聖なる都、或いは巡礼者
白亜の壁を抜けて街へと入る。おれを見た瞬間に門を護る兵達が異様な空気で手にした長槍を交差させて封鎖しようとしてきたが、おれの背後から遠慮がちに手を振るアナを見てはっとしたようにすぐに道を開けてくれた。
いや、知ってはいたが嫌われてるなぁおれ。アステール絡みで何度か訪れた程度の筈なんだが……
850年前の魔神族との戦いの際の人類の大きな砦の一つとしての遺産から街そのものがぐるっと高い壁に覆われた聖都。お陰で街を外に拡張出来ず、壁自体が歴史的宗教的価値を持つから破壊も出来ずに……限られ過ぎた土地を多くの信徒が求めあい金があるか特別な才能がないとまず住めない場所と成り果てた金持ち宗教家の総本山にして聖地。
その由緒ある壁を馬鹿にするかのようにアミュを駆って飛び越えて帰ったのが最後だっけか?あ、うんこれは聖都の人々からすればキレても可笑しくないか。おれのせいだな。
「皇子さま、大丈夫ですか?」
「まあ、聖都で歓迎される訳がないのは知ってたよ。おれは七大天に呪われた忌み子らしいからな」
肩を竦め、茶化すように言う。
あー始水、溜め息吐かないでくれないか、耳元に聞こえるようふぅされると何だかくすぐったい。
なんて、さっき呪ってるとして挙げた神様の一柱がこんな調子なのは知っていて、あれは冗談みたいなものだ。
「皇子さまは呪われてますけど、七大天様方からじゃありませんよね?」
「いやその辺り分かるのかアナ」
「はい。龍姫様の力が込められた腕輪が、皇子さまを助けてあげて欲しいって想いでわたしの元にある……って事は何となく伝わってきますし。それにですよ?」
こてん、と小首を傾げて少女は何時も着ている白と青の神官服のスカートのポケットから小さな古ぼけた手帳を取り出す。おれが初等部の時に書いて渡していたアナ向けの授業メモだ。
「皇子さまを呪ってるなら、魔名を皇子さまが聞き取れるし発音できるって可笑しいんです」
えへへ、と笑って開いたページは焼け焦げている。みだりに焔嘗める道化の名前を記載した結果天罰的にそのページだけ燃えたんだったっけか。
「これ、皇子さまを呪っているのは神様ではない別の凄い存在って証拠ですよね?」
『まあ私達七天だけでなく万色を含めて八を祀るならば、兄さんを呪っているのは万色の虹界ですからあながち神以外という訳でもありませんが……』
神様本人が注釈まで入れてくれる始末だ。
というか、七天教としてはおれが名を聞いた他の神を認めるとは思わないが、世界としてはあれどんな扱いなんだろうと少し気になってきた。
『虹界は世界の源なので七大天に近いものとして扱われます。ただ、精霊真王ユートピアについても縁があるので実は同じ枠なんですよね。
だからこそ規制が緩く、魔神族はこの世界に侵出するし、AGXも持ち込まれる。面倒な話です。
あ、シュリンガーラだの私のブラックだのは完全に侵略者枠ですので心配なく。入り込まれましたが世界からしても完全に敵です』
頼勇等から聞いてて薄々勘づいていたんだが、やっぱりユートピアって七大天に類する扱いされてるのか……
エッケハルトはあまり話してくれなくなったからあいつの七色の才覚から君臨するジェネシックのシステムも良く分かって無く確証は無かったんだが……と、おれはちらりと横ではなく数歩離れた場所を意図的に歩く青年を見る。
そろそろ話してくれても良いんじゃないか?アイムールがどうとか、何時かって言われてからずっと放置されてるが。
あのアイムール、本来冷気を纏う斧じゃないから始水も良く分からない進化してるらしいしな……おれの月花迅雷に近い状態というのは間違いないとは思うが、やはり詳細は不明だ。
おれみたいに、あのATLUSの使ってきたブリューナクを撃てるようになってたりするのか?いやまあ、アルヴィナの協力ありきなのでおれ個人でやろうとすると本気で場所によるというか撃てる場所がたまにある程度なんで頼りないが。
死者がおれに怒りを託してくれる場でならば一応何とか撃てるが、彼らと違って死者の魂をチャンバーに溜め込んでおいて何処でも怒雷に変換するとかおれには出来ないからな。
なんて色々と思いながら、都を進む。相変わらずそこまで活気を感じない、厳かな空気の強い場所だ。いや、これを本当に厳かと呼ぶのかは分からないけど、不可思議な気配が漂う。
カラフルな屋根に、白に統一された壁。七大天の七つの色で豊かな色合いだというのに、何処か無機質というか人を拒絶してる感じがある。
恐らくだが此処に住む人間の大半が高い地位に居て偉ぶっているから……なんじゃないかとはおれの推測にすぎないが、そこまで的外れでもない気がする。
何たって、この聖都に居るのは聖地巡礼者以外はあの異端抹殺官エドガール殿とかそういったエリートばかり。
「相変わらず神の代弁者って感じの偉ぶった雰囲気強いですね此処……」
嫌そうにきょろきょろしながら、アナがポツリと告げた。
「あれ、そうなの?」
「白に七大天様の色ってわたしの服もそうですけど、信仰の色なんですよね」
くるっとターンしてスカートの裾を揺らす銀の聖女。エッケハルトの視線がスカートと同時に揺れる大きな胸とを忙しく行き来する。
「わたしがこれをずっと着てるのは聖女って呼ばれてるからちゃんと神職としての服装をしておきたいなーって話なんですし、教会が同じ色合いなのも神に祈る場である証明って理由なんですけど……」
海色の瞳が立ち並ぶ豪邸気味な家々を見渡して伏せられる。しゅんとサイドテールも垂れぎみだ。
「あのおっきなお家達って、別に教会ではありませんよね?なのに教会と同じ色で……って、わたしは好きじゃないんです。まるで自分が龍姫様方の化身であるみたいな不遜な主張な気がして……」
あ、と気が付いたように手をぱたぱた振るアナ。
「別に白と七大天様の色を組み合わせたもの全てが駄目って訳じゃありませんよ?」
謝るような視線にいや何がと思って気が付く。そういえばおれの羽織る外套って白地に赤金だったから、おれも不遜と言ってしまった気がしたのか。
いや、全く気にしてないんだが……
『まあ兄さんは私に対して不遜なんですが』
すまない始水。
『いえ責めてませんのでお構い無く。赦してなければ天罰下してるに決まってます。ただ、蒼が入っていない事に関しては抗議をしたいですね』
月花迅雷が蒼い刃だからだろう多分きっと、うん。
『まあ、兄さんの愛刀の色に免じますか』
何だか幼馴染神様が良く話しかけてくる。やはり祀られている七大天からしても何となく心地よいものではないのだろう。
いやそれで良いのか聖地!?
なんて思いつつ、大通りの歩みを進める。流石に魔神族がどうとかで不穏な空気だからか、或いはユーゴのせいかおれが前に来た時よりは結構巡礼者が少ない。もっと
「あ、腕輪の聖女様!」
……って感じに巡礼に来ていた人々に囲まれるんじゃないかと思ってたんだが。
いや、今正にバレたな、うん。
「あ、どうしましょう皇子さま」
ちらちらと聖女様は向こうの人々を眺めている。貧しそうで、擦りきれた服で無邪気に疲れた顔に笑みを浮かべる巡礼者達に、何かしたそうに……けれど、そんな事してる暇なんて無いと思っているのか、きゅっと手だけ握りこんでおれの言葉を待っている。
「ゼノ皇子、あんまり囲まれるのは良くない……のかな?」
「いや別に良くないか?寧ろ少しくらい相手をしてやるべきだと思うし、行ってきてくれないかアナ?」
「うんそうだね、きっとみんな魔神復活の預言や……実際にトリトニスで起きたという魔神襲来なんかで不安でならなくて、聖地にまで来て必死に七大天様に祈りを捧げようと思ったんだから
聖女様がそんな彼らを無下にしたらいけないよ?」
と、ルー姐の許可も出たのでぱっと顔を輝かせてアナは皆さんちょっと待ってくださいね?と駆け出す。そして四方に道が伸びる広場の中心、大きな噴水にまで辿り着くと噴水を背にこっちですと大きく手を上げて振った。
『ルルルゥ!』
横で付き従うアウィルも犬のフリを半分くらい忘れて吠えてるが……
「アウィル、本当の姿で良いぞ」
おれはそんなアウィルに許可を出した。いや、アウィル=天狼っていうのはとっくの昔にユーゴにはバレてるからな。何ならアウィルとユーゴは同じ戦場で再会したし、隠してもしょうがない。
寧ろ、天狼という神の化身扱いされる幻獣が此方には居るって威圧していく方が宗教国家では役立つまである。
『ルワゥ!グルゥ!』
おれの言葉に合わせて、アウィルが犬の姿をほどいて本来の甲殻を纏う一角狼の姿へと変貌した。
「ひぇっ!?」
「ば、化も……」
途端、あがる悲鳴。だがそれも一時の事、段々とこの気品に満ちた白い姿は伝説の幻獣、天狼種では?という事に人々が気が付きはじめ……おれが何事も流石に此処では起きないだろうなと思いつつアナの近くまで来た時には畏れはあっても恐れは無いのか、少し遠巻きに完全にアナとアウィルを囲んで人々は言葉を待っていた。
うん、おれと違って慕われてるなぁアナ、って少しだけ遠くに思いながら、ふとおれは違和感を感じ横のルー姐に問いかける
「ルー姐。一部の像ってかつての戦いで壊れたが○○って色々と逸話があるから壊れた状態のまま修繕、その姿を維持してるって話があるけど……」
おれはアナが背にしてる噴水を見る。大きく抉れ傷口が融解したまま固まった像から水が流れ出ている状況だ。
「この像って、それだっけ?アミュと共に駆け抜けた時は普通に立派な猿侯像だった覚えがあるんだけど……」
「ごめんゼノちゃん、ルー姐も全部覚えてる訳じゃないから確証はないんだけど……破損新しくないかな?」
「だよなぁ……」
だが、今はそれ以上分からない。なのでおれも聖女として皆を激励するアナを眺め続けたのだった。




