表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
483/687

依頼、或いは元婚約者

「今更どの面を下げて現れているんですの?」

 冷たい瞳がおれを見据える。そう、あの翌日、おれは一人でアラン=フルニエ商会を訪れていた。

 流石に幾ら皇族とはいえおれなんて忌み子と呼ばれて蔑まれ更には婚約者としては最低の行動ばかり、即日アポイントメントなんて取れなかったという訳だ。っていうか、翌日にならと受けてくれただけでもかなり優しいと言える。

 

 ただ、とおれの背に一人だという重責がのし掛かる。当然集めておいて本人参加しませんは無しだからアイリスは庭園会に顔出ししていて居ない。ノア姫が着いていってくれておりその点は安心できるのだが、結果的におれは本当に単独で彼女と対話する必要が出来てしまった。

 だから今、誰も居ない。誰かに頼る逃げなんて出来やしない。いや、シロノワールは影の中に居るけどな?頼りにはならない。

 

 覚悟と共に、おれは眼前で割と豪華な椅子に腰掛け優雅にお茶を啜る元婚約者に目線を向けた。

 「恥ずかしいことに、困り果てたこの面だよ、ニコレット嬢」

 「馴れ馴れしい。生きていたとはいえ、婚約は既に敵前逃亡の罪により解消された身、無礼ではなくて?」

 「一応これでも皇族、忌み子とはいえ相応の立場と矜持ってものはある。それを貫くことは無礼とは言えないだろ?」

 その言葉に、夢見がちな女の子はあれ?と眼をしばたかせた。

 

 「そこは謝るものではなくて?」

 「昔のおれなら謝ってたよ。でもさ、信じることにしたんだ。おれが信じられないおれを、皆が信じるこのおれを。

 だから、すまないニコレット嬢。今回は貴女を立てられない。皇族としての矜持を貫かせて貰う」

 「……少しはマシになったの?

 でも、遅すぎる。それに、結局私を大事にする気はないって事よね、それ?」

 その恨めしげな眼と言葉に、おれは素直に頷いた。

 そして、腰の……最早誰にも(まあ若しも下門が生きてたらコラージュで一時的にパクるくらいは出来たろうから言いすぎかもしれないが)切り離せない愛刀の柄に手を当てる。軽く桜色の雷が柄の角から散った。

 

 「……ああ、すまないニコレット嬢。今も昔も、貴女は護るべき民の一人。そう思うけれど……」

 一息置く。これを此処で言うべきか、本気で迷う。

 これはある種の決別だ。これから力を借りたいと言い出す相手に向けて言う言葉か?とおれ自身首をかしげる。

 だが、誤魔化してもろくな事にはならないと思えて。だから言葉を紡ぐ。

 「それ以外じゃない。貴女に手を伸ばすべき人はおれじゃないし、貴女は強いから自分でそれを見付けられる」

 そのおれの身勝手な言葉に、けれども少女は深い同意を示していて、

 

 「そう。少しだけマシになったの?

 ま、どうでも良いけど。所詮もう、交わる道なんて無いし御免だから」

 「ああ、すまなかったニコレット嬢」

 「謝るくらいなら最初からまともな対応してよ。白馬の王子様を期待して馬鹿を見たわ」

 その言葉に、最初はむしろ期待されてたのかと苦笑する。おれなんて、婚約時点で悪い噂しか無くないか?それに期待してくれていた辺り、きっと彼女は少しは歩み寄ろうとしてくれていたのだろう。それを滅茶苦茶にしたのはおれか。

 

 だけど、仕方ないしそれで良いとおれは微笑(わら)う。

 

 「気持ち悪い、何それ?」

 「いや、昔のおれの駄目さが良く分かってさ、何か可笑しな気分になった。

 でも、有り難うニコレット嬢。お陰で色々とやるべきことが分かってきたりした」

 そうだろ、シュリ?

 

 『あ、あの毒物は見捨てても……いえ冗談です』

 なんて茶化す……いや嫉妬か?な神様はまあ今回だけは無視して、話を続ける。シュリの毒を受けてから何だか神様が良く話し掛けてくる、きっと心配してくれているのだろう。寂しいだけかもしれないが。

 

 「だからさ、ニコレット嬢。おれと君が夫婦になる縁なんて元から無かった。おれにそんなこと無理だった。

 それは今も変わらない。けれど」

 流石に話がズレてきたと思いながら、おれはとん、と持ってきた本を少女の机の上に置いた。

 「単なる人として、君とおれは取引を、交渉を、売買を、縁を結べはしないだろうか?」

 真剣に見つめること暫し、眼前の栗色の髪の女の子ははぁ、と肩を竦めた。

 

 「その割と真っ当な受け答え。人間だったの、忌み子」

 「おれを何だと思ってたんだニコレット嬢?」

 「頭の可笑しい狂った怪物。あ、ごめんなさい」

 「謝らなくても」

 「思ってたじゃなくて、思ってるだからキャンセル」

 「いやそちらなのか!?」

 思わずずっこけかけるが、そんな軽い口を叩いてくれるくらいには、相手もおれを排する気はなくて。

 

 「……一個だけ聞かせて?

 まあ、着いていけないし頭可笑しいと思うし白馬の王子様の可能性を信じた私があまりにも馬鹿でしたけど、ええ、忘れたいくらい。本気で葬れるなら葬りたい過去。

 けど、そんな怪物が人間じみて必死になるのは誰のため?やっぱりあの聖女?憐れにも婚約をさせられてまだ逃げられない方?それともフォース君から買ったと噂を聞いたエルフ種?」

 「全員だよ、そして、それだけじゃない」

 ニコレット嬢の眼が氷点下になった。

 

 「この最低男叩き出して!女の敵!聖女様の敵よ!」

 「いや待ってくれせめて交渉だけでもだな!その後なら幾らでも出禁食らうからさ!

 本当に、君の力を借りなきゃ救えない人が居るんだ!だから!頼む!後にしてくれ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ