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外伝・第七皇子と聖夜の鈴(Ⅴ)

「……ふぅ」

 刀を振って鞘に……戻す何時ものルーティンを行おうとして、鞘が既に無いという事に気が付く。

 

 鞘であったものは、斬られ歪んだ金属と、半端に燃え残る木の変な残骸として、ついさっきまでおれが居た場所に転がっている。


 ……流石に幾ら皇子とはいえ抜き身の刀を携帯する訳にもいかない。向こうの少年はそんなこと気にせず(まあ、何時でも何処でも呼べるから持ち歩く必要すらないのだが)刹月花は抜き身だったが。


 どうするかなぁ……と思いつつ、消えた少年が落としていった刹月花に触れる。持てはしないはずだが、此処は人はそこまで多くないとはいえ人の歩く通りだ。落ちた刀を放置する訳にもいかない。特に、止まった時は恐らくはもう動き出すのだから。

 そして、その手が触れた瞬間。

 かの純白の刀は黒く濁り、ぽろぽろと土になって崩れ落ちた。


 「……偽物、だったのか……」

 掌に残る土くれ。それを握り、ぽつりとおれは呟く。

 触れたら崩れるなど有り得ない。おれとて第一世代神器は良く知っている。何度か触らせて貰ったことだってある。轟火の剣デュランダル、ゲームタイトルを冠する父の神器だって第一世代(オリジナル)なのだから。

 その時だって、轟火の剣に触れようとした瞬間に燃え盛ることで拒絶され、なおも手を伸ばしたら見えない力で弾かれたが、剣が崩れて消えることは無かった。何故此方が逃げる必要があるのだろうとばかり、あの剣は堂々とあの場所に突き立っていた。


 それにだ、呼べば来るといっても、転移しかただって崩れるようなものではない。例えば轟火の剣は、父が手を翳すと安置された状態から炎を纏って輝き、そして炎と共に転移してくる形だ。刹月花ならば……いきなり少年の手の中に出現していたのを見る限り、恐らくは、呼んだ瞬間一瞬だけ時が止まり、その間に転移してくる形。

 安置された側から見れば、一瞬の断絶を感じた次の瞬間、眼前から消えているという形だろう。つまり、このように土になって消えることは有り得ない。

 

 つまり、この刹月花は偽物ということになる。本物っぽくて、けれども本物より弱いパチモノだったのだろう。

 「……誰が、こんなものを……」

 「七大天?」

 とてとてと横にやってきた少女がおれの独り言を聞き、首を捻る。

 

 「七大天……。そうなのかもしれないし、違うかもしれない」

 「違うの?」

 「あいつはアルヴィナを狙った。それは自分の意思だったのか、それとも誰かに嘘を吹き込まれたのか……そこが分からない。

 そもそも、あいつは本当にかつて封印されたという魔神だったのか?そこら辺も、あの黒幕も、刹月花の偽物も、何もかも分からないことだらけだ」

 「大変」

 相槌を打つ少女。


 「でも、ひとつだけ分かることがある」

 「……なに?」

 「アルヴィナが無事で良かった」

 見上げてくる満月のように丸い金の瞳に、おれはそう返して。

 

 「……やっぱり、聞かなかったことにしてくれないか?」

 結構恥ずかしい事言ったな、という事に気が付いて少女から目線を逸らす。

 そして、わざとらしく袖の火が消えた服を見て……

 「や、やらかした……」

 袖から燃え移ってコート自体が穴空きになっているという事実に気が付き、肩を落とした。


 子供用のコートに火の粉の穴が幾つか空き、なかなかにみすぼらしい姿に変わっている。普段使い出来ないほどではないが、穴空きコートなんて皇族が使ってたらバカにされるものだ。もう使えないだろう。

 そして、その火の粉の穴は……戦う前にマントを突っ込んだ大きなポケットにも3箇所ある。

 「……無事……、な訳がないよな」

 広げてみるも、しっかりと軽い焦げ跡が残っている。


 子供用のマントにくるんでおいたぬいぐるみのマントは無事。だが、お揃いと言って差し出すには、流石に問題が残るだろう感じだ。

 ……ぬいぐるみのマントだけ、はどうだろう。と思ってみるも、プレゼントとしては煽っているように見えてしまう気がしてならない。

 そう思って悩むも、答えなど出なくて。

 

 「朝までに考えないとな」

 にゃあ、と猫が鳴いた。


 ……時が、動いている。

 「……帰ろうか、アルヴィナ」

 使えなくなった子供用マントに、返り血の付いたままの刀身をくるみ、おれはそう呟いた。


 切り落としたはずの腕は、何時しか消えていた。恐らくだが、あの少年は上級職に既にクラスアップしていたのだろう。ならば、残らないのも納得だ。


 この世界、レベルと職業というものが存在する。それは周知の事実だが、ゲームでも半ば裏設定のようなものがそこに存在する。人が人として存在できる限界点が、産まれながらの(まあクラスチェンジという形で産まれ持った職業は資質さえあれば変えられるのだが)職業である下級職のレベル30だ。

 この段階で、世界に満ちる魔力を取り込むことで上がって行くレベルは一度頭打ちに達する。これ以上魔力を取り込もうとしても、器が一杯で取り込めないのだ。これを、レベルキャップという。


 では、どうすればその先に行けるのか。その答えがクラスアップ。上級職へ至ること。だが、その時点でレベルが1に戻る事からも読み取れる。

 が、この時点で人は人のようで人でないものに変わってしまうのだ。そう、下級職の時点で、人間の許容量限界の魔力を体内に溜め込み、心臓から血管を通して魔力を全身に循環させる事で人智を越えた(というのはレベルを上げれば辿り着くので可笑しい気もするが)力を発揮している。

 その限界を越えるとは人としての器が壊れ、代わりにもっと大きな器が用意されるという事なのだ。血管を通して流すのではなく全身に魔力が満ち溢れるような存在に生まれ変わる、それこそが、上級職へのクラスアップ。


 ……つまり、何が言いたいのかというと……。上級職以上の人間は、死ぬと魔力になって消える。故に、切り落とされて死んだ腕等も、魔力として消えてしまう。

 ゲーム本編開始後はレベルが上がりやすくなると言っていたのもその関係だ。土着の魔物は普通に生きている生物故に倒しても魔力……即ちゲームで言う経験値をそう取り込めず全然レベルが上がらないが、ゲーム本編で出てくる魔神配下の魔物は魔力の塊だ。

 倒したときに取り込める魔力量は比べ物にならず、レベルは一気に上げ易くなる。まあ、魔力自体はマナと呼ばれて世界に満ちている為、普段の生活でもマナが取り込まれてレベルが上がりはするしそれでステータスも上がるのだが、マナの塊を殺して取り込むのとは効率は違いすぎるな。

 また、魔法を使うための魔力とは異なるから、魔法が使えないおれもマナは溜め込める。レベルとステータスは存在する。

 

 閑話休題。つまり、消えたということはあの少年は上級職だったのだろう。

 「……本当に、分からないな」

 おれよりもゲームに詳しい?かもしれないエッケハルトならば、何か分かるだろうか。後で相談してみようか、家に帰っているから暫く後にはなるが。

 そんな事を考えながら、胸元の浅い傷を見せぬようにコートの前を重ねて、おれは歩く。

 

 「……どうして?」

 そのおれの背に再びひょいと後ろから乗りながら、少女が耳元でおれにそう息を吹き掛ける。

 「アルヴィナ、どうした?」

 「襲われた、離れるのが、嫌」

 「そっか。そうだよな」

 確かにだ。突然襲われたのだ、それはもう、また襲われるかもしれないと思ったら怖いだろう。アルヴィナは男爵令嬢、返り討ちに出来ない方が悪いとかそんな皇族みたいな家の出ではないのだから。

 いや、改めて思うと割と蛮族思考してるな皇族……まあ、おれもではあるのだが。

 

 「……でも、どうして」

 首に手を回し、少女は呟く。

 「アルヴィナ、何を気にしてるんだ?」

 おれには、疑問のイミがわからず思わず聞き返す。

 周囲の目は……路地に入ったこともあり、そう無い。


 「首飾り。大事なもの」

 「あ、あれか。気にするなってアルヴィナ」

 「でも、お母さんのって……」

 はあ、とおれはわざとらしく溜め息を吐く。

 「アルヴィナ。

 誰かを護る役に立ったんだ。おれがずっと死蔵してるより、意味があったって母さんも因果の地で喜んでるよ」

 「……でも」

 「アルヴィナ。あれは確かに母さんが残したものだけどさ。

 必要になったら売る気でいた。なんなら、孤児院あるだろ?あそこの為に指輪売ったって話はしたと思うけど、もし指輪だけじゃ足りなかったらあの首飾り普通に売ってた。だから、何にも気にしなくて良い」


 これは……別に嘘でもなんでもない。

 会ったこともない、おれとしてだけでなく、おれと一つになった第七皇子としての素の記憶ですら覚えの無い(ひと)だ。その母のものといわれても、愛着は薄かったのだ。

 それにだ。忌み子の呪いで焼かれる時、おれを助けて一人焼け死んだ母の形見はおれ自身だろう。


 「それにさ、アルヴィナ。

 形ある道具はなくなっても、母の形見なら此処に居る」

 そう、なおも不安そうに、首飾りの代わりにでもなろうというのかその細く柔らかな腕を首に回す少女に笑いかけて、歩みを進める。

 

 「それにしても、変な奴だったな」

 「……うん」

 「アルヴィナを、封印された魔神王の妹だ、なんてさ」

 茶化すように、そう呟く。

 亜人だからって勘違い凄いよな、と。不安がらせないように、わざとおどけて。

 

 「……もしも、本当だったら?」

 「本当に、アルヴィナが魔神王の妹だったら、か?」

 何を不安がっているのだろう。

 「アルヴィナ。おれは、アルヴィナを信じた。そんなこと信じてないよ。きっとあいつの戯れ言だ」


 「……でも、信じられていたら。

 そう思うと、こわい」

 「……そっか

 でもおれは、アルヴィナがもしもあいつの言う通り魔神だったとして……」

 一つ、息を切る。

 一瞬だけ、もしも本当にそうならばと考えたとき、心が冷えたのだ。その事を伝えないように、気取らせないように。

 言葉を探り、ゆっくりと伝える。

 

 「アルヴィナがそうなら、嬉しいよ、おれは」

 「……嬉、しい?」

 虚を突かれたように、少女の重さが揺れる。

 「そうだろう?神話の魔神は話がまともに通じなかったらしい。言葉は交わせても、心は交わせない。だから、戦うしかなかった。人々が、世界が、そのままに生き残るために」

 「……うん」

 「でもさ、アルヴィナは違うだろ。

 話だって分かってくれる。友達だって、お互いに分かり合えるって、おれは信じてる。

 なら。こんな可愛い友達が本当に魔神王の妹なら。きっと、魔神とも分かり合えると思うんだ」


 一息。

 呼吸を整え、乾く喉を誤魔化して、言葉を続ける。

 「ならば、さ。神話の時代には戦うしかなくて、今分かり合えたら。本当の意味で、戦いに勝ったとしても死んでしまっていたろう皆を含めた、国民全てを護ることが出来るって事になる。

 おれには手が届かなくても、手が届く希望を……人と分かり合えるかもしれない魔神を護れたって事じゃないか。

 

 だからさ、もしも万が一、アルヴィナが本当に魔神王の妹だったら、おれは嬉しいよ」


 「……こわく、ない?」

 その満月のような瞳は、なおも不安に揺れて。

 「いや、怖いよ」

 本当ならば怖くないと返すべきだろう。万が一、アルヴィナが本当に魔神なら、怖いなんて返すべきじゃない。気丈に返すべきだ。疑いを持たれる事を承知で聞いてくる時点で、恐らくは違うのだろうけれど。

 それでも、友人に嘘を言いたくなくて、素直な答えを返す。

 

 「こわいの?」

 ぺろり、と耳を撫でる濡れた感触。

 「怖いよ。魔神は神話で戦った化け物だから。アルヴィナが本当に魔神だと仮定したら。何時殺しに来られるか、何のために人の中に居るのか、疑いだしたら怖くて仕方ない。

 でも。それでも。おれはその怖さより、可愛い友達という自分の感覚を信じる」

 だから、おれはそう言って。

 

 首筋に、柔らかく、暖かいなにかが触れる。

 「……有り難う。

 ボクを信じてくれて」

 「当たり前だろ、友達なんだから」

 女の子のキスは、首筋とはいえこんな軽々しく使うものじゃないよな、なんて。少しだけ場違いなことを、おれは思っていた。

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