銀と紫(三人称風)
「……ああ、もう!」
短距離移動して転移先で何者かに抉り取られた場に水が溜まったろう湖に要りもしない服を投げ捨てて翼から可燃毒をばら蒔き着火。火事の中ひとしきり怒りを周囲に叩きつけたあと、一息置いて龍神ラウドラは本拠地へと舞い戻った。
「全く使えない!僕を呼び出しておいて!あれしきの時間で効果が切れるなんてやる気が無さすぎる」
そう毒づき、けれども良く浮かべる怒りの表情を姉と同じような気だるげな顔に変えつつけろっと少女はその話を打ち切った。
「まあ、所詮人間の浅ましい欲なんてそんなものだけど」
拡げていた翼を畳み、紫の龍神はぼやきながら己の本体……一番今の堕落と享楽の亡毒に近しい首である《平穏》が何時も眠っている玉座のある場へと足を運び……
「捨てるとは酷くないかの儂よ」
其所には、捨てた筈の服を身に纏い、巨大な尻尾をご機嫌に左右に揺らす銀と紫の龍神少女が居た。
「……シュリンガーラ」
紫メッシュが入り、毛先に向けて紫に染まっていく銀髪をした少女はラウドラと同じ形状をしていて、けれどもほぼ銀色な行儀よく畳まれた色違いの翼を少しだけ開いてそれに応えた。
「む、どうかしたのかの儂よ」
「その翼、何処から出てきた」
怒りを顕に、自分より頭一つは小さな銀色になった龍神に詰め寄る未来の姿。
《愛恋》、《憤怒》、《平穏》。それらは総て本来の三首の毒龍からそれぞれ龍尾、龍翼、龍角の形象を分かたれて三つに分裂した首である。そう、知る限り愛恋の個体に翼はない筈なのだ。
だというのに、何処か自慢げに……右角が根元から折れた小さな二角を誤魔化すように髪の一部をお団子にしたお団子ツーサイドアップとでも呼ぶべき髪型で、巨大な翼を生やしたその姿は、小さな本来のアージュにも見えた。
「何なんだその姿は!」
「これかの?儂が捨てた服じゃが、折角儂のヴィーラがくれたものじゃから拾ってきたんじゃよ?全く、捨てないでくれんかの」
ぱたぱたとサイズが合っていない……いや、わざと少し大きめに作られたコートに隠れた左手を軽く振るシュリンガーラ。
「ま、胸元はサイズが合っておらんからキツいんじゃがの」
と、ボタンを緩めるしかなく露出してしまった胸元を覗き込み、銀の毒龍は恥ずかしげに白地に赤いラインの入った……彼女の言う運命が良く着ている外套の色合いを再現したコートの前を閉めた。
「違う!そんなことは聞いていない、何なんだお前は!?シュリンガーラじゃないのか!」
「いやの、そう怒るでないぞ儂よ。儂は儂、シュリンガーラじゃよ。
ま、この姿は言うなれば、儂の人格の再現モデルであるかつての儂、『アーシュ・アルカヌム』。ヴィーラを眷にしたお陰か、この姿を取れるという訳じゃよ」
左右で色が違う……かつて毒に色が染まる銀龍であった頃の黄金の色を取り戻した右目を残して左目を瞑りウィンクしながら、楽しげに龍は告げた。
「ま、外見だけじゃがの。儂は儂、アージュ=ドゥーハ=アーカヌム。再現に過ぎぬ過去の姿になろうとも、堕落と享楽の毒龍である事に変わりはないとも。
故、言うなれば分割した翼を出せるようになり、こうして毒の制御も強くなって……」
けらけらと愉快そうに微かに弾む言葉とは裏腹に何処か困ったような笑みを浮かべ、銀龍はツーサイドアップを垂らして語り続ける。
「儂という個体の弱点であった物理的な能力の低さ、が改善されたという、それだけの話よな。
そう怒り焦るでない未来の儂よ。儂は絶望を知らぬ頃のアーシュの姿であれど、到底そんなものにはなれぬのだから。敵対などせぬよ、当然」
じゃから、と太く大きな尻尾を振り、銀龍は翼を拡げ、また閉じる。
「心配などせずとも良い」
そして老獪な喋り方を一番幼い姿と幼い声で語る邪龍は、世界を滅ぼす前の姿を貰った服に包んで御満悦に、気楽に闇と毒に染まった頃の自身に語りかける。
「そも、儂がアーシュならば仕掛けなどせぬよ」
「ああ、あの男。まあ暫く使って壊れたらそれまで、程度。分かりきった気になっているけれど、僕の怒りの片鱗程度で良く言うものだよ」
仕方なく納得したように翼を閉じ、龍神ラウドラもそれに乗った。
「って待てシュリンガーラ。それとその服は関係ない」
「そんな訳なかろ?これは儂に対して、儂の力を増させてくれた眷属たるヴィーラがくれたものじゃ」
銀龍は興味深げにコートのポケットからひょいと一枚の紙を取り出し、萌え袖をたわませて指先を出して摘まみながらヒラヒラと振る。
「何でも元は妹のために用意したが、儂に出会って妹は要らんらしいから特急で仕立て直して貰ったらしいの。
ま、その代金の18000ディンギルとやらの価値は儂も知らんが、それだけこれは儂の為に作られたもの」
言いつつ、此処ならまあ良いかとばかりに少女はコートの前の留め具を再度緩めた。
隙間から見えるのは清楚なブラウス……をキツく押し上げてボタンを止めることを許さず何処か淫靡に変えてしまう大きな胸。眼前のラウドラ、そしてシャンタには負けるが既になだらかな丘陵とは到底呼べない存在感を持ち、小さく幼い全体像にアンバランスさを醸し出している。
「胸と翼に関しては儂の運命と関わっていた頃に比べて中々にこの姿でも大きいから合わぬが、毒にも火にも傷にも非常に強い、あやつの想いの詰まったものじゃ。それを捨てては心毒の龍失格じゃろ。
本来の儂や昔の姿からして、あの儂が幼さに合わせ小さく設定しすぎたというもの故、サイズは合わなくても仕方なし。……肌着が下だけなのは気が効ききらぬがの」
それが何故か嬉しいように閉じた状態では何処かブースターにも見える三節の骨が異常発達しており毒を噴射する機構がある翼を打ち振るい、銀龍は語った。
「何が言いたい」
「女慣れしてなくて面白いじゃろ?儂のヴィーラ、中々だとは思わんかの?」
「はっ!くだらない怒りの毒を受けただけのネズミの方がまだマシだよ。あそこに留まるだけの力をもう少しあのゴミが用意してくれていたら殺して……
いや、殺せなかったから帰ってきたんだけど。抵抗するなんて、あいつ本当に使えない!」
苛立たしげに石の床を踏み砕くラウドラ。それを何処か悲しげに眺めながら、銀龍は目を閉じた。
「最早人の心が分からぬ儂等には分からぬよ、本当に想われている事も、の。
それはそれとして、まあ本当に儂の味方として動いてくれるよう策は既に完了しておるからの。後は芽吹くのを待つだけじゃ」
と、その瞬間……毒嵐と共に何かが落ちてくる。
「無事回収できたんじゃな」
「糞っ!クソクソっ!ロニっ!
1vs3では取り戻せないが、下手に悪魔どもに絆されてっ……!」
その言葉を紡ぐのはラウドラの力を受けた戦士、イアン。それを受けて、面倒くさいとばかりに銀龍は玉座を立ち去り……
総てを玉座の上で、シャンタと呼ばれる一番歳上姿の邪龍は微睡みながら聴いていた。
ラフ画:えぬぽこ(@nnm_555)様。
ということで、此処から完全にシュリンガーラちゃんの外見が此方に切り替わります。そして元々デレてましたが敵側に居るヒロインとして本格参戦します。




