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潜入、或いは牢獄

そんなこんなで女騎士とサルースを連れて軽く街を回り……さらっとディオ団長に促される形で保存食を買い込まされたおれはというと、今日は休めと解散させられた後に牢獄を訪れようとしていた。

 

 そう、長らく放置してしまった桜理の様子を見に行きつつ食料の補給である。何も食べてないに等しいからな、怒涛の一日だったおれより動くことは少なくとも、空腹にはなっているだろう。目上ということになっている団長から言われたなら食料は買っても可笑しくなく、少しちょろまかしても大半を納入すればバレない。

 

 ということで、さりげなくフォローしてくれる彼の手を借りて、それっぽく理由を付けつつ食料を確保。そのまま解散して日が替わった深夜の聖都を駆け抜けて地下へ。鍵が壊れたままの地下室へと滑り込み、あの通気孔を……

 

 「お前さん、そんな場所から何をしようというのかの?」

 背伸びした女の子の低い声に振り向けば、通気孔から逆さまにひょこりと紫混じりの銀の髪を垂らしてオッドアイを輝かせ(右目に至っては本当に暗がりで輝きを放っている。発光したのかそれ……)た銀色の小さな龍がおれを見詰めていた。

 

 「何だシュリか」

 「何だとは挨拶じゃの、お前さん?」

 「いや、何か手を打つ気なら早めに聞きたかったって不満はあるからさ。

 おれが危険を犯して動かなくても良くなる」

 その言葉に、窮屈そうにぴったりと畳んでいた翼を寛げながら、通気孔から降りてきた襤褸布を纏う龍はんっ……と息を吐いて小さく伸びをした。

 

 「お前さん、儂を味方と勘違いしておらんかの?」

 「助けると決めた神話超越の誓約(ゼロオメガ)。少なくとも敵じゃないだろ?」

 「素でこれじゃから儂のヴィーラは怖いの。我等が笑顔(ハスィヤ)とは大違いじゃよ」

 その言葉に大体は理解する。多分このシュリ、おれがこの道を通って桜理のところへ行くのを思考読んで待ち構えていたな?

 で、用件は……

 

 「そうか、ハスィヤか」

 此処でこの名が出てくるということは、誰か居るかもしれないと警戒していた六眼、つまりアージュの眷族のうちおれが敵対的に出会ったことはない相手、【笑顔(ハスィヤ)】がこの地に来ているという事だろう。

 

 この名だと味方っぽく聞こえるが、その実敵でしかないのは知っている。シュリは【愛恋】だからまだマシというか他人を理解しなければほぼ抱けない想いの化身なんで世界に絶望気味ながら話が通じるが……

 そう、例えばサルースさんが単なるより良い結末という優しい思想ではなく悲劇的な終わりこそ至高って拗らせた劇作家みたいな思想を持ちその情動を解き放てばバッドエンドによる笑顔を求めてやらかすだろう。というかアージュ自身の異名が堕落と享楽の~だし、笑いというか嗤いとして、どこまでも残虐で有り得るんだよな、そいつ。

 

 閑話休題。今は桜理関連だ。シュリが教えてくれた事は恐らく有効活用できるが、今はまだ使わない。

 

 「そう、笑顔(ハスィヤ)。マーグ・メレク・グリームニル。好かぬ男じゃよ。お前さん、変に関わるでないよ」

 「分かってるよ、シュリ」

 と呟けば……少女は纏った襤褸布を脱ぐと、気にもとめずにばさばさと振るう。それだけで燻製された肉に向けて煤が掛かってしまい、割と台無しになる。

 

 「勿体ないよ、シュリ」

 「儂等が()むものではないからの」 

 「多分みんなに、説法の時にでも切り分けるためのもの。あんまり汚しちゃ食べられる範囲が狭くなるから止めような」

 「……すまぬ、食には疎くての」

 と、肩を萎縮させて、素直に少女は謝ってきた。

 

 「で、シュリ。シュリは何しに来たんだ?

 ひょっとして、おれの思考を読んで七天の息吹でも届けに来て」

 「無理じゃの。儂は毒龍、治癒の魔法なぞ、その事実を知る者が与えてくれよう道理無しよ」

 うん、言われてみればそれもそうか。

 

 じゃあ、と思ったところで、少女はというとおれが贈った外套を部屋の隅の箱から取り出すと身に纏っていた。どうやら通気孔に入ってみる為に一旦脱いでいただけらしい。というか、翼の大きさ的に桜理の居場所から通気孔通ってくるのは無理だし、嵌まってみた、くらいのノリだろう。

 

 となると……

 「寂しかったのか?」

 「儂には分からんよ。寂しいという想いそのものが、抱くような相手も居らんかったしの。

 が、そうかもしれんの。ではの、お前さん。その顔を見たら、何のために足を動かしたかも分からぬが……何となく満足したが故にの」

 うん、それ本気で寂しかったんだろう、シュリ。

 おれも妙な寂寥を感じていたが、それに引っ張られたか?

 

 そんな事を思いつつ予想より相当に早く再会した龍少女を見送って……

 おれは荷物と共に今日の昼間に抜け出した通路を逆に辿り、ひょいと牢獄の天井から飛び降りた。

 その瞬間、真っ暗闇に何かが揺れる。

 

 「桜理」

 「え、あ、……獅童、くん?」

 「悪い。取ってくると言っておいて待たせたな」

 と言った直後、おれの首筋には冷えきった柔らかさが飛び付いてきていたのだった。

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