騎士団、或いは皇帝
とりあえず、走ってしまったらアナを置いていく事になるので走らず(流石に敏捷の差は大きい、という訳ではないが)に、というか案内が無いと迷いかねないので横の少女に道を聞きながら、自分のものとなった孤児院へと辿り着く。
その周囲には、未だに兵士が居て警戒体制となっていた。
「何者だ!」
近付くおれに対し、その武装した兵士は威圧する。
抜剣までされており、完全に此方を怯ませる目的の喧嘩腰。これでは、それはもう人は近付くまい。こんな中を逃げ出して助けを求めに来たアナの恐怖も理解できる。
寧ろ良く来たなと言いたい。足がすくんでしまってもおかしくない。
見たところ、剣は単なるナマクラ。軽くて脆くて鋭さが無い。威圧には良いが、市民に向けてうっかり本当に振るってしまっても殺さない程度には抑えられた武器。ゲーム的に言えば、攻撃力は3くらいと主に手加減用だ。
「……そちらこそ、何用だ」
「私はこの疫病の巣窟を市民から……」
「おれの孤児院を封鎖して、何がやりたいと聞いている」
怯えたアナは、既におれの背に隠れている。
それで良い。正直な話、解決してないとは思っていなかったが……
もし解決してないなら、アナは正直言って前に居ても邪魔だ。護れないからな。
「……おれの?ああ」
納得がいったというように、兵士はヘルメットの下で頷く。
「貴様、あの皇子の指示を偽造して押し入ろうとした逆賊共の仲間か。
幾ら皇子が幼いとはいえ、子供を使うとはな」
……理解する。
成る程。通す気は欠片もないようだ。故に、すべてを偽物として葬る。
つまりは、騎士団そのものが仕掛けた側……とまでは言わないが、今居る部隊は間違いなくあちら側。
「ほう。逆賊、か」
「皇子さま……」
「大丈夫だ、アナ。
……この程度なら」
一歩、足を進める。
「近寄らば……」
「捕らえないのか?おれの部下はどうした?」
「あやつらはいずれ裁かれる者として牢に入れた。貴様もそうしてやる」
嘘は恐らく無い。つまり、牢に入れられる程度には彼等は上層まで抑えられている。
つまり、だ。裏に居るのはそれなりの大物。少なくとも、辺境伯以上。まあ、その息子でも何とかなるだろうが、それ以下の位階ではまず牢にぶちこめる程に騎士団のみならず行政を動かせない。
逆に言えば、ある程度の地位があれば親の名前である程度までなら動かせてしまう。それが高い爵位というものだ。
……皇帝の息子、である皇子より優先されるのか、と言われると無理だと答えるしかないが、今のようにおれ自身が出張らなければ皇子の使者を騙りで流せるといえば流せる。
「……やってみろ」
臆せず、前へ。
反射的に振るわれた剣は、右の手で受け止める。
……受け止めきれはしないが、ギラついた刃はけれどもおれを斬ることはなく、僅かに血を滲ませて止まる。
簡単な話だ。兵士とはいえ、そんなに強くない。レベルにして下級職の20無い程度だろう。
だがそもそも下級のレベル30の上限に到達し、上級職になる事自体が難しいのだ。上級職は超エリートの超人といった扱い。
故に、低そうに見えてレベル20もあれば十分兵士としての役目を果たせる。何故ならば兵士を凪ぎ払えるほど強くなれる上級職を相手にすることがまず無いから。
……そして、皇族が皇族たる所以は強さである。おれのレベルは、師匠が計った所レベル12。子供としては高いが、兵士より低い。
だが、成長率が違いすぎる。多少のレベル差など、ステータスが上がるかどうかで一喜一憂するのがデフォルトの世界で、大概のステータスが1~2伸びるアホ丸出しの成長率の前には意味がない。何なら防御とか3伸びる事があるからなゲームでのおれ、イカれ過ぎている。
そして、ゲーム的に言えばこのゲームのダメージ計算式はアルテリオス式。補正込み攻撃引く補正込み防御=ダメージというシンプルな一部から妙に愛されるアレだ。
よって、剣を受ける際のダメージ計算式は、相手の力+武器攻撃力-おれの防御。ステータス的に止められない方が可笑しいのだ。ほんの少し痛かったけどな!割とエリート寄りかこの兵士?
「……此処は、おれの孤児院だ。
通らせろ」
力を込め、剣を逆に相手側に押し込む。力は此方が上、止められようはずもない。
「何事か!」
「隊長!」
騒ぎを聞き付けて、新たに兵士が現れる。ヘルメットに羽飾りがついた隊長格のようだ。
……見覚えがあった。
「何、皇子の使者を騙る……」
「はっ!」
みえみえの流しを入れようとする二人を笑い飛ばす。
まあ、末端の兵士なら皇子の顔を知らないから騙りだと思ったも通る。だが、彼では通らない。
通るわけがない。
「おいおい、ルベリック……男爵だったか。
まさか、おれの顔を忘れたか?」
「知らんな、こんな逆賊のガキ」
「……皇子さま?」
「ははっ!笑わせる」
……何だろう。この六歳でやらされるには重い感じ。
だが、まあ良い。それで後ろで震える子を笑顔に出来るなら良いじゃないか。
「『出来損ないの皇子殿下の御到着』
2週間前、伯爵の庭園会で、呼ばれていた貴方は確かにそう談笑している相手に言った。よく通る声だったから、参加者の中には何人も覚えがあるだろう。
……おれが参加するとは言っていなかったし、身分を保証する紋章も不携帯。
……では、何故あの時おれをそう呼べた?」
素手で受け止めていたナマクラを力を込めてへし折る。半端に柔らかいので、強く歪めれば剣は捻れ、折れる。
そうして折れた刀身を投げ捨てて威嚇する。
「まさか、知りもしないのに当てずっぽうで名誉を傷付けたと決闘を申し込まれても仕方の無い罵倒を吐いた訳でもあるまい。
おれの顔を、出来損ないの呪子、第七皇子ゼノだと確かに認識していた以外の答えを、返してもらおうか。
……出来なければ、貴方がおれの身分を保証してくれるだろう?
勘違いで捕らえた者達を釈放し、去れ。おれの孤児院から、な」
血色の瞳で、おれは大の大人ながらおれよりも魔法無しなら確実に弱い相手を脅しにかかって……
「待てい!」
響き渡る幼い声に、事態は一変した。
颯爽と現れたのは、おれ自身とそんなに年は変わらないであろう一人の少年だった。
まず目を惹くのは、正に焔、としか形容しようの無い鮮やかなオレンジの髪。紅と呼ぶにはあまりにも明るいその色は、夕暮れの光で黄金にも輝き、炎と聞いて思い浮かべるであろう色の一つそのもの。
そしてその瞳は、髪色に似合わず蒼い。そしてなにより、美少年である。育てば間違いなくモテるであろう美形になる事がほぼ約束された顔立ち。
……おれは、その彼の事を知っている。いや、恐らくではあるが、こんな特徴的な色は幾ら魔力だなんだでカラフルに髪が染まる世界でもそうはない。
「……エッケハルト」
静かに、その名前を呟く。
言ってから、気にすることではないが普通に無礼に当たるな、とゼノとして二年は前に覚えようと努力した高位貴族の脳内名鑑を捲り、正式な名を思い出す。
「エッケハルト・アルトマン辺境伯子」
口に出しながらああ、と一人ごちる。
星紋の病をばら蒔いた元凶かは兎も角、今の封鎖に関しては間違いなく彼が原因だろう、と。首都城下とはいえ、此処は孤児院なんてものが存在する区画。
治安はそこまで良くはなく、道の舗装も甘い。周囲には露店等もあるなど、綺麗とは言い難いだろう。今は騎士団の存在を恐れて皆遠巻きに見ているだけだが、何時もはもう少しごった返していて活気だけはある。
活気が無ければ多くは生きていけないから。そんな区画、用事が無ければ貴族が訪れたりするものか。ましてや、自分の身は自分で護れる皇族でも無い貴族の子が一人で出歩ける場所でもない。親が許す筈もない。
此処に居る騎士団が、実質的な護衛でも果たすならば、話は別だが。
おれの姿を確認した瞬間、エッケハルト辺境伯子はその整った顔立ちを……親の仇でも見たかのように歪ませた。
「お前はぁっ!」
鼓膜を震わせる全身全霊の叫び。
とはいえ、おれに彼に恨まれるような点は特に無かったはずだ。困惑で少し、対応が遅れた。
「騎士団に何をするか、逆賊うっ!」
電光石火。此方の対応が追い付く前に、少年は取り出した魔法書を起動した。
「ぐっ」
火に腕を焼かれ、思わず腕を抑える。
下級魔法である。火球を放つだけの、即効性だけがウリの低級魔法。下級にしては離れたところに届くが、魔防がある人間相手にぶちかますにはあまりにも頼りない。
まあ、つまりは魔防0にならばよく効く訳である。
この世界において、魔法絶対優位扱いの理由の一つが此処にある。この世界において、魔防というステータスを持つものは人間と、或いは神に近いとされる極一部の幻獣だけ。
それ以外に、魔防を持つものは居ない。どんな硬い鱗のワイバーンだろうが、どんな硬い甲殻の魔亀だろうが、魔法は素通しする。まあ、ワイバーンは自身のブレス属性にだけは耐性を持つことが基本だが、逆に言えばそれ以外の属性は素通しだ。
剣の達人でさえ伝説の神器でも振るわなければ倒せぬ化け物も、魔法によってならば普通に倒される。故に、彼らは魔法によって倒される怪物、略して魔物と呼ばれるのだから。
「皇子様!」
「大丈夫」
強がりだ。魔防0のおれは、正直この程度の魔法でも、多数浴びせられれば死ぬ。他の皇族ならば魔防で弾いて欠片も傷を追わないだろうが、おれは死ぬ。
それでも、後ろで怯える少女にだけは、弱さを見せたくなかった。正直な話、避けて少女に当たった方がまだ被害は少ないだろう。アナには十分に魔防がある。
弱い魔法ならば弾けるだろう。だとしても、と。二発目の火球を見ながら、おれはそんな事を考えていた。
抜刀は……しない。すれば恐らくぶった斬れるだろう。眼前の遠巻きに眺める兵士達すべては流石に無理でも、元凶だろうエッケハルトを一刀の元に斬り捨てて、皇子として事態を終わらせただけだと言うことは……不可能でもない。
それでは、何も解決しない。第一、封鎖の元凶だろう彼は、事件そのものの元凶とは限らないのだから。だからそうせずに、立ち尽くす。
だが、二発目が届くことは無かった。
「突っ走るな、阿呆が」
その火球を、突如おれと辺境伯子の間に降り立った銀の髪の男は、手刀を振り下ろして文字通り両断したのだった。
「皇帝陛下!?」
その姿を見て、エッケハルトが驚愕の声を挙げているのが聞こえた。
見えはしない。お前は外で礼儀も守れんのか馬鹿息子、なんて後で言われないように即座に膝を折り騎士の礼を取ったから、見えるはずもない。
「……皇子……様?」
「アナ。形式は構わないから頭を下げて。
皇帝陛下のお出ましだから」
「う、うん……」
横で少女が膝を付く。舗装のなってない地面に付く足が割と痛いだろうに。
「なってない馬鹿息子ですら礼儀を弁えているのに、お前は違うのか?
それとも……」
場違いに暖かな風が、頬を撫でる。
「この己を前にして、立っていられるほど偉いのか?」