布教、或いは似た者同士
「晴れ、ました……」
「そうだな……」
横にひょっこり姿を見せたアイリスと共に、地下の格納庫から出て空を見上げる。
実は格納庫、王都じゃなくて学園近郊の地下なので通路を通って地上に出れば学園の敷地内だったりする。まあそれは良いか。
見上げた空には虹が掛かり、晴れ晴れとした朝焼けの空。
午後にやっていた庭園会の最中にLIO-HXを転送してから、一夜明けたってところだ。逃げ切れるだろうし大丈夫だと思ってたら、不意にシュリが何時ものように夜明け前の自主鍛練の最中に現れて……の割に突然姉自慢なんてらしくない事を始めたから、慌ててLI-OH格納庫に走ったんだよな。
これはきっと、シュリなりの警告だと。だから、そもそもさっきも敵だとはそこまで思ってなかった。確かにゼロオメガなんだろうけれど……あまりティアーブラックみたいな尊大さが無いというか、事情を感じる。
あれ?そういえばアウィルあの時居なかったが……大丈夫か?なんて不意に不安になるが、仮にも天狼種だし大丈夫な気もする。
『王狼に聞いてきましたが、離れて薬草摘んでたらLIO-HXで逃走されて追い付けなかっただそうですよ』
と、頼れる神様のフォローに安堵する。
「それにしても、ここ数日酷い雨だった分、晴れ晴れとした気分だ」
ひんやりした朝の空気はまだまだ湿っぽいが、それを吸い込んで深呼吸。一日以上の間どしゃ降りの雨だったから、この空気が美味しく感じる。
「でも、虹……綺麗。ゴーレムだと、案外、認識が……難しくて」
その言葉に、おれは寒いのかもこもこのカーディガン?を羽織り猫耳の生えた大きめの帽子を被る妹の頭をぽん、と撫でる。
うん、柔らかいなこの帽子。大きさの割に軽くてふわっふわだ。耳まで羽毛と絹って感じ。
「良いだろ?外を見なきゃ、ほぼ見れない天然物だ。まあ、魔法さえ使えば似たようなものは幾らでも出せるんだけど……」
「魔力光混じりだと、目が痛い……です。
だから、自然のは、凄い……」
ほえー、と軽く口を空けておれの横で空を眺める妹。その顔は珍しく年相応に幼い希望に溢れたものに見えて……良かったと息を吐く。
少しくらい、外への想いを持ってくれたろうか。
「スケジュール」
「ああ、今日は何もないよ。ダイライオウもまだ帰ってこないし、転送されてくるにしてもエネルギーも案外持つらしいから午後まで暇」
もう追ってくる様子はないがと頼勇から聞いたしな。それでも警戒は怠らず王都まで飛んでくる事にはしたらしいが、戦闘行動を取らないから案外エネルギーが持つのだ。原作ゲームじゃまともに戦わずともターン数で強制解除されてたが、そこはもう流石に何とかした。その辺りの改良にも時間は掛かったし、ホントあの昔っからおれ達と戦ってくれてる頼勇には頭が上がらない。お陰でこんな無茶を通せている。
「あの嫌な人達と……会うのは?」
「それは明日と……最終選考がそこから二日空けて虹の日に合わせてる」
「……落として」
ぽつりと告げられる本音。
「お兄ちゃん、ゲームでは……結婚、させられる……の?」
不安そうに、怯えの見える潤んだ灰色の瞳がおれを見上げた。
「させられないよ。彼ら全員流石にアイリスに釣り合うほど凄い人じゃなかったで終わり」
その言葉に、ほっと息を吐く妹。
「結婚、嫌なのか?」
「お兄ちゃんとなら、喜んで。他の人も……竪神くらい凄いなら、考える。
あの人達は、御免……」
その言葉にだな、と苦笑する。
ラサ男爵にはちょっと期待してたが……奴隷として控えていたシュリがゼロオメガの一柱、堕落と享楽の亡毒【愛恋】だって分かった今、彼も厄ネタ……その信徒なのは恐らく確かだ。
ま、実は騙されてた一般善良貴族って可能性は0じゃないが、それを信じきるにはちょっと奴隷が危険物過ぎる。
というか、貪られるのかと聞いてきた時の怯えからして、割と人間恐怖症の気があるだろう、シュリ。その上でおれに助けてと言っていた。
毒で支配して抑えてなければ、あんなこと言わないんじゃないか?素で男爵が優しいなら、案外満足してたろうし。
「……でも、今日は、空いてる?」
「まあ、シュリに構う時間分は空いたし、ダイライオウが竪神に召喚されている状況でジェネシック・ルイナーの開発もジェネシック・リバレイターの調整も全く進む筈がない」
「じゃあ、デート」
その言葉においとおれは思わず突っ込む。
「兄妹だろ、それに一応は婚約者を選定中の」
「選ばれない……聞きました」
うん、言ったな。これはおれの負けだが……
「だがなアイリス」
「お兄ちゃんと、お外」
「……分かったよ」
おれは、雑魚だ……妹にすら割と言い負ける……
でも、おれとでも外に興味を持ってくれるだけで、割と嬉しいことで。
だからなアルヴィナ?今日は止めてくれると助かるんだが……と、おれはほの暗いオーラを纏って兄妹の間に割り込んできた小さな狼の魔神を眺めた。
退いてくれない。
「あのー、アルヴィナさん?」
「デートなら、ボクと行く」
「いやいや待て」
「お兄ちゃん、付き合ってくれる……って言った。頑張る分、アイリスが願うことを一緒にって」
ふしゃーっ、と寄ってきた猫ゴーレムが黒い女の子を威嚇する。
「ボク、皇子を助けた。居なかったら困りもの。
そのお礼と、ボクの怒り……あの腐れドラゴンに構った事の埋め合わせ、まだして貰ってない」
が、おれの左にアイリスを阻んで陣取った魔神は威嚇に怯えること無く、耳を大きく立てて威嚇し返した。
「これから……やる、大仕事の、報酬」
「もうやった献身の報酬」
「献身なら、無償で……良い」
「皇子が好きだから助けたけど、釣った魚に餌くらい欲しい。
そもそも、ボク矛盾したことを献身する前の奴に言われたくない」
……がるる、うにゃぁ!と睨み合う少女二人。
どうしてこうなった。いやおれのせいなのは分かってるが……
「似た者同士、仲良く出来ないのか?」
「「無理!!」」
……割と息が合ってるんだけどなぁ……無理か
「「似てない!!」」
……似てると思うんだが?
「……じゃあ二人ともと」
「あーにゃん以外駄目」
「もう一人が御義姉ちゃん……なら。
これは駄目」
だから何なんだよアナへのその信頼!
が、そんな中現れる救世主。それは……
「獅童君、僕……良いかな?」
更なる乱入者だった。
「オーウェン?」
「うん。仲良くなる記念に……とか、前言ってくれたけど。あの時の僕は何時もの発作で、女の子っぽいって断っちゃったけど。
何度も悩んでも結局、君達と仲良くなりたくて。ごめん!やっぱり……アイリスさま、獅童君。一緒にあれ、買いに行ってくれないかな!?」
と、少女はぺこりと頭を下げた。
「……別に、良いです……けど?」
と、ぽつりと無表情のままアイリスが呟く。
いや良いのか……
「お兄ちゃんと、ちょうど買いに……行く、ので。布教……」
と、すっとおれと桜理の手を奪ったのはアルヴィナだった。でもなアルヴィナ、ちゃんと自分の手を使おう、スケルトン出したりせずにな?
「布教なら、ボクも……やる」
……丸く収まったのか?それは分からないが、とりあえず事態は終息し、おれは悪いな助かったとサクラ色の一房を持つ女の子に笑いかけた。
ところでアルヴィナ?布教するものってそれ倫理観的にセーフな代物であってくれよ……?




