黒鋼のLX、或いは怒りの戦士
「日食の子……」
いや真面目になんだそれ!と思いながら仮面の戦士となったネズミ少年を見る。
何処かクジラを思わせる胸部に、凛々しくも何処かグロテスクな虫のようなマスク。其処に輝くのは赤き複眼で、全体的には漆黒。クジラとも虫とも……いや、腕はもっと別の動物にも見えて、正に合成個種と呼ぶべきだろう。特徴としては、胸元に赤く輝いて刻まれた000っぽいマーク。三匹の蛇……いや恐らく三つの龍の首が中央から三葉を描くようにそれぞれ円を描いて、それでアイン・ソフ・オウル。特徴としては、中央の首だけ3/4くらいで太陽?を咥えるようにして止まり、完全な円にならずに隙間が空いている。
それが何を意味するかは分からないが……
「お前は何者だ!」
「俺は日食の子!そして『怒り』の御子!バージャタム!エルクスッ!」
いや名前の由来が良く分からん!と叫びたくなる宣言を受けておれは相手を睨み付けた。
「アイリス!」
「……ごめん。制御、出来ない」
が、最初に呼んだ妹は小さく首を横に振る。装甲そのものは大元はゴーレムの筈だが、流石にそのまま操って変身解除とはいかないようだ。
「リセント子爵!」
が、青年は戦くばかりでまともに反応しない。びくりと震え、机の下に身を隠す。
……うん、役に立たない!おれがやるしかない!
「来い!」
おれは叫び、愛刀を呼ぶ……訳ではない。流石に何か可笑しいとはいえ、民相手にあんなものそうそう振るうわけにはいかないので鉄刀を構える。
「イアン!」
「その名で呼ぶな人間っ!」
と、叫ぶイアン。本名は確かイアン・バルクス。一応原作ゲームでは攻略も出来る筈なんだが!こうなるともう話はおれでは通せない。
ならば!
「アイリス!唯一話を通せそうな」
「もう、ゴーレムで運んでる」
「話が早い!」
妹がどうこう言って変身しだした以上、彼を止めるには実は生きている妹を隠し場所から呼んでくるのが手っ取り早いだろう。そもそも妹がゴーレムの材料にされて死んだというのが勘違いなのだから。そう判断しておれはアイリスと軽く意志疎通すると時間稼ぎの為に黒鋼の戦士に向き直った。
「イアン、お前は間違っている」
「違う!間違っているのはこの世界だ!悪は俺達を虐げる世界そのものだ!」
血走った赤い複眼に正気は無く、おれは唇を噛んだ。
原作の彼にこんな頑なさは無い。もっとおれがゲームではとたかを括らず話し合っていれば変わったのか?それともこれが心の毒、世界を腐らせるアージュの毒の力だとすれば、早期に気が付いても……
そんな弱気な心を振り払う。
「違う!」
「何が違う!貴方は忌み子だ!散々酷い噂も聞いた!だからこそ、苦しむものの気持ちが分かるとっ!
世界を!変えるために動いてくれるのだと信じていた!
だが実際はどうだ!答えろ!答えてみろぬくぬくとした人生を送り!同じように……いや、より虐げられた者達の嘆きを聞きすらしない裏切り者!」
ぶん、と手を振り、仮面の戦士はベルトに手を当てた。
「っ!イアン!」
「ソル!リボルト!」
同時、ベルトの日食して黒く染まった赤い宝玉から引き抜かれたのは、一本の光輝き渦巻くオーラの杖。実際にリボルビングというか、杖として握り手部分以外が回転しているのを感じる。
「っ!話を聞け!」
「問答無用!貴様を赦すわけにはいかない!」
暴走しているとはいえ相手は民で、一応は攻略対象。斬るわけにもいかずに刀を盾にするも……
「お兄ちゃんっ!」
「っ!ぐっ!」
横凪に振るわれた光杖に触れた瞬間に鉄刀は溶かし斬られ、ギリギリで避けるも余波で服の胸元が軽く燃える。赤熱しているという話か、厄介な!
「っ!月花迅雷よ!」
更に振りかざされ、大上段からおれの脳天めがけて降ってくる光杖に対抗すべく、今回は使わない筈だし威圧したくないと持ち込まなかった愛刀を召喚、何とかその澄んだ青い刃で受け止める。
光と龍水晶、二つの蒼刃が打ち合い、硬質な金属音が響き渡った。
割と耳障りだが、ネズミの亜人である彼の方が聴覚は良い、これで……
「はあっ!」
聞こえてないな!装甲してるからか!
さらに振るわれる杖を愛刀で受けながら、装甲された少年の膝を思い切り蹴って後退。かなり堅く、正直アイアンゴーレムを蹴る方がマシな感触。しかもおれより小柄だというのに、そうされても体躯は微動だにしない。
流石に纏われただけで強くなりすぎ……でもないか!ヒーローなんて変身したら強いもの!いや、ヒーローと認めたくないけどさ!
「っ!」
ごほっ!と血を吐く。斬られた印象は無いが……と一瞬霞んだ視界で相手を睨む。
「ちっ、毒か」
此方へ向けて光杖を構える黒鋼の戦士を見て、おれはもう一度血を吐き捨てた。
クジラの潮噴きのように、戦士の背中側の首筋から赫い粒子が噴き出している。それが触れた芝が枯れて10秒も経たずに腐葉土に変わり、木製のテーブルが腐り脚が折れる。
「イアン!いや、LX!そんな毒を周囲に撒いて、自分も無事では済まないだろう!
もう止めろ!」
愛刀を同時に召喚しようと思えば付いてくる鞘に納め、敵意が無いように見せながら(本領は抜刀術なおれからすれば納刀してた方が正直強いので形だけだ)おれは叫ぶ。
「この痛みは、体が溶ける苦しみは妹の、俺の味わった差別の苦しみ!
その怒りが!貴様等に裁きを下す!この龍神の杖で!」
「その前に自分が壊れるぞ!止めるんだ!君の妹だってそんなの望まない!」
自分で言っててこれ逆効果だと思った瞬間複眼が更に赤くなり、噴き出す毒が潮といった趣を超え、蝶か何かの翼にも見える程に拡がった。
「貴様が妹の苦しみを語るなぁっ!
正義の怒りだ!この間違った世界に苦しむ人々の叫びがある限り!俺は負けない!」
「そんな事が、あるかぁっ!」
後でアナ達が帰ってきたら七天の息吹を使って治す!だから今は!その覚悟と共に踏み込み一閃!
「刹華迅雷断!」
鋼を切り裂く硬質な感触と共に、ぽろりと少年の右腕が地に落ちる。
傷口から漏れるのは緑になった血と、ぐじゅぐじゅの腐肉。骨はまだ原型を残すが、装甲の下の腕の肉はほぼ腐り果てている。
「見ろ!お前はこんなになって」
「正しき嘆きが!怒りが!俺を蘇らせる!貴様等に裁きを下すその日まで!」
カッ!と輝く複眼、日食の下で煌めきを増すベルトの宝玉、そして怪しげに光る胸元のマーク!
「何 度 で も だ!!!」
噴出した緑色の毒が少年の腕に変わったかと思うと、再度装甲が周囲に出現して装着される!
もうこいつ自分の大元の肉体どうなっても良いって感じかよ!?
っ!どうする?どうすれば止められる?
やはり……
と、おれは一瞬だけ時を待って、
「死ね!悪魔の忌み子!怒りの正義の元に!」
黒鋼の左腕が蠢いたかと思うと、左手に蛇の頭を模したようなバスター射出口が現れ、そこから赫い光が漏れる。
だが、おれはそれを見据えて息を吐いた。
「こんな悲しい戦いは終わりにしよう、イアン」
「黙れ!」
「おっと、黙るのはそっちだぜ?」
ダン!と少年の肩に撃ち込まれるや炸裂する弾丸。それにより銃口が逸れ、放たれるエネルギー弾は地面を抉り腐らせる。
「っ!誰だ!」
「知らなきゃ言って聞かせようじゃないか!
袖振りあうも多少の縁、躓く石も縁の端くれ!視線合わせりゃ繋がる縁!楽園紡ぐは笑顔の縁!悩みも苦しみも吹っ飛ばせ!
ハッピーエンドを紡ぎ、悲劇を奪いに来た怪盗さ!」
にやり、と微笑んで庭……ではなく屋敷の屋根に降り立つのは、右手に銃を構えた白桃色の青年。その背にはしっかりとネズミ獣人の妹の姿があった。
「俺様を呼んだろ、ワンちゃん?」
「ああ、呼んだぜロダ兄!」
「んじゃ、お届け物だ!家族は大事にしようぜそこの変身ネズミ少年!」




