幕間・皇帝と奴隷(三人称風)
帝国の当代皇帝であるシグルドがその報告を受けたのは、新年の街を照らす陽(七大天が人々の為に輝かせているという太陽なる星)が昇った真昼の事であった。
「あのバカが、何処へ行ったと?」
あくまでも新年の主役は皇子皇女だと自分は城に残った皇帝は、宰相からの報告に首を傾げる。
「ですから、新年は様々なものが動きます。そのうちのひとつ、あまり大っぴらには開催がしにくいが故に、パレードの熱狂に隠れて行われる……」
「何だ、あそこか。まあ、法として咎めるものではない。基本は放っておけ。
不法な手段で集めたのならばまだしもな」
「ええ。その奴隷オークションなのですが……あの第七皇子が参加するそうで」
「あいつが出品者になるとは思えんが……まさか、自分を売りにでも行ったか?」
まあ有り得んだろうと思いつつ、銀髪の皇帝はくつくつと冗談に笑う。
「いえ、奴隷を買いにだそうです。
第三皇女様の侍女から、妹に頭を下げて奴隷を買う金を確保する最低ゴミカス忌み子皇子という証言を軽蔑の眼差しと共に戴きました」
「ああ、道理で。
あの領土と言えば孤児院一個のあいつにしては多額の小遣いを珍しくねだってきたと思えば、そんなもの欲しがっていたのか」
皇子が奴隷を買うことは別におかしな事ではない。
魔法によって逆らわぬように縛られた存在、奴隷。個人所有のモノである彼等彼女等を所有することは罪ではない。逆らわぬからこそ暗部に置くのに信頼が置けるとも言え、国の暗部には奴隷が多い。
幾ら人権が無く人として扱われぬとはいえ、奴隷というのは生物である。犬猫と同じであまり無理をさせるものではない。
そういった奴隷愛護の法こそあれ、奴隷は貴族であれば良く使うものだ。皇帝直下の暗部にも、かつて奴隷であった者は居る。
だからこそ、奴隷を買うことを咎める気などあるはずもない。
「……いかがします?」
「放っておけ。あいつにも、自分を肯定してくれる者の一人……は、既に居るな」
柔らかな銀髪の少女を、息子が護ると言ったからとずっと気にかけている平民の孤児を思い出しながら、皇帝は唸る。
「あの子一人で良くないか?正直な話、良くあの息子で釣れたなと思うレベルだ。しっかりと大事にしろと思わなくもないが……
まあ、それはそれとして、もう少し無条件に味方してくれる女の子でも欲しかったのだろう」
言いつつ、それでもぼやく。
「名前は……確かアナスタシアだったな」
直接会ったのは二度。けれども、忌むべき呪いの子とされ、扱いの酷い息子にとって貴重な仲良く出来る相手。
親のせいであるはずの忌み子の呪いが彼自身の罪であるかのように扱う残酷な貴族の子供達や、皇子なら完璧に自分を助けてくれて当然だろ!とほざく平民の子供達の中で、唯一完璧に助けられたからかもしれないが、ずっと彼に寄り添おうとする少女。
それらのある種理不尽を何より当然とするあの馬鹿を支えたがる、希少な相手。
平民だと後ろ楯にならんだろうし貴族では悪評でロクな相手が居ないだろうとアラン・フルニエの商家娘を婚約者として押し付けたが、寧ろ木っ端貴族にあの娘を養子に迎えさせて婚約者に仕立てた方が良かったのかもしれないと悩む事もある。
「あの子が泣くぞ、わたしじゃ駄目なのかと」
「……泣くのですか、陛下」
「いや、会ったのは三度だがな。
あの娘、助けてと言われたら後先考えずに目先の誰かを無償で助けるあの馬鹿の悪癖を含めて、あいつの事が大好きだろう。
良くそんな娘を引っかけてこれたと、割と感心している。いや、寧ろあの馬鹿だから釣れたのか」
「そうなのですか」
「なあ、この子が助けてと言ってきたら、お前はどうする?」
炎の魔力を放ち、陽炎を産み出す。
投影するのは、半年前に見た少女の姿。
「……可愛い子ですね。こんな少女に言われれば……ええ、私は流石に見返りもなく助けたりなどしませんが、助けたいと思ってもまあ仕方ないでしょう」
「だろうな。彼女にとっても、おそらくそれで良かったのだろう。
わたしが可愛いから助けてくれた。下心満載でもそれでも命の、皆の恩人だ。そういって慕うだろう。
だが……では、こいつならどうだ?」
少女の陽炎を吹き消し、新たに投影するのは息子。大火傷の残る歪んだ顔の皇子。魔法で治らんというのに、ちょっとやり過ぎた気がしたが、即日立ち直った第七皇子を映し出す。
「皇子に直接頼まれれば、皇帝の臣としては断りにくいですが……」
「まあ、それもそうか。では、こいつならば?」
「誰ですかこれ」
「誰だろうな」
揺らぐ陽炎を前に、投影した皇帝自身が首を傾げる。
其処に映っているのは、一人の少年だ。名前は知らず、境遇も知らない12~3の少年。
「一つ言えるのは、あの馬鹿息子が病で倒れた母親を助けるために薬を買ってやったという事実があるという事だけだ」
息子宛の手紙をビリビリと引き裂きながら、そう呟く。
「……破ってしまっても良いのですか」
「構わん。あやつに届かん方がマシだろう」
「お礼の手紙なのでは」
「いや、皇子ならもっと早く助けろよ、そうすれば母が目を悪くすることもなかったのにと恨み言がつらつら書かれていた。
母の目が悪くなったのはお前が助けるのが遅かったせいだ、母の目を治せる魔法の使い手を見つけろとかな」
掌の上で破り捨てた手紙を灰と変え、くずかごにその灰を捨てながら、皇帝は呟く。
「お前達は無償で命を与えられたのだからそれで十分だろう。
病の後遺症が残ったから何だというのだ。自分達は幸福だったと思い元の生活を続ければ済むこと。それすらも、本来は分不相応な幸運。
それを恨み言を送ってくるな」
「……良いのですか」
「良いとは何だ」
「いえ、良く似たようなことを彼に仰られていたのでは、と」
「助けると言っておいて、助けきれんのは確かに情けない。だからそこは責める。もっと上手くやれと言いもする。
だがな、今回あの馬鹿息子に非は欠片もない。いや、基本何時も非は本来無いが、一人で解決しきれなかった事は一応問題ではある。
それが今回はない。そもそも、あいつ自身が皇族は民の最強の剣、皆を助けるために居るって理想論を語るから、最強じゃないじゃないかと文句を付けても良いと舐められているがな。
本来、無償で縁も所縁も無い相手を助けて感謝されることこそあれ、非難される方が可笑しいのだ。」
言って、頭を振る。
「それを、あの阿呆は当然だと言う。何様だろうな、あの息子は。
そも、本来の民の最強の剣であり盾とは、民が皇帝に対して忠誠を誓い、尽くしているという前提あっての話であろう。彼等の主として、護れという事だ。奴隷たれという話ではないだろうに」
皇帝は、どこでああ育った、と少し呟いて、息を吐いた。
「話が逸れたな。今言いたいのはそうではない。
こやつ、助けてと言われて助けるか?」
「何故そんなことを聞くのです」
「では、この獣人ならば?」
「何故助けなければならないのですか」
宰相たる幼馴染の言葉に、そうだろうと、皇帝は大きく頷く。
「当然だ。何故助けなければならないとなるだろう。
だが、あの馬鹿は違う。助けてと言われたら、それが誰であれ手を差し伸べる。そうやって限界まで手を尽くして、結局もうおれには力が残ってないとなるからあいつに皇帝は無理だ。
それは皇帝のやることではない。
だがな。あの娘には、それが良いのだろうよ」
「解りかねます」
「そうかもしれんな。
まあ重要な事は、銀髪の娘があの皇子の事を大好きだという事だ」
「陛下、息子の惚気話なら執務外なので帰らせて頂いても?」




