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文化的交流、或いは立ち込める暗雲

何だか上機嫌なアイリスと共に王都を行く。

 横で纏めたツインテールがふりふりと揺れ、小さな鼻歌まで聞こえる辺り超上機嫌だ。いや、こんなに楽しげなアイリスって久し振りに見るんだが……

 

 「楽しそうだね、アイリス様……」

 「にゃっ!

 布教……します」

 ……で、何の布教をするのだろう。猫のぬいぐるみか?なんて思いながら、おれは不機嫌そうにおれの右腕にしがみつくアルヴィナを連れ、桜理と共にアイリスの先導に従って王都へと……そして商売や劇等の文化的なものの多い区画へと足を踏み入れた。

 

 何年ぶりだろうか、人市通りと呼ばれる此処にまともに目的をもって足を踏み入れるのは。来たいとは思ってたんだが、スケジュールが合わなかったんだよな。中々に見たい劇の公開とまともな時間の空きが噛み合わなくて、結局足を運ばなかった。

 

 「……お兄ちゃん?」

 「アイリス、行くのは劇か?」

 時間があれば、面白い劇とかシュリも連れていきたかったな、なんて思う。敵だとは判明したけど正直嫌いになれないから、少しでも良くできていたらって今でも思う。

 

 『あまり情をかけすぎないように、兄さん。まあ多少は靡くでしょうが、あれの本質は邪悪な毒龍、その本質を揺るがすことは基本的に最早不可能です。例えシュリンガーラには届きそうでも、そのノリを他の化身に持ち込んだら……死にますよ?』

 分かってるよ始水。

 

 そう答えるが、実感はない。おれ自身、アージュの中ではシュリとしか直接逢ったことがないからな。アルヴィナ程好意的ではないけれど、あの娘とは手を取り合えない気は何故かあまりしなかったのだ。

 何と言うか……生来の性格がアルヴィナよりももっと善というか、って言葉にしにくいな。

 確かに残酷そうな面や、何かに絶望している様子はあったけれど、残りのアージュももしもそうならば、世界を滅ぼした堕落と享楽の龍だと話に聞いて想定していたよりは……

 『兄さん、重ねて言いますが、あれはシュリンガーラだけです。警告しますが、あれ以外の首には私っぽさは無いですからね?本気で兄さんを弄んで殺すことしか考えてませんからね?』

 ……だが、と言いたい。

 言いたいが……おれは頼勇達を襲った残りの姉とシュリが呼ぶ者達を見ていない。そして、LIO-HXで飛翔した先にまで追ってきていた以上、確かに信じきる訳にもいかないのだろう。

 

 と、なんて思考を明後日に逸らしていると、心配したのかアイリスの猫ゴーレムに頬を引っ掻かれて我にかえる。

 うん、そうだな。今はシュリの事は後だ。

 

 「劇では……ない、です」

 「でも、この辺りって人市通りだから文化系のものばかりで……」

 と、アイリスが真っ直ぐに目指す場所に思い至って、ああそうかとおれは頷いた。

 

 「あ、本か」

 「……新刊、今日から……」

 魔法書だの何だのの必要不可欠な本は兎も角、一般的に嗜好品である小説の類いは人市通りで売ってたりするんだよな。何ならたまに劇団等のスカウト希望も兼ねて売り子の人が朗読会なんかをやってたりする。

 

 「あ、そっか僕も今日新作買わないといけなかったんだけど……」

 ぴくり、とアイリスの被った帽子が揺れた。

 

 「オーウェン、それ、何?」

 「えっとね、アイリス殿下は知らないかもしれないけど、魔神剣帝シリーズの……」

 がしっ!と。妹が桜理の手を取った。

 

 「わ、わわっ!?」

 突然掴まれ、ほんの少しつんのめりかける桜理。おれは大丈夫かと掴まれず空いていた左手を取って少女……じゃなくて今は恐らく周囲の目か少年姿に変化しているその割と小さな体を引いて支えた。

 

 「な、何!?」

 「……布教、完了」

 「え、あ!アイリス殿下が僕にって、あのシリーズの事だったの!?」

 こくり、と頷くアイリス。

 「女の子に読まれるなんて意外な気もするけど」

 「お兄、ちゃん……主役」

 「うん、確かに何となくこれ獅童君に似てるって感じの描写がされてることもあるし、獅童君もイメージしたのか変身名に……」

 「逆。お兄ちゃん、から……名前が付いた」

 「え!?本当に獅童君がモチーフなのあの作品!?

 もっと早くから読みたかった……」

 

 そんな二人を……興味無さげに無視するアルヴィナ。

 「アルヴィナは良いのか?」

 「皇子の偽物に、興味無い。ボクには本物の皇子が居る。そっちの方が重要で、それで十分」

 ……うん、直接言われると照れる。

 

 で、足がちょっと痛いぞシロノワール、蹴るな蹴るな。

 

 なんてやりながら、おれ達はとりあえず本屋に辿り着いて……

 

 「新刊が、ない……?」

 愕然とした表情のアイリス。

 横でえ?でも……と困惑した顔の桜理。おれ自身、割と違和感があって何でだ?と開店させたばかりの本屋の店主を見る。

 

 「ひっ!そ、そう言われましても……」

 「すまない。睨んだつもりはないんだが」

 「火傷痕の忌み子に見られたらもう睨まれているのと同じことで……」 

 はぁ、とおれは肩を竦め、桜理の肩を押して自身は後ろに下がる。可愛い方がやりやすいだろうという判断だ。

 

 割と今もまだ散々だなおれの扱い?

 「ねぇ、僕は予約してなかったけど、人気作品……だよね?

 その新刊が入荷してないって信じられないんだけど……それとも、人気過ぎて予約で完売しちゃった?」

 ふるふると振られるアイリスの首。ツインテールがぴょこぴょこ揺れる。

 「予約、完璧」

 「そ、それがですね……」

 

 と、おれの背後に現れる気配。が、少しだけ覚えがあるし、敵意はない。

 だから何もせず、肩を叩かれるに任せる。

 「ああ、第七皇子殿下」

 ……うん、珍しいなおれをまともに呼ぶ人間なんて。これも縁の賜物か。

 ってロダ兄風に締めてる場合でもないか、と振り返ればやはり、其処に立っていたのはその昔おれがもう無い孤児院の孤児達+αの為に劇をする際、劇場を貸してくれた男であった。

 

 「ああ、劇団長さん。お久し振りです、結局あまり劇場に足を運べず申し訳ない」

 「良かった、貴方にお話を伺いたくて」

 「いえすみませんが、今は」

 「スカーレットゼノン」

 その言葉にびくりとする。

 

 「モチーフは貴方ですよね?その貴方に聞きたいことがあるのです。どうしてこうなってしまったのか、この先何をすれば良いのか」

 と、深刻そうに告げてくる彼の左手には、今日別売だろう新刊が一冊、しっかりと握られていたのだった。

 

 「……了解です、団長。しかし、何故」

 「……読めば分かります、殿下。この本の発売をさせる訳にはいかなかった。無理を言って止めて貰ったのです」

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