相応しい者、或いは迷い祓い
狐少女の姿が消えたその牢獄でおれは暫し立ち尽くす。
「本当に、どうしてだろうな……」
右手にまたくっついてきた銀鱗のパーツを見下ろしながら、ぽつりと呟く。
「獅童君?ねぇどうしたの?」
「サクラ……おれは、全てに手を伸ばしてきていた……
その筈だし、間違ってたなんて思わない。なのに、どうしてだ?
おれは、アルデの手を取らないことを最初から良しとしていたんだ?何時からだ?」
答えは出ず、思考は堂々巡りの迷宮へと……
「阿呆」
が、それを引き裂いて、静かな罵倒が響く。
シロノワールだ。影から顔を覗かせた魔神王が、言葉とは裏腹に満足げにおれを見上げていた。
「……シロノワール?」
「教えてやろうか、人間」
「教えてくれるのか、寧ろ」
おれ自身ですら答えが出ないのに。
「貴様は何も変わってなどいない。あの狐は何も見えていない」
「けれど」
「簡単だ。アルヴィナに相応しくなってきた。だからこそ、貴様は想いには何一つ変化がないままに、ただ基準が変わった」
「基準?」
ふっ、と金髪の男は笑う。
「人間、生物は何時終わると思う?
肉体が死したときか?」
じっと見詰められて、言葉を紡げない。死んだ時だ……と、昔は言えていたその言葉が今はもう口から出てこない。
「違う。アルヴィナなら呼び戻せる。貴様も幾多背負っているだろう」
ただ、おれは頷きを返してアルビオンパーツを見詰める。
「そうだ。終わりとは肉体の死ではない。真の死とは、無意味となるのは……世界に託した想いが潰えた時だ」
冷徹に、氷の微笑を浮かべたままに翼を大きく拡げ、先導者たる八咫烏の魔神はおれへとその手を差し出した。
「そうだとも。アルヴィナに相応しく……貴様は唯、その肉体の命ではなく本当の意味での彼の死を迎えさせぬべく、死力を尽くしているに過ぎん。何故あの狐は己が死に瀕していながらもその事にすら想い至らんのか、理解に苦しむ。
いや、あまりにも人類ごときに期待しすぎということか。私も妹のために馴れ合いすぎたか」
言いたいことだけ言って、おれの影に潜って魔神王の姿は消え去った。
が、もう大丈夫だ。
「うわ、自分勝手だね……」
「だが、助かった」
そうだ。揺らいでちゃいけない。
「ありがとうなシロノワール。忘れちゃいけなかったのは……ただ目の前の人を短絡的に助けるだけがやるべき事じゃ無いこと」
アステールに言われる事がなくて、つい思い詰めすぎていた。本当に必要なことを見失いかけていた。
「うん。僕の好きな獅童君の顔」
そんな風に言う少女の頬は赤い。
「って勿論何時もがダメって訳じゃ無くて。
いやいやそれより別に好きって恋愛とかそういうのじゃなくて……ううんそうでもなくて……」
要領を得ずにもごついて指をつつく少女に苦笑して、調子を取り戻せたおれは落ち着け桜理と桃缶の中身を口に突っ込んだ。
「獅童君、結構無理してあの子と話してそうだったけどもう平気?」
「大丈夫だよ、サクラ。わからず屋なアステールに教えてやる。手は伸ばした。この手はちっぽけで、一人じゃ何にも届かないけれど。手を繋げば誰かに届く。
君を助け出すのはおれじゃない。アルデの、ディオの、アナの……君に向けて伸ばされた無数の想いの手だ。おれはそれを繋ぐだけ。アルデを救わないんじゃない。その想いを死なせない為に、背負うんだって」
「……うん。僕に出来ることって……本当に全然無いけど。それでも、いってらっしゃいくらいは言えるから」
と、おれはぽんと少女の肩に手を置いた。
「ん?どうしたの?」
「いやサクラ。しんみりしてるところ悪いが……そもそもおれ、アステール乱入でうやむやになったが、本当に彼女に向けて言った通り、対【笑顔】を練りに来たんだよ。
アステールが答えをくれちゃったが、奴はやはりおれの……そしておれ達に手を貸してくれた墓標の精霊王の知らないAGXを持っていた。
AGX-03オーディーン。君のと同じくANCと付かない謎の機体。そいつについて教えて貰わないとちょっと帰れないんだが?」
「……あ、そうだった」




