宣告、或いは日食の子
「……本日はまたお集まりいただき、誠に」
「そんな茶番はもう良いでしょう」
慣れない喋りにつっかえるおれを冷笑しながら、ワカメヘアーの貴族がかっちりと着込んだ(にしては着こなせてないが)礼服の袖を振った。
うん、露骨というか、何時も横に控えさせ使っているネズミ獣人メイドの姿がない。割ととっととアイリスの力を借りて(というか、前回おれが行けない庭園会の直後にノア姫に頼んで入れ換えた)やらかしに備えておいたが、そのまま本当にやっちまったんだろう。
いや、実際ゲームだとこのイベントやってると妹を喪った兄の方と付き合うルートに入れたりする(第二部には行かないおまけだけど)が、良くまだバレてないな……
ゲーム時代は其処に居たとしても喋らないなら立ち絵が出ないし違和感が無かったが、現実になると凄く不可思議だ。
なのに、兄の方は……ってノア姫からは連れ出した話だけ聞いていたが実はこっそり妹が無事なこと教えたんだな?なら冷静に居て当然の妹が居ない一見異常な事態を見守れる。
「今、必要なのはこの集まりの結末。アイリス殿下の婚約者の発表、そうでしょう?」
その大袈裟な台詞に、無気力に頷くのは明るいグリーンの髪の男、ラサ男爵。
「最も、決着は見えていますが」
「アーカヌムよ……何処に消えてしまった……」
ずっと暗く、下を見てばかりでぶつぶつと呟く生気の無い男。見る影もない。
アイリスから報告は聞いていたが、シュリが居なくなった後の彼、半分くらいゾンビだ。生きてるだけの屍といった趣。それが演技で何かを狙っているのか、単に善人でシュリに騙されていただけなのか、毒の影響かは分からないが……
「早くに言葉を告げてくれませんか、忌み子よ」
その言葉に頷いて、おれはワカメヘアーの彼……リセント子爵を見詰めた。
「結論は一つです。見てきて相応に評価しようとしたものの、どちらもアイリスの婚約者となる程の存在ではない」
ぴくりと震えるラサ男爵、怒りにかきゅっと拳を握り込むリセント子爵。だが、正直これしか言うことはないし……その先も分かっている。というか、おれが言った言葉、そのまんま原作ゲームでも同じ台詞あるからな!
まあ、元はおれの台詞じゃないんだが、凍王の槍以降はおれが言ってる。
「……忌み子、それは」
「おれと、アイリスと、そして皇帝陛下、皆の結論です。おれ一人の戯れ言ではない、忌み子ごときがと思うのは」
ギリリ、と歯軋りの音がする。だが、ワカメな髪型の男は唇を吊り上げると、手を前に翳した。
「流石は忌み子、見る目がない。そんな男に報告されては真実など見えないでしょう」
そして、降ってくるのは一体の巨獣だ。明らかに人外だという印象を強めるために明確な意図をもってクジラみたいな生き物の姿をベースにされた合成個種。海戦じゃないなら正直言って無駄な努力と言いたいが……
「合成個種か。だが、それが」
「ふはははは!アイリス殿下!これが貴女に相応しいものの実力!さぁ、語ってあげなさい!」
と、高笑いをあげるのは子爵。そう、此処でぽんと人の言葉を理解し自律的に動く(まあ中身あのネズミの子だしな本来)ゴーレムを出して覆そうとするのだ。
だが……
「ラサ男爵、貴方はなにもしなくて良いのか?」
とりあえず対処の前に話を振るが何も返ってこない。本気でほぼ屍のようだ。
「男爵、せめて最後に貴方側も何か」
と、言われて彼は地面に瓶から何かを溢すと、毒性のありそうな緑のスライムを生成する。だが、何故あの子が去っていったのだ……ばかりで生気がないまま。スライムもただプルプル震えるのみだ。
いや真面目にどうなってんだ彼。おれにシュリを何処にやった!と詰め寄ることすらしないんだが。
「勝負は見えた。後は忌み子、この自由に動く天才の……」
「では一つ聞かせてくれないか、リセント子爵。横に連れていたメイドの子、何処にやった?そして、ラサ男爵の奴隷の子もだ。
おれはあの子等の失踪について何も知らない」
と、実は何処に行ったかなんて二人とも知りすぎなくらい知っているが惚けて、シュリまで巻き込んで話を盛る。
「勝手に消えたのでしょう」
「シュリについてはまだそれで良い。しかし、メイドの子は貴方の奴隷だ、生活を保障する義務は貴方にある」
……此処はほぼゲーム通り。さらっと気が付くんだよなゲームでの主人公等。ちょっとしたヒントというか似た仕草はあるんだが、マジで早い。
「もう一度聞きます。姿が見えず、気配を探るにこの屋敷自体にもう居ないようですが、何処に消した?」
ぎろり、と残された右目でゴーレムを睨み付けながら一言。分かっているぞとばかりに。
「何処?」
と、知りきっているアイリスも追撃。後は彼が襲い掛かってきて、それを返り討ちにしてから真相を語るだけだ。
「そしてその合成個種、何かが可笑しい」
「そ、それはそうでしょう。自律した」
「人を素材にして?」
びくり、と男の肩が震える。
「君達のような勘の良い忌み子は」
うーん、小物。おれは鉄刀を構え……
だが、その瞬間、
「……リセント子爵。貴方は……」
愕然としたように、ネズミの耳を揺らして見守っていた少年が呟く。
「妹を!」
「本来、我々の栄光の礎となってくれる筈だったのだ!忌み子が余計な」
「そんな為に!奴隷として買われる時、妹を守るならと約束したのに!」
その言葉に、子爵は目線を逸らした。いや、駄目じゃないかそれ。
「貴方もだ、忌み子皇子。忌み子と呼ばれる貴方なら、俺達の苦しみに気が付いてくれると信じていたのに!」
……何かが可笑しい。歯車が噛み合わない。というか、おれにもその怒りが向くのか?
「やはり、悪とは。
人間!そして人を贔屓する邪悪なる七天か!」
少年から吹き上がる謎の紫色のオーラ。何となく、リックの能力を見た瞬間の悪寒に近いものを感じ……
っ!
唇を噛む。そうだ、シュリが居た事を分かっていたのに!毒を撒き散らし、心を腐らす堕落と享楽の龍!そんなものが居て……
どうして原作通りの展開になる筈がある!
おれ自身耐性が高いから忘れていたが、シュリは全身毒。それをばら蒔けば……心は歪む!
軽く上げた左腕に、少年は右腕を重ねた。
……やらせない方が良い、おれはそう本能的に直感して飛び込もうとするが、突然地面から噴き出した赫い光の粒子に阻まれた。
……シュリの翼から放たれるのを一瞬だけ見た気がする。どんな毒だか判断もつかないから突っ切れない。
それを迂回しようとするおれより前に、震えていただけのスライムがネズミの少年に飛び掛かった。
「避けろ!それに、話を聞いてくれ」
「龍神様が夢で言った通りだ!」
だが、おれの言葉は届かず少年の腰に毒のスライムは取り付いて……突如としてスライムの中から金属製の無骨な大きなベルトが出現した。
開いて内部の管が見える鋼の外装、中央に輝く赤い太陽のようなパーツ、どこかヒロイックなベルトだが、嫌な予感しかしない。
「そもそも君の妹は」
『悪とは誰だ!』
ベルトから響くのは、シュリの声に似た声音の音。
「悪とは人だ!」
『悪とは何だ!』
「邪神どもの用意した間違ったこの世界だ!正しき『怒り』だけが正義!俺は……この世界を!妹を苦しめ殺す世界を!
赦さんっ!!!」
その言葉と共に少年はぐっ!と右手を振って顔の横で拳を握った。ギリリと音すらさせて握り込まれた瞬間、ベルトがそれにあわせて閉じ……
「え?」
アイリスがさらっと制御して止めていた合成個種ゴーレムがバラバラになったかと思うと、融け合い小さくなりながら装甲と化して少年に纏わり付く。
そして、一瞬後、完全に少年の全身が装甲に纏われると中央の赤い石に黒い影が降り、複眼だけが赤く輝く。
「俺は、俺はっ!太陽を墜とす日食の子!」
「いや待て待てどうなってるんだ!?」




