セーフハウス、或いは再会
「皇子さま、大丈夫ですか!?」
地を蹴り、此所の筈という場所に当たりを付けたら反転。おれが通して貰った際にも窓がある事そのものは確認していたので建物と位置さえ分かればわざわざ正面から向かう必要はない。
ということで、何処に行けば良いのか分かってないように明後日の方向へと駆け出しておいて、さらっと天井を伝って貴賓室の窓に近付けば……ガタンと窓が開いて中に入れてくれたという訳だ。
そして、一瞬身構えたおれに、ついさっきの声と共に何かふわりと柔らかなものが飛び込んできたのだった。
うん、アナだな。と珍しく抱きついてきた少女をとんとんと肩を……って駄目だなこれ。自分の掌が爛れ汚れている事を認識して何とか手の甲で叩いてそのすこし体温の低めな身体を引き剥がす。
「ぁ……」
少しだけ名残惜しそうな声が響き……
「ってその子どうしたんですか皇子さま!?
ちょっと待ってくださいね?」
おれが背負った少年に気がついたのだろう、ぱたぱたとおれから離れて駆け出すアナ。勢い良くサイドテールが跳ね、机の上に置かれた魔法書を持って少女は豪奢なダークグリーンのソファーに腰掛け、おれを手招きする。
「おれを誘き寄せる為に爆発物を埋め込まれていた何処かの子だ」
「あ、その子の頭をわたしの膝に乗せて……
皇子さま、ちょっとだけ待っててくださいね?もっと重症なこの子を早く何とかしてあげないと……」
「ああ、頼む」
こういう時、流石は聖女だと思う。おれの事を心配してくれてるのも、それよりも危機的な相手を見た時に優先順位を間違えないのも、だが。
「皇子さま、少しだけ先にすみません」
「いや、この子の為に何とか此所まで急いだんだ、頼む」
言いつつ、周囲を見回すおれ。アナが躊躇無く飛び付いてきた時から分かってはいたが、天井裏含めて部屋には他にはルー姐しか居ない。
「監視は?」
「居ないよゼノちゃん。その分部屋には外から何重にも鍵が掛けられてるけどね」
「それで出られないとしてるのか」
と、銀髪ツインテの兄はくすりと笑った。
「いやゼノちゃん、物理系上級職でもなければ、四階から躊躇無く飛び降りるなんて出来ないよ」
言われてはっとする。そういやおれや本来のルー姐基準だから四階の窓から出入り出来るだろと思ってしまったが、向こうはそう思ってないのか。非力な女の子なら大丈夫と判断してしまったと。
「っていうか、おれに気がついて飛び込んできたりは」
「大丈夫、そこの聖女ちゃんの魔法で誤魔化してただけで、此所には聖域が張られてるからね」
「そうか。おれは単純に前通された時からこの位置にある筈と当たりを付けてただけだったけど、実際に行ったら此所の筈なのに見付けられない状況になるのか」
で、その魔法をアナが誤魔化してくれた、と。聖女の力ってやはりかなり凄いな。
やってることが主に対ゼロオメガAGXのような馬鹿みたいな単体戦力との命運を分かつ直接戦闘ばかりなせいでゲームに比べて聖女の力の凄さって全然目立ってないんだけど、こういうまだ真っ当な戦いの時は頼りになる。流石はヒロインの為の七大天から託された力だ。
というか、実はアステールにアナの聖女の力効いたりしないだろうか。
いやしないか流石に。
なんて思いながら、待っていればその間にひょいとルー姐がおれの手を取って慣れた手付きで包帯を巻いてくれた。
「はい、これで良し」
「あれ?こういうの出来たんだなルー姐」
「ま、騎士団って自己治療が出来なきゃね。何時でも魔法が使えるとは限らないから、魔法頼みばっかじゃないよ」
けらけらと軽く笑うルー姐。ちゃんと着こんだドレスのスカートと、詰め物を仕込んだらしい胸が揺れた。うん、男だから作り物なんだけど、胸元空いたドレス姿だけ見ると割と豊満に見える。改めて思うと割と技術凄いな。
「そうか、有り難うルー姐」
そういって手を軽く握ってみるおれを何処か寂しそうにアナが見ていた。
「それで、とりあえず此所は今は安全なことは分かったけど……
アウィルは?」
「あの天狼なら部屋には入れるなと言われたから外の庭。子供達にもふもふって群がられてるよ」
と、水鏡を通してアウィルの状況を見せてくれるルー姐。まあ、神の似姿である幻獣を殺しに行く愚まではユーゴも犯さないか。せめて引き剥がしておくってならば、今は良い。
「ならエッケハルトは?」
「えっと、ヴィルジニー様が呼んで連れていきました」
何処か困惑気味のアナがそこは教えてくれる。
「じゃあ今は放置で良いか。ってか、エッケハルトについては嫌がってることもあってそこまで何かを強要しすぎも良くないからな」
言いつつ、いや戦えよという言葉は呑み込む。正直ここまで引きずり込んだ時点でもう逃げられないからなあいつ。聖教国で七天御物の一つを持ってるとかもう巻き込まれなきゃ可笑しい。
「はい皇子さま。お水に鍵に……」
と、アナが色々と渡してくれるのを受け取ってポケット……が無いので抱える。
「あ、どうしましょう」
と、少女がおれの囚人服に触れた。
「えっと、これは……」
そして暫く見て、ぱっと目を輝かせる。
「皇子さま、このべたべたの服って魔法掛けられてますよね?」
「ああ、脱ぐと多分……」
「それ、この半袖の袖に仕込まれてますから、袖だけ残せれば後は脱いでも多分平気ですよ?」
言われて見てみるおれ。魔法についてはあまり算段できないおれでは何とも分からないが、この辺りなら……とつぅと白い指が袖をなぞるのがくすぐったい。
「はい、ここだけ切り取って残せば、魔法は発動しない筈です」
「じゃ、ちょっと待つんだよゼノちゃん。君には刃は通らないけど切り取りかたを間違えたら困るから……」
聞いた瞬間にナイフを構えたルー姐が袖に触れ、ひょいと布を……
「あ、待ってくださいルー姐さん。皇子さまの別の服と切り取った後にその服と繋ぐものを用意してないとすぐにずり落ちちゃいますよ?」
「おっと、それもそうだね」
袖を半ばまで切り取ったところで、ルー姐の印象よりは白い指が止まる。
「でも、着替えかぁ……ゼノちゃんに言われたから女の子向けの服しか持ってきてないし」
「あ、それは平気です」
と、アナが持ち込んでいた荷物から取り出したのは何時もの服だった。いや何であるんだ。
「……アルヴィナちゃんが洗濯物からこっそり持って行こうとしてたのを皇子さまに返すべきですよ?って……焦ってたから持ってきちゃいました」
そんなアレなことを言われて良く見れば、おれが着た痕が無い新品だった。
「いやアナ。これ新品だぞ」
「あれ、そうなんですか?アルヴィナちゃんがこっそり持ってたんですけど……」
「多分だけど、元々着てた奴の代わりとして用意したんだろう」
つまりあれだ。元のおれの服を入手して代わりに同じ服の新品を置いていこうとしたところを見付かったと。
……アルヴィナ、おれの服なんて欲しいのかそれ……?うん、女の子は良く分からない。いや違うな、女の子の使用した下着がそのまま欲しいとかそんな一部変な男性層含めてその趣味が理解できない。
「まあ、良いか」
とりあえず、欲しいなら良い。不機嫌で無くなるならそれで十分だ。
「そういえば、皇子さま」
持ち込んでおいたピンで何時もの服に切り取った袖を止めるアナを見ていると、不意に声が掛けられる。
「ん、どうかしたのかアナ?」
「えっとですね、わたしが聖歌を~っていうのは、お役に立てましたか?」
「無かったら厳しかったな」
「えへへ、良かったです」
ふわりと雪のような笑みを浮かべる聖女様が、でもと言いながらこてんと小首を傾げた。
「わたし、皇子さまと比べたら全っ然にお話ししたことがありませんから自分の記憶違いなのかなーって悩んでたりするんですけど」
言いながら少女は少年の脇腹に当てていた半透明のスライムを一部取ると白い掌の上に乗せる。と、その中に何かの姿が浮かび上がった。
それは、銀色の龍少女。右角が折れたラウドラの翼を持つ龍神。
「しゅりんがーらちゃん?がなんとなーくわたし達に教えてくれてたから聖歌を歌わないとって思ったりしたのは良いんですけど……
あの子ってこんな外見でしたっけ?」
「……アーシュ?」
その姿を見て、おれはぽつりとその名を呼ぶ。おれが贈った服をそのまま着ている。だから恐らくアナが見たのはシュリ、そのはずだ。
だが、アナが見せてくれた姿は紫色の小さな毒龍ではなく、腐った夢の中で出会った……まるでおれみたいで放っておけなかった少女、アーシュ=アルカヌムの姿をしていた。
なお、アーシュって誰だよ、で大丈夫ですご安心下さい。ゼノ君はもう存在を知ってますが知った経緯はまだ公開してませんので……




