処刑、或いは銀の腕のカミ
そうして桜理から色々な話を聞いたおれは、騎士アルデとして……
アナが昨日聖歌を披露しに行った大聖堂の前に広がる大きな広場の中央に据えられた大きめの木の台の上で、其処に設えられた十字架に体を吊るされた青年の前に立っていた。
ぐったりした青年の左頬にはおれと同じ大きな火傷痕が残されている。本来耳の形がおれとは違って猿のようなふさふさの毛に覆われているのだが、それは耳の毛を耳ごと一部削ぎ落として補聴器の役目を持つ魔道具を使うことで誤魔化している。コアになっているのはおれがあの日……以前馬車に轢かれそうになった彼に耳が聞こえないから危険すら分からないのかよとあげた補聴器だ。
本当に……痛ましい。自分でおれに似せるためにメイクではなく実際に己の顔を焼き、左目を抉り、耳を削ぐ。どれだけ思い詰めた覚悟があれば、それを良しと出来るのだろう。
おれだって、自分で左目をアルヴィナにあげたことはあるが、それくらいだっていうのに。
ぐったりしたような体勢で吊るされながら、おれのフリをした青年はそれでも意思は死なずにおれを見詰めていた。
「あ、あの!皇子さまを処刑するなんて間違ってると……」
「煩い!聖教国から出てった偽聖女は黙ってろ!」
おれから遠く、特等席という体で割と近くで目を逸らせない状況に追い込まれたアナがとりあえず抗議して、ユーゴに一喝された。
まあ、これは茶番だが。おれ自身は目の前で処刑執行人の騎士アルデやってるってことをアナは知ってるからな。
だから、怯えたように食い下がらずに口をつぐむ。せめて何か言っておかないと怪しいってだけで、本気でユーゴと争う気はないからな。
周囲には沢山の人々が詰めかけている。かの色んな意味で有名で、何で生きてるんだとまで言われた忌み子ゼノが教王ユガートに楯突き多くの被害を出した罪で処刑されるとあって、平の信徒からお偉いさんまで大量の人々がその結末を見届けに来てしまっている。
もっとこじんまりしていて隠されていたら色々と出来たが、正直ここまで野次馬を集められてしまえば何もしようがない。
彼を助けられたりしないかは一晩シロノワールと吟味した。が、無理だと結論付けた。
無論彼が本気で魔神王としての全力を出すとか、後先考えずにやらかせばこの場だけは何とかなるが……未来が無さすぎる。おれ達に必要なのは託された想いを繋ぐ明日だ。流石にそんな手は取れない。
昔のおれなら其処でやるしかない!って言ってたろうが、もう言わない。
だからこうして、おれは執行人として此処に立っている。
連れ出されてユーゴ御付きの騎士クリスに拘束されながら遠巻きに見ているしかない桜理、ヴィルジニーや枢機卿と共に観覧席で見ているエッケハルト、ルー姐と共に近くで見詰めさせられているアナ……皆も集められて結構な状況だ。下手な動きは出来ない。
アステールはこれでおれを追い詰めた気になっているのだろう。ふふーんとアガートラームの巨大な掌、その親指の上に座ってユーゴの横で自慢気に尻尾をくゆらせている。その横で……もう片方の掌の上に呼ばれて何処か心配そうな顔でおれを見てるシュリが居るのが笑えて、何だか緊張感が無くなってしまうが。
広場の中心から少し聖堂側にズレた処刑台、そして……嘲りの顔をしたユーゴは、そのすぐ目の前に顕現させたアガートラームからおれを見下している。二対のブレードアンテナを備えた精悍な顔立ちをした巨大なカミ。他のAGXと何度も対峙した後に改めて、近くでその存在を見ると存在感の違いに驚かされる。エネルギーを通して黒い鋼を赤青の合衆国色に色づかせて強度を上げていたATLUSとは比べ物にならない程に、眩き白銀の巨神の装甲は堅牢。正直な話、ファンタジー金属である竜水晶とも遜色無い強度だろう。
地球でその硬度に至るってどうやって辿り着いたんだよと聞きたくなるレベル。正直な話、多分至近距離の水爆の爆発を装甲だけで耐え抜けると思う。そこから斥力フィールドだ蒼輝霊晶だのバリアがあるんだから嫌になる。
だが、こいつを撃墜……まではいかずとも相応に追い込まなければ、アステールが託してくれた対処法も使えない。一瞬動きを止められたとして、其処で相応にダメージを与えてアステールをかの機体の中から引っ張り出すことで救わなければ、勝ちじゃない。
だからおれは、じーっとおれを眺める来賓であるシュリの方を見る。あの左腕……通常の人型機体としては大きなその銀腕の中には、ゼーレ・ザルクというパイロットの大切な人を閉ざす柩があるのだという。ちなみに、その周囲にはゼーレ・グレイヴなんちゃらチャンバーという同じく魂の名を冠したシステムがあり、死者の無念を雷に変えてブリューナクを放ってくる。
逆にユーゴの居る右手側には縮退炉が……その内部の事象の地平線に未完成のティプラー・シリンダーが搭載されているんだっけ?だから最後の瞬間、おれが狙うべきは左腕って訳だ。
いや、更にレヴシステム含めてワケわからんエンジン3種類積んでるのは何とかならないかあれ……出力が過剰すぎて正面から戦うのが怖くて仕方ないんだが。何と戦う気なんだよあいつ。
……いや、神話超越の誓約略してゼロオメガらしいが……逆に正規パイロットの乗った完全体アガートラームでゼロオメガどころか配下の精霊王に勝てなかったってのが怖い。最終的には、あいつらと対峙しなければ世界もシュリも救えない、始水との約束も果たせず、明日を掴めないというのに。
なんて、現実逃避してる場合ではない。
流石にユーゴも学習している。今回はアガートラームの掌の上でふんぞり返っていて、隙はない。前みたいに降りてきてくれたら守りが疎かだなとこの場でボコれるんだが、流石にバリアを貫通しながら戦うのは無理だ。此方が持たないし、何より即刻動き出した巨神にアナや桜理が殺される。
「さぁ~てと、クソ皇子。言い残すことはあるか?
あるよな?叫べよ、虚しくよ」
「……無い、と言ったら?」
おれのように静かに告げるアルデ。その声はおれとはまた違う声音だ。流石に誤魔化せていない。
「んんん~?」
にやりと顔が歪むユーゴ。
「お前そんな声だっけー?我が知ってる声優と、なーんか違うなぁ……」
……分かってるのだろうか、アステールが伝えたのだろうか?おれは此処に居て、彼はアルデだと
そうすれば、おれを狙う代わりにアルデへの敵意は消える。どうでも良いと切り捨てる。
いや、とニヤニヤした金髪の豪華すぎる服に着られた男を見てそうじゃないと判断する。単に違和感からカマかけてるだけだな、アステールがおれを見ていないから、教えて貰ってなさそうだ。
だが、アステールの視線は……と辿れば、勝ち誇ったその表情の先に居るのは、見覚えのあるメイド。確かユーリと言う彼女が、銀腕の紋章を掲げた騎士の中でユーゴを応援していた。
……何だ、隙だらけじゃないかユーゴ。
最低の戦略ひとつで、お前を一個切り崩せる。おれみたいにせめてルー姐クラスを付けておけよ?
と言いたいが、おれもそういう護りは疎かだから何も言えない。桜理なんて人質として差し出して殺さない方がオトクという相手の利で無理矢理安全保障してるレベルだし、おれの方が不味いな。自省しつつ何とかユーリを捕虜にしてあいつの動きを封じよう。
「……逃げる際にバレないよう、喉を……焼いてな。
知ってるだろう、左目と同じだ」
いやおれの左目は……アルヴィナにあげたから似たようなもんか!説得力が割と凄い!何で知って……
ああ、アナから聞いてたんだな多分。
けほけほしつつ訴える偽おれの前でおれは何となく共感して……
「ふん、どうだか」
その言葉と共に、おれの横から青き結晶の刃を携えた一対のビットが飛んできて青年の胸元を切り裂いた。
服が破かれ、確かに喉には酷い火傷痕が見える。
「はーん、事実かよ。無駄だったようだが、なっ!」
勝ち誇り、シュリが付けたろう紫の毒々しい鎖が巻かれた白銀の鞘に納められた月花迅雷を掲げるユーゴ。
「お前も、お前の兄も!勝てやしないんだよ……この七大天を越える銀の腕の神、ユガート様にはな!」
その言葉に、青年は小さく笑った。
まるでおれへ、何か遺せたとでも言いたげに、柔らかく、ただおれを見て。
ざわつく周囲。
それもそうだろう。この地は聖教国。何よりも七大天信仰が強い地なのだから。幾ら絶対の力を持っていても、本当に神にも匹敵するアガートラームがあろうとも。
こんな場所で七大天を愚弄して神を名乗る奴は反感くらい買う。
そして彼らのその視線はおれ……ではなく、何処か当たり前のように巨大な斧を背負い、ヴィルジニーの横で憮然としている炎髪の青年に向けられていた。
「ってか、何時かこうなるって分かってたろゼノ。自業自得だ」




