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新刊、或いは顕在化する害

「お兄ちゃん、どう?」

 「獅童君、ぱらぱら捲ってるけどこれじゃ読めないよ」 

 と、両脇からおれが軽く内容を確認する本を覗き込む二人。早く新刊が読みたくてたまらないって感じで微笑ましくはあるが……

 

 「アイリス、新刊が出るならデートなんて言う必要無かったんじゃないのか?今日は本を読んで過ごすんだろ?」

 「手に入ったら、安心……出来ました。夜に……読み、ます。

 でも、手に入らない。だから、です」

 今日中なら良いってことか。おれとなら外を見て回りたい……本当はもっと他の誰か一緒ならの方が良いのは確かなんだけど、それは少し嬉しい。

 

 そんな軽い話をしながらぱらぱらと読み進める。おれ自身、アステールが新刊を贈ってきていたから既刊は全部に目を通してある。これまでのストーリーやキャラについても分かっているし、飛ばし飛ばしでも新刊の話は何となく分かるのだ。

 うーん、特に変なところは無いようだが……

 

 何か引っ掛かりを覚えつつもおれはあらすじだけ確認するようにページを捲り続けて……

 

 「……っ!そういう、ことか」

 ぱたん、とクライマックス、一番の盛り上がりどころが始まってすぐ、桜理達がちゃんと読もうとする前に、おれは本を閉じた。

 「あ、獅童君……ここからがシリーズの」

 「桜理、このシリーズさ、好きか?」

 「何でそんな当たり前の事を聞くの、獅童君?僕が実は女の子だから?変だなんて言わないよね?」

 あれ?何か不安にさせてしまったのか?

 慌てておれは違う違う!とフォローする。

 

 「好きな人も多いよな?特に子供達に人気だ」

 「うん、僕も……学園に入れて貰う前は長く待って庶民でも借りれる貸し本で読んでたから、回ってくるのがずっと待ち遠しかった。人気が恨めしかった事すらあるよ?」

 と、桜理は告げる。

 その言葉に、アイリスはきょとんとしていた。まあ、皇族なんだから貸し本を待たずとも買えば良いしな、そんな悩みとは無縁で、だから……

 

 「全巻、買う」

 ……うーん、分かりやすい。

 

 「だから、これは発売しちゃ駄目だ」

 「え?どうして?」

 「桜理。おれはさ、幼馴染の家で見せて貰うくらいしか出来なかったけど、日曜日に特撮ヒーローやってたろ?」

 「あ、うん。確かに魔神剣帝シリーズじゃないけど、やってたやってた。結構見てたよ僕、懐かしいなぁ……全部買った作品もあったけど、あれどうしたっけ……」

 何か羨ましい事言ってくる桜理。おれとかメインのアイテムすら買えないんで木の枝とかで遊んでたぞ。いや、正確には始水はプレゼントしましょうかと言ってくれたが、流石に悪いからな……

 これでも一応、奮発して食玩ベルトは買ったこともある。光らないし鳴らないけど、あれはあれで形状はしっかりしてて楽しいんだ。

 

 って特撮の話は良いや、例えであって無関係。

 

 「桜理、もしもなんだけどさ、その特撮の30話くらい、まだまだ中盤ってところで、突然主役のヒーローが敵に負けて終わったらどう思う?」

 「あ、次回最終フォーム登場なんだ」

 ……桜理に聞いたのが間違いだった気がする。な、何か。いや、分かる。おれだって割とヒーローものは成れやしない憧れとして好きだったけど、おれもその反応になると思う。

 だが、求めてる答えはそこじゃない。

 

 「……いや、使えるかも」

 「話が見えないよ獅童君?」

 と、何時しかおれからひったくった……ものではなく、劇団の人から渡された別の一冊をぱらぱらと捲っていたアイリスが愕然とした顔で本を取り落とした。

 

 「つまり、今のアイリスの反応とおれの話が全部だ。

 この新刊……クライマックスの最後の最後、戦闘中に急に方針転換して、主役達が負けてそのまま打ち切られるように終わってる」

 ……考えてみれば当然だったのだ。アステールはおれポジティブキャンペーンと称してこいつを書いていた。今、あのアステールはその根底にある気持ちを無くしてユーゴに従っている。ならば、こんな話……ユーゴへの裏切りにも等しい作品など、書く気なんて無くなって打ち切りたくなるだろう。

 だから、ユーゴという敵相手に惨敗させて、主役のゼノンが死んだろう描写で話を終わらせている。

 

 理屈は分かる。そもそも良く良くアステールの事を心配していれば、とっくの昔に気が付けた筈だ。

 だが、だ。この物語を……最早おれをポジティブキャンペーンするなんて関係なく子供達のヒーローになっている英雄の物語を、こんな形で終わらせる新刊なんて、発売する訳にはいかない。

 どれだけの子供が悲しむか、分かったものじゃない。

 

 「じゃあ、新刊を出さないようにして……」

 「駄目だ。劇団の人達が、今回の新刊をテーマに軽い劇を公演してくれるという事で早めに新刊を確認してくれたから、王都では暫く販売を止められるだろう。

 でも、でもだ。世界各地で読まれている以上全部の販売を止められるわけじゃない。もう手遅れなんだ。

 販売は止められない。此処は止められてもこの場だけの一時しのぎ」

 「え?じゃあどうするの!?」

 困惑する桜理に、おれは君がヒントをくれた、と笑い返した。

 

 ……アイリスはまだ蒼白な顔をしてる。うん、そうだよな、慣れてないと本当に困惑するし恐怖するだろう。

 「僕?僕何か言ったっけ?」

 「言ったろ?最終フォーム登場の前フリって

 多分だけど、今のアステールは打ち切りたかったからああ書いた。もうあの作品に興味はないし忘れている。

 だからこそきっと何とか上手くやれる……最低の手」

 「それは?」

 「おれ、実はアステールからアステール名義で色々出来る権限のある判子を貰ってるんだ。一回だけ捺せる」

 ちなみに、これ勝手に捺して婚姻届出したらステラが認めたしょーこがあるから抵抗できないねぇ……と渡されたが、婚姻届に捺すわけがない。

 「そいつらを使って、星野井上緒(アステール)当人の承認を偽装し、実は最後が落丁したまま製本してしまった事にして……」

 一息おいて、おれは最低の手を告げる。

 「実は新たな姿で蘇る布石があったんだと、本人が書いたことにした二次創作で希望のあるエピローグを作り本にして新刊に付ける!」

 「割と最低の発想だよそれ!?」

 「ああ、最低だ。でもな桜理、アイリスを見ろ。多くの子供達にあんな顔をさせない為に、何より……本来もっと早くに手を伸ばしてやらなきゃいけなくて!勝てる算段がないからって逃げてるアステールに、手が届いた時にあの娘が頑張ってた作品があんな形で完全に終わってるって現実を突きつける訳には!いかないんだよ!」

 その言葉に、何か納得してくれたのか桜理はうんうんと頷いてくれた。

 

 「うん、頑張ろう獅童君」

 「ただ問題がある。おれの国語の成績、大体2だからまともにそんな構想した続編二次創作を用意できたら苦労しない」

 「いや駄目じゃん!?」

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