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新年、或いはパレード

「……ふぅ」

 草木も眠る夜中というにはまだ早い時間。火の刻の始まりの鐘。

 皇帝の住まう王城ではなく、勿論、学園とされる巨塔でもなく。かの学園塔とは王城を挟んで逆側に聳え立つ白亜の塔。かの七大天を奉る帝国における教徒達の総本山たる塔の天辺にあるという虹色の鐘の音が帝都全体に響き渡る、一年に一度のかの日の訪れ。


 即ち……人の月、一の週、火の日、火の刻。

 新年の始まりを告げる音である。

 

 その音を聞きながら、おれは……

 「……どうしてこんなところに居ますの?」

 婚約者様に詰め寄られていた。

 

 いや待って欲しい。おれは孤児院の経営者である。実質的には元々の管理者に任せてはいるのだが、おれが金を出しているから此処は第七皇子が経営してる場所だという庇護をかけているのは確かだ。

 だから、今日おれが孤児院に居るのは可笑しいことではないだろう。龍の月から始まった初等部も、4ヶ月……つまりは半年の期間をへて新年の休みに突入している。


 基本皆家に帰れと寮も封鎖され、アナも半年ぶりに孤児院に帰っているし、アイリスも城の部屋。留学生たるヴィルジニー(何でかおれに良く突っかかってくる聖教国のお偉いさん)は、白亜の塔に泊められているだろう。

 一つだけ補足だが、おれ自身日本なる前世の国の常識と稀にまだごっちゃになるが、この世界の1年は8ヶ月だ。人の月から始まり、虹の月で終わる384日間。体感的にだが、一日も24時間より長いだろうか。


 といっても、よくよく考えると長いなってくらいで、一日が32時間くらいだとしても、その分眠る時間なども長いからそんなに意識的な差は無い。一日を8つに分けた一刻……即ち3時間にあたる単位が10800秒より長いなーって程度だ。

 それよりも、授業が一コマ半刻だから24時間換算で90分はやってるのが長いなという方が印象的といった感じ。おれが覚えている授業なんて小学校の1コマ45分だぞ、倍以上ある。

 なので、おれの身長はこの7歳半前後で小学校高学年行くかなーくらいの域。おれになる前の確かシドーなんとかだった頃の死ぬ前とそこまで変わらない。

 ってか、幼馴染の始水の名前は覚えてるのに自分の名前覚えてないって随分都合が良い記憶だな……

 

 閑話休題。

 なので、おれが此処にいるのは普通だ。

 だが、何で婚約者様が此処に居るのだろう。此処に来る用事など無いだろうに。


 余談だが、同じくこんな庶民区に来る予定など無いだろうアルトマン辺境伯家のエッケハルト様は第三皇女の侍女という割の良い半年の奉公で稼いできた少女のお金によって新品に買い換えられた窓の部屋で幼い子供と遊んでいる。いや、来たなら遊びを手伝えと遊ばさせられている。


 幼いリラード(親が冒険者やってて死んだトカゲ獣人)を肩車しているのがちらちら見える辺り、真面目にやっているのだろう。

 だが、何しに来たのだろう。アナにでも会いに来たのだろうか。いや、おれとしてもあの子には幸せになって欲しいし、そういう点で考えればなかなかの地位にある貴族であるエッケハルトと縁があるのは良いことなんだが……


 となると、原作では影も形もないのが気になるところだ。同じくこの世界の辿る未来の可能性をゲームとして知ってるはずのエッケハルトは、アナについての未来を誤魔化すし……

 素のゲーム版しか知らないおれに比べて、漫画版だの小説版だの続編の情報だの知ってる彼の方が、おれは原作で出てきていないと思い込んでいる○○版でのみ語られるキャラとか良く知ってそうなので、そこら参考にしたいんだが……


 ひょっとして、原作では星紋症で死んでいたりするのだろうか。或いは、何らかの理由で原作前に死ぬとか。

 だとすれば何か話してくるだろうしな……。本当にエッケハルトも何も知らないのだろうか。


 いや、当然そこら辺をずっと考えていても仕方がないんだけど、ずっと気になっている。この世界はゲームのようでゲームではない。皆この世界を生きている。

 ならば、知り合った、関わった、そんな皆にはやっぱり幸せになって欲しい。そんなの当たり前だろう。名前もろくに覚えていない日本でのおれだって、きっとそう思っていた。

 『……おれよりも、万四路に生きていて欲しかった』って、きっと。

 ……その手で、この腕で万四路の未来を奪ったくせに。

 

 「分かりませんの?相変わらずですわね」

 「分かりませんよ。相変わらずな皇子なもので」

 「今日は何時(なんどき)か、分からないとは言わせませんわ!」

 ぷりぷりと怒る婚約者様。


 今日は何時か、知らないと言われるのは流石に心外で、はあと息を吐きながら返す。

 「今日は新年。その晴れの日」

 基本的にはお祭り騒ぎをしたり、家族と過ごしたりする日だ。


 そう考えると、真面目にエッケハルトのヤツ、何故来てるんだよとなるんだが。

 あれか、アナは未来の妻だから実質家族!って奴だろうか。初見の印象はゴミカスだったとはいえ、何だかんだ2年以上も経てばアナとは割と仲良く出来ているし、幼馴染で恋人ってのも有り得なく無いか。

 仮にも跡継ぎだろう貴族が孤児の平民に入れ込んでるのはどうなのかとは思うが、皇子であるおれ自身が平民出のメイドと皇帝の息子だ、何も言うまい。


 それを言えばおれはこんな孤児院に来ていて良いのかという話だが、アイリスならこの4ヶ月で完全に定位置と化したおれの頭の上で猫ゴーレムが寝ている。きちんと連れてきているから無問題である。

 アルヴィナは来ていない。おれの知り合いの中では一番真面目かもしれない。貴族だの忌み子だのが孤児院に来ている方が可笑しいからな本来。

 

 「ええそうですわ。

 新年の祭の日ですの」

 ぷりぷりとした表情で、その栗色の髪を揺らして、婚約者様はお怒りになられる。

 「それで?」

 「それで?じゃありませんわ!」

 バァンと叩かれる机。

 「なんで、わたくしが、皇族のパーティーに、招待されていませんの!」

 バンバンと机を叩いて叫ぶ婚約者様。


 あれか。皇族パーティーというものにかなりの期待を寄せていたのか。去年のおれは西に……天空山に初日の出見に行くぞと師匠に連れ去られていたからな、今年は参加できると思ってたのか。

 今年も行くか?天狼どもも待っているぞ?と言われたが、今年はアナが大変そうだし金を稼がないと料理がショボくなるから行けなかった。

 

 「いや、そもそも何で参加しようとしているんだ」

 そんな当然の疑問を投げ掛けてしまう。

 「皇族の新年パーティーは、婚約者同伴でしょう!?」

 うん、その通りである。因みに婚約者が居ない場合は別の人間を選んで連れてこいと言われている。その場合同性なら良いが異性だと妾だと思われたりするとか何とか。別に一夫一妻でも無いしそんな問題は無いんだけどな。


 ただ、連れてきたのが単なる友達であろうともあの皇子の妾とか噂が立つのは避けられない。例えばアルヴィナとか、勝手に噂されてるらしいからな……。

 それで良縁が結べなかったりするだろうし、本人には良い迷惑だろう。


 というか、アルヴィナには本当に悪いことをしている。原作で皇籍剥奪されたりする忌み子の皇子のお手つき扱いされて、折角未来を担う同い年の子供達の集う初等部に入ったのにも関わらず、将来有望な幼馴染の婚約者の一人も出来ないとか災難も良いところだろう。初等部はそういった縁を作るための場でもあるはずなのにな。


 おれが幸せにすると言えればカッコいいのかもしれないけれども。正直な話、原作でおれが死ぬイベントを回避できるかって言うと怪しい。

 鍛えてはいる。逃げたくなった事も、泣き言を吐きそうになったことも一度ではない。あの掌の大火傷とキメラテックによる腕の穴で腕を吊ったあの状態で、五体満足でなければ戦えないのでは困るだろうと何時もより寧ろキツめの修行だと言われた日には、本気でわざと一撃食らって昏倒し、その日の修行を強制終了しようかと思った事さえある。


 それを耐えてきた。何度血反吐を吐いたかは覚えていない。

 それをアナは凄いと、頑張りすぎだと言うけれども、原作ゼノが同じだけの努力をしてないとは思えない。いや、寧ろ孤児院だの初等部に通う妹の付き添いだので時間を取られているおれよりも努力してるのではなかろうか。

 ならばそんなものやっていて当然の事。誇ることではなく、死亡回避には無意味だ。


 いっそ思い切りサボれば皇族追放され、辺境で人々を逃がすために死ぬ覚悟で殿を努めその予感の通りに死ぬ事も無くなるだろうが、それは殿を拒否して逃げる生き残りかたと何ら変わらないだろう。

 おれはゲームでのこの世界の未来を知る真性異言(ゼノグラシア)である以前に帝国の第七皇子ゼノだ。原作のおれが命懸けで護った民を、護ろうとしたら死ぬからと見捨てて生き残るなどおれがおれを赦せない。


 あと、自分から言っておいて逃げたのでは師匠にも悪い。一度護ると言っておいて、結局皇籍剥奪されたからもう孤児院を助けてやれないとかアナ達への詐欺でもある。永遠におれが助けてやれる訳ではない(大体大抵のルートでは結局皇籍剥奪されるしな)が、今居る孤児の皆が15歳になって成人し巣立つまでは少なくとも第七皇子の庇護下であるという安全を残さなければならない。

 巣立ったとして、まともな職業で真っ当に生きていけるかは本人次第だが、そこまで面倒みているとおれが先に潰れるから無理だ。

 流石にこの忌み子皇子のポケットマネーに執事のオーリンとその子プリシラと乳母兄弟のレオンと孤児二桁の人生を支える金はない。


 余談になるが今でも誰かを助ける為に余裕を残そうとしただけでカツカツだ。皇子なんでしょお母さんの病気を治すには高いお薬がいるの助けろと言ってきた……えーっと誰だっけ?二度と会わないだろうし問題ないのだが名前聞くのを忘れた男の子の為に分かった皇子様が何とかしてやるとカッコつけた結果、新年のご馳走は予算不足でワンランクダウンした、その程度の余裕しかない。

 一年に誰かの誕生日と新年の二桁回しかないご馳走があまりご馳走でなくなって孤児の皆には本当にすまないが情けない皇子を赦して欲しい。なお、その予算不足問題はエッケハルトが自分の家のホームパーティーの料理を一部持ってきたことで解決した。


 15になる前に未来の職場に仮奉公等もあるのだ。その際に孤児なんだからどうなろうが誰も文句を付けないと使い潰されたりしないように。理不尽な扱いを受けぬように。親は居らずとも、彼等の事を皇子が見守っていると言い続けなければならない。故に、その手はあり得無い。

 

 「聞いてますの!」

 少女の声に、現実に引き戻される。

 いやでも、何て言ったものかな……

 「いや、そもそもなんだけど……」

 「何ですの?」

 「おれ、皇子とはいっても面汚しだから参加権がそもそもおれに無い。よっておれの婚約者にも参加権は無いんだ」


 ……うん、そうなんだよな。

 皇子皇女とその婚約者が集まる新年のパーティーってのは有名なものであり、パレード的に昼には御披露目だってされる。

 だけど、あれは全皇族参加のものではない。年によって変わるが、継承権1~3位と、あと3人は持ち回りといった感じで大体参加するのは6人くらいだ。

 そして、忌み子故に継承権万年最下位確定のゼノとか、原作でも新年イベントで言及していたが一回も出番が回ってきたことがない。まあおれが言うのも何だが当然である。


 なお、アイリスはゴーレムでは失礼だからと参加を拒否しているので同じく未参加だが、向こうはそれが深窓の令嬢さを出してて国民には人気らしい。が、ゼノ側は単なるお前では役者不足だという判断なので人気も何もない。


 ……因にだが、ゲームでは聖女も御披露目しようという感じで主人公も参加させられる事となり、そこで皇子な攻略対象との交流を深めることが出来る。

 その際、アナザー聖女編でうっかり緊張するから付いてきてと原作ゼノに声をかけるとそれだけで他の皇族ルートに入れなくなることからあの選択肢はゼノマインとか言われていたっけ。

 選択肢の一番上にあるからRTAで連打してるとうっかりゼノマイン食らって再走が有り得るんだよな……。解説動画ではここで上の選択肢を選ぶとRTA終了なので気を付けましょう(○敗)が様式美だったというか……

 というか、皇子の中では同学年だからと頼られただけなのに、その時点で以降の選択肢でどう頑張っても残りの皇族の好感度をゼノ以上に出来ないから皇族ルートに入れなくなるとか原作のおれはちょっとチョロ過ぎると思う。

 更に、その下の誰かに声をかけてみますって選択肢も、一番好感度高いキャラが来る関係で結局ゼノ同伴になるマインな事が多い。アナザー聖女相手のチョロさに定評があるのは伊達ではない。

 

 ……おれも、もしもアナザー聖女に出会ったらあんなチョロ過ぎるヒーローになるのだろうか。

 いや、原作でもゼノルートなら殿イベントは起きないし、死ぬイベントが起きないからチョロくても良いと言えば良いのだが……。ゲームの強制力があるのか、あるならばどれくらい強いのかが分からない時点でチョロくては困る。


 アナザー聖女がもしもゲーム通りに現れたとしてだ。おれが生き残りたいが為に、無理矢理ゼノ(おれ)ルートに誘導するのは違うだろう。ゲームでは誰かのルートに行く必要があるからユルユル条件でゼノルートに行けるだけ。あくまでもどんな世界線を……誰と恋して世界を護る道を目指すかはその子次第のはずだ。


 異世界から来る勇者アルヴィス、クールなゴブリンヒーローのルーク、後はエッケハルトやガイスト……ルーデウスに西方の皇子に、竪神頼勇等もか。何より忘れてはいけないのがラインハルト。そういったカッコ良くて魅力的な攻略対象はおれ以外にも居る。

 もしも世界に強制力がある程度あるならば、おれがチョロ過ぎるだけで、おれの好感度が高いからと他ルートの条件を満たせず、心に秘めたそれら攻略対象への想いを踏みにじりかねない。

 

 いや、今考えても仕方ないんだが。

 そんな事を考えながら、おれは婚約者様がパーティーを期待してたのにと恨み言を吐くのを半ば聞き流していた。

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