旅支度、或いは思わぬ訪ね人
「あら、アナタ。ワタシを見て何か言いたそうね」
くすり、とエルフの媛は笑う。何時もの何処か不敵さを感じさせる偉そうなものではなく、申し訳なさそうに目を微かに伏せてだ。
「いや、どうしたんだノア姫。そんな旅支度なんかして」
「ああ、これね。ご免なさい、少し故郷に行く必要が出来たのよ。仮にも今の纏め役はワタシ、居なければ何ともならない事態が起きたら頼られるのは必然ね。
だから、悪いけど今回ワタシを期待されても助けられないわよ」
特徴的な長耳も水平気味だ。何時もはほんの少し上向きで、それが彼女らしさだというのに。
だが、困った。ノア姫は貴重なエルフ種だ。幻獣として聖教国としては迎えざるを得ず、いざとなれば退避にもつかえる何時もの転移魔法や、本人もあまり使いたがらないが魅了も使えて来てくれたら本当に頼れた筈なんだが……
「そんな顔しないの。ちゃんと帰ってくるわよ
言ったでしょう、アナタの灯した決意の火が必要なくなる日まで、ワタシが手を貸してあげるって、ね。だから、あくまでも故郷の問題を解決しに行くだけ」
「いや、それは本当に助かってるよ有り難う。これからも宜しくお願いしますって話なんだけど……」
と、苦笑するおれ。何だか気分良さげに、ええそうでしょうとばかりに頷くエルフ。
いや、流石に今は分かってる。此処で今まで有り難うとか言い出す方がノア姫にとっての禁句だと。だから、帰ってきてくれるという言葉を肯定する……んだけど、何か変だ。
ノア姫ってこんなだっけ?おれの所に……帝国に帰ってくるなんて言葉を使ったっけ?と疑問が湧いてくる。普段の彼女なら、故郷に"帰る"だし"また来る"ではないのだろうか。
……まあ良いか。
「ちょっとな。ノア姫が居てくれたら助かる案件だったんだ。だからそれが残念なだけ」
「あら、心配しないで。いざとなれば駆け付けるわ、有事には手を貸すと言っておいて、肝心要の時には無視を決め込んだりしないわよ、ワタシ
でも、一旦戻らせてくれるかしら。アナタの馬、何時もみたいに借りていくわね」
「もう半分くらいノア姫の馬だけどな、アミュ」
ちなみに、エルフ種が乗ってる事は周知されており、既にグッズ商売に使われていたりする。本エルフはあまり買い物をしないから知らないだろうけど、完全に萌えフィギュアにされてて笑った。
ちなみに、フィギュアの方は白いパンツを履いていた……って当然か。
「ええ、そうね。ずっと『借りている』もの、ね」
「ああ、おれ達の為に手を差し伸べて駆け付けてくれている大切な仲間に貸してるよ」
「ええ、それで良いの」
くすり、とひとつに纏めた髪を揺らし、紅玉の瞳を軽く細めて微笑むノア姫。
「ええ、じゃあ行ってくるわね」
「あ、待ってくれノア姫」
が、背を向けて立ち去ろうとする外見13歳くらいのエルフをおれは呼び止める。
「あら、どうかしたの?」
「せめて、竪神を同行させてやってくれないか?」
そう、おれだってそうあって欲しくはない。欲しくはないが……
「ええ、彼が頷くなら別に構わないわよ。でもどうしたの?」
「嫌な予感がするんだ」
「予感?」
こてん?と首を倒すリリーナ嬢。ので姫自身はどこか納得してそうに頷いている。
「ああ、まだ知らぬ真性異言が何処に潜んでいるか分からない」
事此処に至って実は味方ですってのが出てくることはないだろう。そもそも桜理が奇跡みたいな存在だし、分かり合えたとはいえ諦めと嫌悪から下門だって元は敵だったしな。
「それに……ルートヴィヒは本当に死んだのか?」
アルヴィナの何時もの帽子が浮いた。下で耳を立てたのだろう。
「え?死んだんだよね?」
「確かに彼を殺したよ、真性異言の特徴を切らせて、二度とも。でも……そもそも死者の魂を使ってくるのがAGXだし、シュリの言葉を信じればアージュとアージュの眷属は全員倒さなきゃそのうち復活するらしい。
だから死んだルートヴィヒの魂が敵として出てきたり、下手したら殺されただけで死んでない可能性までもあるんだ」
いや言っててふざけてるのかとぼやきたくなるが、可能性としてはあるんだよな……
「……そう、なら分かったわ」
「ちなみに、己からあやつには既に言った」
と、業火と共に姿を見せるのは銀髪の威丈夫、皇帝シグルド。
「あら、そうなのね」
「本来己が行きたいが、そうもいかんからな」
困ったことだ、と頭を振る父に、いや突然だなとおれは思わず半眼で見返した。
「というか、行きたいのか父さん」
「そろそろサルースに会いたくてな」
「ああ、そういえば友人だったわね」
「まだ向こうがそう思っているかは分からんがな。兎に角、己の代わりに……そこの馬鹿を送れれば手早かったが別件で忙しいようだからな、あの少年に任せることにした」
言いつつ、あ今すぐお茶をと動こうとするアナを制して、父は一方的に語り続ける。
「というか父さん、そんなに余裕がないのか?」
「当たり前だろう?」
「いや、流石にそこまで状況が既に逼迫しては……」
ぽん、と父の大きな手がおれの肩に置かれた。
「そうではない、馬鹿息子」
「うん、そうだよゼノ」
父の声に合わせるように扉を開けて顔を覗かせたのも、おれの良く見知った顔であった。
「あれ?ルー姐?」
普段の彼とは違う本気の雰囲気を纏う女装した兄が、其処に居た 柔らかな空気は消え完全に昔の……女装に嵌まる前の彼のような荒々しい気配がして、ミニスカートの軍服とのギャップにくらくらする。
「うん、そうだね。聖教国に行くんだろ?僕も同行させて貰って良いかな」




