第二部四章EX 毒銀龍と語る羊面狂楽の凶敵考
『注意じゃが、今回は前章にあったらしい「龍神少女と見る喪心失痛の龍機人考」と同じく、ネタバレ回となっておるよ。儂と儂の勇猛果敢が実はこの時点で知ってるあれこれを語るからの、伏線は伏線としてスルーして素直な気持ちで読みたい人は帰るんじゃよ?』
『良いかの?儂は毒じゃし、バレンタインの甘いチョコなど準備出来ておらぬよ?この先には苦いネタバレしかないからの?去るなら今じゃぞ?』
「……ふむ。ではもう1つ聞いて良いかの?」
言いつつ、少女は尻尾でソファーをぺしぺしと打つ。誘われてそこに腰掛ければ、ひょいと膝の上にシュリの体が乗っかってきた。
……案外重い。翼と尻尾が大きいだけはある。が、小柄だからかすぽっと腕の中に収まってしまうな。
「何だかお前さんの思考変じゃなかったかの?
幾ら儂相手とはいえ、本質は世界を滅ぼすゼロオメガ。普通そんな相手と共に知り合いが居たら、そちらの安否を案ずるものであろ?」
その言葉にああ、その事かとおれは納得する。
「サルースさんと居ることを確認した時の話か
あれは本当にそのままの意味だよシュリ。君の方が心配だった」
「敵の心配の方が先に来るとは変であろう?」
いや、シュリは今更完全に敵とは思えないというか昔の魔神側に戻ってた時のアルヴィナ感ある……んだがまあそれはそれ。おれはおれが贈った服をしっかり着てきた龍少女に苦笑した。
「分からなかったか。まあ、考えないようにしてたからさ」
「む?」
がまあ、シュリがここまでおれとそこまで敵対したくないって態度を出せているならそこまで警戒は要らないかと、自分でやってた思考制限を外す。
「簡単だよシュリ。彼がサルース・ミュルクヴィズじゃないから。おれが、おれ達が把握していない真性異言の一人だからだよ」
そう、それが答えだ。その疑惑からノア姫は真実を確かめるべくエルフの森へと一旦戻った。そうして……彼はこの地に現れた。ノア姫の歩みの速度からして、あまりに有り得ない速度で。
ある意味それが答えだった。
「む、そうなのかの?」
こてんと小首を傾げるシュリ。さらっとした銀のツーサイドアップが揺れる。
「まあ、おれ達も最初からそうであったと気が付いたのは最近なんだけどさ。
そもそも最初から可笑しかったんだ。おれ達と出会う前から、彼は咎落ちを起こしていた。女神の加護が一部呪いとなり浅黒い肌を持つエルフとなっていた。
それは、女神の教えにあるという『人に肩入れしすぎるな』というものを破ったからだと皆言っていたし、その原因であろう父さんは割とその事に悩んでいた」
というか、だから割と無礼そのものな態度だったおれと出会った時のノア姫にもそこまで苦言を言わなかったのだろう。あの人なりに友人を咎に落とした負い目を感じていたのだ。
「でも、考えてみれば可笑しいんだ」
「可笑しいのかの?」
翼の付け根を完全に横に倒し、背中をおれに預けて寛ぐゼロオメガ様がおとがいを持ち上げて見上げてくる。
「うん、可笑しい。エルフの森って相応に結界なんかが張られていて見付けるのは至難の技。なのに円卓は簡単に辿り着けた」
おれ達が行けるのはひとえにウィズやノア姫が招いてくれてるからなんだよな。そうでなければ、天属性に長けた幻獣の集落なんて、相応にとんでもない力を使わなければ見付けられない。
そして、だ。あの時の古代呪詛は恐らくルートヴィヒが展性者としてアージュから与えられた力で撒き散らさせたものだが、無理矢理の侵入ではないからかその痕跡は残っていなかったろう。そういう敵が居たではなくエルフの誰かがたまたま持ち込んだ呪いが広まったという感じの言い回しであった。
「つまり、逆に言えばエルフ達の中に円卓の面々を招き入れた者が居る事になる。
あと、更に根本的にだけど……」
「ふむふむ」
内心で思ってることも読んでいるのか、角を当てないように胸元に猫のように後頭部を擦り付けながらシュリはおれの解説を聞き続ける。
「おれ達のためにあそこまで手助けをしてくれるノア姫が咎められてないのにおれとノア姫より健全な関係性だろう父さんとの交友で咎められてるのが狂ってる」
まさか同性でそういう薔薇の花咲く関係性な訳はないだろう。父さん割と性癖は普通というか、女性が好きだからうっかりおれの母に手を出してたりするわけで……
というか、ノア姫は永遠姫だっけ?成長できなくなるが女神の庇護を残す術を使おうかとまで言ってくれたが、咎に落ちるのとは真逆だろうそれ。
「人に肩入れしすぎるなってのは、きっと惚れた弱み辺りで相手の私利私欲の為に女神の与えた力を悪用するなって意味なんだ」
だから、少なくともおれ達と共に世界を護るためにという割と真っ当な使い道をしているノア姫についてはお咎め無し。
「なのに、彼は咎められた。父さんなんておれと同じような思いで人生を走り抜けてきた人なのにだよ。
ならば、寧ろ……咎に落ちた理由は別にある」
そうして一息置く。
「そう、だから結論を出したんだ。サルースさんの咎落ちは、肉体を真性異言に乗っ取られた事で、転生者の私利私欲の為に全てを使われているから起きたものだ、と」
おれと二人でその結論に辿り着いた瞬間のノア姫は、珍しく目を閉じて顔を伏せていた。見せたくもない涙顔なんて、初めて見た。
「ふむふむ、そうであったか。
儂はこの世界に飛来して日が浅いからの。お前さんの言葉が真相か判断はつかぬが……」
と、おれはそんな少女の肩に手を置く。
「む?どうかしたのかの?」
「シュリ、そこで1つだけ聞きたいんだが……彼はどっちだ?
円卓に縁がある転生者、そこまでは把握してる。でも、その先はまだ未知数。リックみたいに本来は君の側の転生者なのか、あの自称真なる神の側なのか」
それで大分警戒するべき力が違う。円卓なら物理的にトンデモ兵器が飛んできかねないし、実はアルカナ側ならば下門陸のような特殊能力持ちという可能性が高い。つまり、どちらが転生させたかだが……
「少なくとも、儂とお前さんの味方ではないしそうなりえぬよ。今の儂から言えるのはそれだけじゃの」
それに対して、尻尾を丸め、おれの膝上からでは地面に届かない細足をパタパタとご機嫌に前後に振りながら少女は答えてくれた。
答えは確定した。この言い回しというか態度は混合されし神秘の切り札所属。
が、わざわざ色々付け加える辺り転生させたの自体はAU側だから転生者としての能力自体はAGXとかそういう方面という事だろう。つまり、おれと同じく後天的に眷属化させた者ということだ。
毒で落としたのは良いけれどあんまり好きじゃないってところだろうか。ルートヴィヒを呼んできて致死性の高い呪詛を撒かせるとか、シュリのやり方より凶悪さが相当増してるからな……
「そう、か」
そう考えつつ、おれは内心でシュリへと謝り、愛刀のアルビオンパーツへと声をかける。
ごめんな、シュリ。ちょっとだけ試させてくれ。そう、今此処で君を傷付けようとしてみたらどのようにおれの中の力に止められるのか。そう、だからアルビオ
……………
「げはっ!?」
喉奥から沸き上がる血を溢れさせないように歯を食い縛って無理矢理喉奥に飲み込み返す。
っ、何が起こった?というかおれは何をしようとしていた?
「……何やっておるのかの、お前さん?」
呆れたようにシュリが上半身を捻っておれと顔を合わせるように見上げてくる。
「いや、何をしようとしていたんだ、おれは」
何か酷いことだったような気はあるんだが、一瞬意識が断絶し、その寸前が思い出せない。
「む、儂の六眼、情動は儂を傷つけられぬと前に教えたがの、理屈を確かめようとしたようじゃよ?」
「つまりシュリを攻撃しようとしたのかおれ?
すまないシュリ」
「いや、別に構わんよ?内心で謝っておったしの、他の眷属が本当に儂を傷つけに行けぬのか確かめたくなる気は儂にも分からぬ事でもない」
じゃが、とおれにまたまた頭を預けて少女は不満げに語る。
「お前さん、儂が頭を出しておるのに今日は全然撫でんの」
その言葉に苦笑して、おれは預けられた銀髪に右手を添えた。
これで許してくれそうなんだから大分優しい。アーシュ姿になってるだけあるというか、希望を持ってくれたのだろうか。
というか、こういう止め方なのか。傷付ける行動を取ろうという意志を持った瞬間に意識をブラックアウトさせ、意志ごと0にすることでそもそも行動させない。大分恐ろしいセーフティだ。本気でこの状態でシュリに反旗を翻そうとするなら、よほど遠回しに仕掛けておいて行動を止められても巡り巡って攻撃が発動する仕込みをしなければならないだろう。
いや、別にシュリは攻撃しないが……ってか待て。
「シュリ、次に出会ったらイアンの事でもう一発殴るって決めてたんだ。だから撫でない」
「……そ、そうかの……」
見るからに肩を落として尻尾も垂らされると悪いことをしてる気になるが、悪いことをしていたのはシュリだ。情けはない。
というか、本当に人懐っこいんだが、これ本当にラウドラ達と同一個体のゼロオメガなのか?
「ってそれはそれか。頼んで良いか、シュリ?」
「今回は儂等にとっても益のある事であるが故に、手を貸すのも吝かではないの。が、時は掛かるのは覚悟を頼むぞ?」
「有り難うな、シュリ」
「礼を言うなら、次はちゃんと儂の頭を撫でてくれんかの?」
「今回は怒っただけだから、ちゃんと作ってくれたなら」
おれがそう言えば、ひょいと龍少女は立ち上がる。
「で、お前さんは部屋の外で待つあの亜人と何をするのかの?」
「決まってるよ。彼が、サルースと今は喚ぶしかないあいつがノア姫の兄だった頃の優しい羊を被ってくれているならば、そのうちに合流するよ。そうすれば、恐らくだけど表立って動けず彼は最後まで羊を被っててくれる」
まあ、そのうち敵対せざるを得ないだろうけれど、今回はおれの味方面するだろうから派手な動きを封じられる。
と、そんなことを考えていれば、興味深げに顔を近付けた龍神少女の鼻がおれの左手に触れた。
「で、その手の形は何かの?」
言われてみれば、少し小指を立てていた。
「ああ、これか。昔幼馴染とやってた奴だな」
じゃあやるかとおれはそのまま手を差し出す。
「む?」
「ああ、そのまま小指を絡み合わせて……」
「こう、かの?」
素直に指が絡まる。が、にしても小さいなシュリは……
「指切り拳万、嘘付いたら……」
と、そこでふと悩む。元の言い回しのままにするかどうかだが……
「元?別の言い方をしたいのかの?」
「いや、元は針千本飲ます、なんだけど」
「いや痛いのは駄目なんじゃよ!?」
「大丈夫、元は不変の愛を誓うために指を切り落としたって話から来てる、約束を違えない誓いだから。本当にやる訳じゃないというかやりたくないことを言うんだ」
教えながら、おれは曲げた指を離さないように上下に揺らす。
「なら、儂から良いかの?」
「ああ、良いよ。『指切り拳万嘘付いたら』」
「心溶けるまで毒飲ます」
「『指切った』」
いや、割とおっかないなと思いつつ、シュリのちっぽけな小指を小指に絡めたまま振り、ひょいと離した。
「約束だ、シュリ」
「お前さんだけは、儂の願いを違えぬよう頼むよ」




