閑話 愛恋と憤怒(三人称風)
「お早いお帰りだね、僕。やはり不完全で未完成、出来ることに限りでもあるのかな?
情けない。こんなのが昔の僕だなんて怒りすら覚えるよ。ま、事実上コスト自体はタダだとしても僕達【情動】から自身を構成し直すだなんて面倒事もさせてさ。しかも帰ってくる事に利用?その場で蘇って駆逐するのが筋というものじゃないかい?」
気さくに眼前に降ってきた小さな少女をその健康的な足で蹴り飛ばしながら、翼を大きく拡げて紫色の神の龍少女は毒づいた。
「ま、そう怒ることもなかろ儂よ。これでも儂、しっかりと目標であった【勇猛果敢】の確保には成功しておるし、毒の種も撒いてきたしの?
後はそれが芽吹いて、彼等が己の欲望に破滅するのを遠くから見ておるだけで良いのじゃよ」
事も無げに立ち上がり、けろっと告げるのは、幼い顔立ちになったもののベースが完全に同じ顔をした龍少女、シュリンガーラ。無邪気な微笑みを浮かべて、上機嫌に尻尾を揺らしてそう語る。
「ふうん。まあ、良いけど。
ならそのヴィーラは何処だい?僕の眼が悪いとでも?」
はっ!と翼を威嚇に更に拡げ吐き捨てるのは、自分を……そして眼前のより幼い己も、両方を僕と呼ぶ龍神ラウドラ。
「じゃから、儂は帰ってきたのじゃよ儂よ。ま、あの場に蘇っても良かったがの?
その場合、単なる愛恋ではなく、儂が乗っ取ってメインは【憤怒】の儂に融合回帰する気だったじゃろ?あの場にそのまま居たとしてもまた」
「当たり前だろ?僕が二つの首を合わせれば、幾らでも殲滅できる。ヴィーラ?正直総ての眼、総ての眷属なんて揃える必要があるのかい?【嫌悪】には反旗を翻された上で死なれ、復活も効かない。また新たに選ぶしかない。
……そんな役立たず、本気で必要かい?支配しようが所詮同じヒト、あいつらと何も変わらない」
ああ、嫌だ嫌だと龍神少女は少し前まで椅子として座っていた人間を蹴り飛ばした。
ぶひぃと嬉しそうに啼いて、その肉体が胴から二つに千切れ飛ぶ。
「有り難うございます!有り難うございます!つきましては」
「……儂、助けんよ?」
少し嫌そうに目線を逸らすシュリ。男に手を伸ばされ、庇うように触れられかけた尻尾を腕に抱えて逃がす。
「……え?御褒美は良いのですがこれ治して戴かねば死……」
「壊れたものは変えれば良い。僕はもう要らないし死ね。生きたいならそこの僕に頼んでよ」
「そ、そんな!うげらばぁっ!?」
そのまま、美少女にモノとして扱われる倒錯した快楽に耽るだらしなく溶けた顔を突然恐怖に歪め、真っ二つにされた信徒の男性は内部から毒を弾けさせ、毒沼となって終わりを迎えた。
「椅子!」
返事はない。
「おい椅子!僕の声すら聞こえないのか!」
「……っ!あっ!私めの事でしたかラウドラ様!不肖この私その栄誉を戴けるとはついぞ……」
「遅い!煩い!ウザい!死ね!」
翼から吹き荒れる暴風。嬉々として両手を擦り合わせながら寄ってきた信徒が跡形もなくバラバラにされ、さっきの信徒の残骸の上にぱらぱらと降り注ぐ。
「……そこまで無駄遣いすることもなかろ?」
「使えないなら死ね、折角僕が価値を見出だしてやってるのにその役目を果たせないなら当たり前だろ?」
「ま、どうせ儂じゃしその考えは分からんでもないが……儂はあまり好かんの」
肩を竦めるシュリンガーラ。その肩がぽんと叩かれた。
「しゅ、シュリンガーラ様!貴女様は是非儂を椅子に……」
「え?絶対嫌じゃが?何で儂が人間を椅子にせねばならぬ?普通に気持ち悪いんじゃが、心毒でさらけ出された変質な欲望を儂に向けんでくれんかの?
ほれ、あっちにそういうの気にせんのんびり屋の儂が居るからの、シャンタ相手に好きなだけやっとくれ。儂、それ以上言われると毒の汗でお主を溶かしてしまうぞ?」
「儂はシュリンガーラ様のぷにぷにでロリロリしいお尻に……」
と、尻尾を抱えて震えるシュリに、尚も信徒の男性は近付いて……
「ええい!これじゃからあまり混合されし神秘の切り札に居たくないんじゃよ。
こやつら欲望が見てて面白うない上に気持ち悪いんじゃ!」
ぶるりと身を震わせる龍少女。その顔から脂汗……というか毒液が噴出し、信徒の指を溶かした。
「ああっ!光悦の極み……」
「頼むから儂に近付かんでくれ……
何故此処まで堕ちるんじゃ未来の儂等……それにの、こんな醜い欲望ばかりで、希望を持てというのかの?笑わせるわヴィーラ」
表情の抜けた瞳で、少女は嗤う。
「信じれんの、流石に」
「というか、無駄に逸れたけど、ヴィーラはどうしたんだい僕?不完全で無能すぎて置いてきたのかな?」
「いやの。勇猛の情だけあって普段結構反抗的での。必要ない時は勇猛が剥がれるから心を毒で溶かしてやる訳にもいかんし、普段は力を抑えて置いておく事にしたのじゃよ。
心配せずとも、反抗こそすれど儂の味方ではあるからの。あまりちょっかいかけるでないぞ憤怒の儂よ。
儂とて本当はもっと時間をかければ落とせると思っておったがの、この儂なら兎も角他の儂と出会ってしもうては警戒されまくって最早ヴィーラになってくれそうもないから柄にもなく焦ってしもうたわ。結果は望外に良かったから、まあ功名じゃが」
ぺろりと満足げに少年の血の残る唇を舐めて、幼き毒龍はそう結論付けた。
「じゃからの。あまり出向くでないぞ?ま、儂が彼処に居らねば本体から遠く離れた場所まで長くは行けぬじゃろうが……」




