牢獄、或いは缶詰め
「お、桜理?」
濡れた感触と柔らかさ。そしてふわりと香る汗と桜のような薫りはやはり間違いない、早坂桜理……というかサクラ・オーリリアのもの。普段はオーウェンって名乗ってるし男の子姿なんで分からない少女の感覚が鼻と肌を打つ。
「うぅ……ご、ごめんね?」
なんて呟く声も震えていて何時もよりもか弱い涙声。いや、おれ自身桜理についてそこまで語れるわけでもないけれど……
「大丈夫か、桜理」
「……うん。信じてたけど、ざまぁないって金髪のあの男が言いに来て……」
金髪といえば……ああ、ユーゴか。
「ユーゴか」
「そう、教王ユガート。
獅童君の事だからって信じてたけど、捕まえて……明日処刑するっていうし、それが本当なのか、何時もみたいに獅童君の作戦の一貫なのか分からなくて……」
ぼう、と暗がりに灯りが灯る。というかそこで漸く気がついたが、ここまでライト付けてなかったのか……
いや、ひとりぼっちで踞ってるだけなら明かりは要らないから消してたのか?
「桜理」
「何時もならね、僕は男なんだ強くなくちゃって頑張って耐えるんだけど……」
おれに抱き付いてきた少女の声が震え、寒そうにおれに更に腕を絡めてくる。
「でも、今は不安で不安で」
「そっか、そうだよな。色々忙しくて放置してて悪かった」
考えてみれば、アナとは連絡が取れるけど桜理やエッケハルトとは何も話せてないんだよな。お陰で状況とか分からずに不安にさせたろう。
特にだ。早坂桜理としての少年姿を今は使えずに少女の体だ。その何時もとの差異が更なる不安を煽っているのだろう。
だからおれは暫くの間、御免ねと謝りながら嗚咽するショートの黒髪の少女の頭と背中を撫で続けた。
「落ち着いたか」
「うん、御免ね、獅童君。信じてたけど、本当に無事なのを見たら何だか……」
女の子みたいだよね、とぽつりと告げられる。が、今の桜理って普通に女の子だと思う。
それを言ってもむくれられそうなので言わずに、おれはひょいと服に仕込んでおいた缶を取り出した。
「あれ、それは」
「何も食べてないだろ、桜理。なんで盛ってきた」
言いつつ缶を振るおれ。中身は知ってるから多少乱暴でも問題ない。
「う、うん。でもお腹は……」
くぅ、と小さな音が鳴る。
「あはは、安心したら思い出しちゃった」
小さく頬を掻く桜理。その紫の瞳が不安に揺れる。
「でも獅童君、それ缶詰め……だよね?」
「ああ、そうだな」
言いつつおれは指に力を込めて蓋を貫き穴を開けると、そこに小指を突っ込んで鉤の要領で蓋をひっぺがした。
うん、流石に素手だと端がギザギザになるな。これは危険だからと指で摘まんで折り取っておく。多少先端に触れるがこんなのおれには刺さらないので無視して折れる。が、桜理はそうじゃないからな。
そうやって開けた大降りの缶の中には、赤黒くテカテカとした肉の塊が見える。
「はい桜理、熊みたいなモンスターの肉の缶詰めだ」
と、缶の蓋に張り付いている小柄なフォークとナイフを差し出しながら告げる。魔法がある分保存が効くものって多いけど、やはり生魚とか幾ら保存出来ても調理も面倒だしな。こういうものの需要は確実にあるのだ。
ってか、肉の缶詰めなら日本にも焼き鳥缶とかあったしな。叔父さんがお前にごちそうをやると言いながら投げ付けてきたりしたので何度か食べた。
「あ、うん……」
「流石に道具なしで開けられるようには大体なってないんだけど、これで食べられるだろ?」
「ご、強引だね……」
苦笑いする少女だが、気は紛れてくれたのだろう。小さな付属フォークを手にして、中身に突き刺すとおっかなビックリ取り出してくる。
「わ、凄い大きさ」
「そういや、熊みたいなのって大丈夫か?臭みは煮込んだ時にかなり消えてるってディオ団長から聞いたけど」
言いつつ二つ目の缶を素手で開ける。今度は小さなものが沢山入っているからか上部から数個飛び散るがそれは空中で全て回収して缶に入れ直し、一個だけ頬張る。
うん。塩気があって中々の出来。
「はい桜理。こっちはパン……は置きたくないだろうし乾パンもどきな。グランドビーの蜂蜜を練り込んであるから仄かに甘くて疲労回復に効く」
ちなみにこれも団長オススメの一品だったりする。
「で、こいつがデザート。団長一押しの奴」
と言いながら三つ目の小振りな缶を開ければ、中から覗くのはつるんとした白い大振りな桃。日本でも見る桃缶である。
まあ、この世界蜜柑の缶詰めより林檎の缶詰めの方がメジャーだったりと差異はあるが、それはそれとして桃缶はやっぱり売ってた。みんな好きだものな。
おれも……って小学校のデザートに出た時は基本皆から無言で圧力掛けられるのが分かってたから最初から辞退してたが、嫌いじゃない。人気の無い給食の方が食べても周囲から怒られない殴られないからその分好きってだけだ。
「桃?」
「食後にな。シロップの味が少し特徴的だけど美味しい筈だ」
「有り難う。でも良いの?」
「良いって良いって。桜理に持ってくのを分かってたろうディオ団長がごり押しで買って持たせたレベルのものだぞ?寧ろ食べてやれ」
どんだけ桃推すんだと思った程にまず桃缶から買おうとしていたぞ彼。多分好物なのだろう。
桃は倭克で良く獲れるしその辺りも関係しているのかもしれない。
最後に水の袋を出して終わり。晩飯一式を揃えて少女の前に差し出せば、行儀良く足を折って座った少女はちびちびと乾パンからかじり始めた。
「ぼ、ボリュームが……」
「まあ、度々持ってくるとはいえ何時来れるか分からないしな、最悪蓋出来る奴を選んできた」
と、おれは食べやすいように下に敷いた二つの金属皿を指差す。
「そいつら蓋になるから缶の上に被せれば持つぞ」
「あ、そうなんだ、有り難うね獅童君」
ぺこりと頭を下げる桜理の額のサクラ色の一房の髪が揺れる。
「でも、本当に御免ね?僕なんて役に立たないのに付いてきて、転生者としての力も取り上げられて、信じてるって言いながら震えるだけで、本当に……足手まといばっかりで……」
どんどん涙声が強くなっていくのに苦笑して、おれはぽんと少女に近寄ると頭を撫でる。
「だから気にするなよ桜理」
「サクラ」
弱気な声に同意するように今だけ呼び方を変える。
「大丈夫だ、サクラ。君が居ることに意味がある。ユーゴは君を煽りに来たろう?
そうやって、君が此処で意気消沈しているだけでユーゴは調子に乗り油断しまくって隙が出来る。本当に、サクラは居るだけで役立ってくれてるよ」
それに、とおれは頬を掻く。
「AGX」
「今のわたし……僕は持ってないよ」
「違うよ、サクラ。おれ達が今まで対峙したり、設計図を託されたもの以外に、別の派生ってあるんだろ?」
その言葉に、少女はテニスボール大より少し小さな肉の塊を切り分けるのに悪戦苦闘する皿から目を上げて頷いた。
「あるけど……」
「話を聞いてると、ゲームで本当に味方だったのはそっちの別のAGXで、おれ達が戦ったのとは別なんだろ?そして、そのゲームについて一番知ってるのは……君だ。
君から教えて貰う知識がおれ達の知識の限界点」
ちなみにこれ嘘ではない。始水にも確認したが、ユートピア当人からしても存在する別系統については自分が開発していないから詳しくないらしいしな。ゲームで味方側の戦力として出てきていたならそれをプレイした桜理の方が本気で知識は上なのだ。元の機体の開発者兼AGXと戦った精霊王より詳しいって何だよと思うが……まあそんなもんなんだろう。敵の詳しいスペックとか分からなくても当たり前かもしれないか。
「……そう?」
「君が居てくれないと戦いを始められないよ。教えてくれるか、サクラ?」
その言葉に、少女は両手で抱えたコップから一口水を飲みながら頷いた。
「うん。獅童君が望むなら。
でも、必要なの?」
「必要だよ。ユーゴ相手じゃなく……シュリが名前を教えてくれた、他にこの地に来ている敵。【笑顔】、マーグ・メレク・グリームニルに対抗するために。
そいつはさ、恐らくだけど、さっき言った派生AGXの一機を持っている。どこまで強いのか、どんな機能があってアガートラーム相手にどれだけ粘れるか、それを知らなきゃ作戦に支障が出る」




