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牢獄、或いはサクラ色の怒り

「さて」

 と、おれは鍵を掛け直された牢のなか、軽く息を吐いた。いや、ぶっちゃけるとあの竜騎士殿ならあの場で殴り倒せたしそのまま脱獄も出来たんだが……帰すことに意味があるからな。

 彼はあそこで何も言わなかった。ユーゴに心から心酔していたならば責めるべきはお前だとおれに食って掛かったろう。本気で此方に付く気ならばそれはそれで態度は違ったろう。

 つまりあれは、嫌だけどユーゴに従うしかない状況だと取れる。そんな彼が暫くしても帰ってこなかったらどう思うだろう?

 簡単だ、アナ達に何が起こるか分からない。だからおれは諦めた風に牢から出ようとしなかったのだ。

 

 「獅童君、これからどうするの?」

 と、心配そうに此方を見てくる桜理。

 「まぁ、なるようになるさ。一晩くらい様子を見て……本気で誰も見張りが来なさそうなら本格的に動き出す」

 「え、この牢から出られるの?」

 と、言いつつ不意にその顔が曇った。

 

 「ごめんね、獅童君……

 元々あんまり使いこなしてないけど、僕……いま、獅童君がアテにしてるであろう何も持ってないんだ」

 しょぼんと垂れたサクラの一房が何時もよりくすんで見える。その左腕には何もない。この暗闇の中でも本来は輝くであろう黒鉄の腕時計が消えていた。

 

 「あの、ごめんね?」

 本当に申し訳無さげにしょんぼりとした少女(服装こそ男装のままだが腕時計が無いということは間違いなく前世の姿ではないので身体は現世のものだ)が膝を抱えて冷たい床に座り込む。

 「獅童君が僕を連れてきたのって、あれ有りき。僕自身は何の役にも立たないし……

 なのに、『あいつが大人しすぎんのは、てめぇが切り札だからなんだろ?』って」

 ますます沈む少女の小さな顎が膝の間に埋まっていく。

 「一応何時もなら時計は呼べるんだけど、同じ系列の力で封じられたから何の能力も使えない。元々役に立ててないのに、更に足手まとい」

 だからおれは、ぽんと少女の縮こまった肩を叩いた。

 びくりと震えられるが、触れられてもそのまま上目におれを見上げる紫の視線に、優しく大丈夫だとおれは告げる。

 

 「でも」

 「桜理、役に立ってるよ。少なくとも、最強のAGXが敵じゃない、それだけでどれだけおれ達が助かってることか」

 「そんなの!」

 「そもそもさ、桜理。君は役に立ってるじゃないか」

 そう、おれは笑いかける。

 

 「ユーゴは君を、君が使わない事を選んだあのAGXをおれ達の切り札だと思った」

 何故かまだしょんぼりした少女に向けて、何者も見ていない事を確認して傷口から飛び出してきたパーツをガントレット状にして右手に装着してから軽く振る。

 

 「本来のおれが想定した札は此処にある。でも、一応ヴィルフリート達から下手に君が封印した切り札の事だけを聞いていた彼は『現れる筈の無い鋼の皇帝』を恐れるあまり、おれ自身にもまだまだ切り札がある事にまで思考が辿り着かない」

 ほんの少し前までおれも陥りかけてた事だな、と頬を掻いて天井をおれは指差す。

 

 「そうだよ、桜理。居るだけで良い、戦う必要なんて無い。寧ろあの鋼の皇帝を下手に使おうとか考えなくて良い。

 君自身が居ること、アルトアイネスをアヴァロン=ユートピアから世界を滅茶苦茶に荒らすべく託された存在であること。ただそれだけで君は円卓の面々に対する撹乱の役目を果たしているんだ」

 勿論、とその頬を軽く触れる。何処か冷たい感触が掌に残る。

 

 「怖いならさ、逃げて良いんだ。実質囮だものな」

 ぴくり、と少女が顔を上げた。

 「……獅童君は、戦うんだよね?それでも、何一つ怯えること無く」

 「怖いさ、怖くてたまらない。だから逃げない

 逃げられないって言った方が正しいか」

 前世の事を知ってるからか、桜理の前ではすらすらと言葉が出る。

 

 「……そう、なんだ。勇気あるね」

 「勇気なんかじゃないさ。怯えだ」

 「ううん。怖いから立ち向かうって……それで少なくとも僕は救われた。だからそれは勇気だよ、僕にとっては間違いなく」

 微笑むサクラの髪をした少女におれは何も言えずに少し口をもごつかせて言葉を探り、

 

 「それは違う……いや、そうでもないか」 

 諦めたように息を吐いた。いや、諦めてはいない。単に、いっそそう考えるのも良いかと思っただけだ。

 『おや、変わりましたか兄さん?』

 変わってないよ始水、あれだけおれに託されたんだ、あまりおれがその皆の思いを馬鹿にしたくなくなっただけ。

 幼馴染の言葉に、自分に甘すぎるかと苦笑するが。

 『それは成長って言うんですよ兄さん?』

 と、返ってくる声は何処までも優しかった。

 

 「うん、勇気だよ」

 と、少し顔を上げてくれた少女の目を見るように少し屈みながら、おれは周囲に軽く視線を向ける。

 「……ああ。で、桜理は何か持ち込めたか?おれはあの場では流石に全然だが……」

 問い掛ければ、膝を抱えた体勢からペタンとした女の子っぽい座り方に変わった少女がズボンのポケットを漁る。

 

 「時計は無いけど、明かりなら一応……」

 ぼうと灯る魔法の明かり。良くある証明魔法だ

 「って要らないよね?」

 「いや、有ると便利っちゃ便利だぞ、そんなしょんぼりするな桜理」

 「でも、あとなんて最低限の飲み水と……」

 言いつつ、少女が背後からおずおずと取り出したのは紙と筆記具であった。

 「あとは、皆から押し付けられたしあの狐の子から『何でか持ってってくれなきゃ困る気がするんだー』って言われたこれだけ」

 顔を上げた桜理の表情に軽い怒りが見える。

 

 「でも酷いんだよ?皆いきなり獅童君は反省すべきだって、反省の文章をって言い出したんだ

 アーニャ様もあの人もだよ?」

 可笑しいよ、って小さな手をきゅっと握って桜理は憤慨してくれるが……おれにとって大切なのはそこでは無かった。

 

 「……そっか」

 遠く天井を、その先に居るだろう狐耳の女の子を見上げる。アステールはおれに対して紙と書き物を届けようと無意識に思い、アナの茶番を肯定してくれた。まだきっと、苦しんでる。

 「ありがとうな桜理。君が憤慨してくれたのは、きっと役に立った」

 「役に?」

 「……いや、何でもないよ」

 言いつつおれはさらさらと反省文書用と言いつつ馬鹿みたいな量用意された紙の一枚を取って殴り書きをする。

 内容は『書くための物が必要だったんだよ。でも、全員一丸となっておれに対してそれを送ろうとしたらバレるだろ?だから芝居を打ってくれたんだよ』という答え。

 

 「……え?」

 「『だろ、アナ?』」 

 おれの視線の先、桜理が持ってきてくれていた飲み水の水面が揺れていた。

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