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スニーキング、或いは聖歌

ひらりと通気孔の出口から飛び降りる。やはり地下で燻製等の煙を扱うものを作るための調理場だったようで、下には煤けた薪等が見えるし壁際にはベーコンらしきものが吊るされている。

 これをこそっと持ち去っても良い……訳はないな。ぱっと見で表面は既に燻された色をしていても、おれはこういった料理には疎い方だ。中がまだ生っぽいとかあったら困る。おれみたいに耐性付けるべく毒を常備薬レベルで服用してるならば良いが、桜理ってそんな物騒な訓練してないだろうからな。あの牢獄で腹を壊したら大問題だし毒にも苦しむだろう。

 なので放置。煤けた体で外から鍵を掛けられた……ものの鍵穴近くに丸っこい穴の空いた扉に右手を突っ込んで錠前を握り潰し、いざというときにぶん投げる金属球へと変えて脱出。誰か来た瞬間にバレるなこれ?

 しかも良く見れば紫の鱗の破片?が穴の周辺に突き刺さっているし、シュリが尻尾の毒でそれとなく立ち去る時に溶かしてくれたんだろうなぁ……って点まで分かってしまう。

 これを放置してはいけない。一瞬悩んだ果てにおれは一旦部屋に戻ると掛けられた燻製ベーコンブロックを数個背に担いで泥棒すると、一目散に部屋を出て扉を閉め……

 

 「っ!らぁっ!」 

 思いっきり外から回し蹴りを放って錠近くを蹴り破った。

 「っよしっ!」

 外から粉砕しておけば、穴が空いてたとか内部から侵入したとかもう分からないだろう。腹減ってたおれが食糧を見付けて扉を破り、外から侵入して強奪した。これならシュリの発言と矛盾はないな、シュリが疑われることも無いだろう。

 

 『なんでゼロオメガの為に行動してるんですか兄さんは』

 おれを助けてくれてるんだ。応えるのは当たり前すぎないか始水?

 『ええまあ、兄さんはそんな人ですからこれ以上文句は言いませんが』

 あ、念話が切れた。怒ってたし少しの間話を聞いてくれなさそうだ。

 内心で幼馴染神様に謝りながら、それでも後悔はせずにシュリが教えてくれた道順を辿り地上へ。

 

 出たのはドンピシャで大聖堂前……とまではいかないが、絵画の裏から出て、そのまま正面の扉を潜れば背の高い薔薇の植え込みの先に大聖堂の横腹が見えるってくらいの場所にある通路の真ん中の隠し扉。ほんの少し扉を開いてやれば、人の声と気配がする。

 

 うーん、やはりというかまだ夜は来ていない。この時間帯なんて目立つ隠し扉から出たら即座に発見されるよなぁ……

 さぁ、どうする?

 

 そう思って天井を見る。無理矢理通れたりしないか?と探してみるが天井裏に抜け出せたりはしなさそうだ。

 このまま時間を掛けすぎては誰かおれを探しに来るだろう。隠し扉とはいえ、ユーゴのメイドが使ってた部屋から繋がってるんだ、知ってる人は知ってるから調べに来るのは間違いない。

 

 だからこそ、すぐに移動しなければならないんだが……

 焦りだけが募り始め、いっそ強行突破を狙うか?と思い始めた頃。

 ばたばたと忙しそうに人々が大聖堂に集まっていく足音が聞こえた。

 

 「おや、腕輪の聖女と呼ばれる者よ。どうかしたのかの?」

 「あ、はい。今日はせっかく聖教国に帰ってきたから、昔みたいに聖歌の時に一緒に混ぜてもらいたいなーって」

 と、わざとらしく会話が漏れ聞こえる。

 

 つまり、アナがわざわざ部屋を出て聖歌を披露するってことで聖女様!と沢山の人々が大聖堂に押し寄せ、通路の見張りが疎かになるという訳だ。此処はアナに助けられたって事だな。

 

 気配が消えた瞬間を狙って絵画裏から飛び出し、扉を潜って大聖堂を彩る植え込みの中へと姿勢を低く身を隠す。綺麗な薔薇には棘があるって事で棘が服を引っ掻きこそするが、おれ自身の体には傷一つ付かない。ついでに言えば毒が塗られてるからどろぼーさんはホント気を付けてねーとアステールから教えられていたが、ぶっちゃけその毒も効かない。

 うん、割と隠れやすいんだよな此処。下手な人間は棘と毒で隠れられない分監視が甘いんだ。

 

 と、完全に周囲の人気が消えて、代わりに通路にガシャガシャとした鎧の音が響いた。

 流石に人気がないのは不味いと気が付いて監視の兵を送ったかユーゴ。だが、遅い。薔薇の植え込みのアーチを抜け、反対側に出たら音もなく壁を蹴って大聖堂を昇る。うん罰当たりだ、罰当たり過ぎる。

 前も似たようなことやったが、本当にすまない始水。

 

 大聖堂の正面扉には白い一角狼がその前肢が発達した独特のどっしりしたフォルムで行儀良く座って聖女様の聖歌を聞きに来た何も知らない人々を出迎えて、おれから意識を逸らしてくれている。

 

 割と綱渡り、シュリが居てくれて、アナもアウィルも助けてくれて漸く警戒を潜って誰かを気絶させる強行突破を使わずバレにくい場所まで来れた。

 皆に内心で感謝しながら、大聖堂の屋根上、他の高い建物からの死角で漸くおれは一息ついた。

 

 おれが抜け出したのは今見える傾き始めた二つの陽からしてまだまだ昼間の事。夕方に差し掛かるかって時間には外に出れた訳だ。

 逆にシュリが騒ぎを起こしてくれなければ監視は居なくても一般人うろうろはそのまんま、アナが心配して聖歌歌うとかも無かった可能性がある。そう考えると本当にシュリが居てくれたのは大助かりだ。

 

 うん、龍神様の恨み言が耳元に聞こえるが、今回は本当に助かってるんだからゼロオメガ差別はいけない。

 

 そう内心で呟きつつ、下からの聖歌を聞き続ける。良く通る鈴のような声が一際大きく響くが、多分これは聖女様のお声を掻き消すわけにはと他の面子が少し声を抑え目にしてるからだろうな。本来ここまでアナの歌声だけがはっきりと聞こえるのは可笑しいし。

 うん、本当に聖女様が手を貸してくれてるのも助かる。助かるんだが……この先の見通しが難しいな。

 

 と思ったところで身を隠す場に何か置いてあるのに気が付いた。拡げてみればそれは白いローブ。傷ある者向けのフード付きのものだ。禿げた人とか、顔に傷を負った元兵士なんかが良く着るタイプ。

 ついでにルー姐の紋章付きの封筒が置いてある。中身は空だが、それだけで置いた人間は分かるねというメッセージなのだろう。

 

 うん、このローブが此処にあるってことは、ルー姐が先回りしたんだろうなぁ……この辺りまでおれの思考を読みきってこうしたと。さっすがルー姐、おれの思考回路は良く知ってる。

 いや、あの兄って凄いわ。


 そんな事を思いつつ、おれはこの服があるなら帰る人々に紛れ込むのが最善だろうと聖歌の時が終わるまで待つことにしたのだった。

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