な手だてとなるでしょう」

 その言葉にうなずく。そう、その通りなのだ。

 

 「このように」

 刹那、握っていたカードが破裂し、おれの頬にべちゃっと血が付着した。

 ああ、知ってたよ。これがシュリに頼んだ薄められた毒性のアマルガムではないなんて。

 

 沸き上がる衝動に喉を掻き、そして己の喉を締め上げている腕を掻き毟る。

 「うぐ、がぁっ!」

 同時、愛刀やそのパーツ達が強く脈動し……炸裂したそうにカタカタと小さく震えるが、何とか苦しんで暴れるようにしてそれは抑え込んだ。

 

 「おや、アテが外れてしまいましたね。防がれないとは。それでかの教王に挑むというのですか?無謀も良いところではありませんかね?」

 踞るおれを見(くだ)しながら、仮面の奥で瞳を光らせ男は笑う。

 「無謀じゃないさ。切り札過ぎて、今はないし無駄撃ちも出来ないだけだ」

 嘘である。正直分かってたし防げた。


 が、防ぐ価値がなかったから食らっただけだ。アマルガムならシュリに経口(キス)で流し込まれた事もある。あの時はシュリの手前本音を漏らしたが……耐えきれるのは分かっていた。

 あの子におれの弱さは見せても多分良かった。が、今回のこれは違うから耐える。耐えきれる。

 

 「が、一歩間違えれば危険すぎる。忠告感謝だグリームニル」

 そう、精霊結晶だ何だは死者の想いの力だ、精神暴走を引き起こすアマルガムでその念が暴走した時にどこまでやらかすか未知数。

 それを実演したくて、彼はおれにアマルガムをぶちまけた訳だな。それで暴走結晶に腕とか食われたおれを失笑しながら更に畳み掛けるために。

 

 ってか性格悪いなこいつ!?

 「精霊結晶で防げないくせに活用できると?」

 「持ってないからな、今は。それに使う相手はユーゴだ。暴走すれば危険だからこそ、おれはシュリに毒性の弱いものを頼んだ。ほんの少しゆさぶれればそれで十分勝ち目が出る、ならば暴走するAGXの脅威というリスクを負ってまで、強毒を使う価値がない」

 言いつつおれは立ち上がり埃を払う。

 

 持ってるがアルビオンパーツに関しては隠し通す。いや、今あの中にはアルデとアステール母の魂が、想いが眠っているから抑えてくれて暴発しなかっただけなんだが、隠せるなら隠す。

 望み通りになど動くか、笑顔(ハスィヤ)

 

 「ええ、下らないお喋りでした。貴方の終末など、彩ってあげる価値もない愚劣のようです」

 言いつつ、青年は横でまーたかよと下らなさそうな眼をした青年に向き直った。

 

 「ええ、ええ。それでもかの14B相手。下らぬ茶番劇、噛ませに過ぎずとも暫しシュリンガーラ様のお戯れにも興じましょう。

 しかし我等がすべきはそうではない。違いますか救世主」

 「だから巻き込むなって」

 「巻き込みなどしませんよ、救世主」

 言いながら恭しく差し出されるのは小瓶。中には黄金色の液体が揺蕩っている。

 

 が、見れば分かる。これも多分アマルガムだ。

 「愛と勇気の薬です。貴方が勇気を出すのに使うも良し、かの聖女がかつての呪縛を捨て去り真の愛に目覚めるために使うも良しです。二人で逃避行に使うも良いでしょう。

 ああ、ご心配無く、貴方と敵対する気などありませんから、毒となる事は無いと保証しましょう」

 「ホントかよ」

 ぼやきながらも、青年は仮面の男からそれを受け取った。

 

 「勿論ですとも。良き結末の為に動くことこそ我等が心情。その為ならば何も惜しみはしませんし、救世主よ貴方を今終わらせるのはあまりにも、あまりにも惜しいのです」 

 仮面を抑え、くいとおとがいを突き上げてくねっとしたポーズを決める男。それを見ながらはぁ、とため息を更に吐いたエッケハルトは、それでも小瓶を仕舞い込んだ。

 

 「エッケハルト」

 「ってかゼノ。お前みたいなのに付いてくの疲れるんだよ。俺はアナちゃんの為に、そして俺自身の安全の為に好きにやる。

 持ってるくらい良いだろ!」

 「ああ、良いよ」

 睨み付ける瞳は、けれどもそう曇ってはいない。それを判断しておれはうなずきを返した。

 

 「……もう戯れは十分だろう」

 「ええ、仕方ありませんが、まだ救世主は迷っておられるご様子。

 では、このグリームニルめは一旦下がるとしましょう。我が終末をからかってしまったこともありますし……」

 青年は己の黒い司祭服の袖を捲る。その手には、煌めく腕時計。

 

 「この力は我が身を護るためだけに」

 「足りない。ただ中に勝手に飛び込んできて我が身を護っただけですよと嘯きながら好き勝手されたら、まだ困る」

 「疑り深いものだ。それでは女性に嫌われてしまいますよ【無謀果断(ヴィーラ)】」

 ん?なんか呼び方の声音が違うな。

 

 まあ良いか。

 「しかし良いでしょう。距離を取り干渉しませんとも。別に構わないのですよ、ですが導くまでもない終わりを迎えたその時に、助けてなどとは言わぬよう。

 それでは救世主よ、この身は無謀の阿呆の言葉に唯々諾々と従わされ、何も出来ぬ場へと参るとします。快い返事を、お待ちしておりますよ」

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