勇猛果敢、或いは毒龍の告白
「終わりかの、お前さん?」
そんな声に、おれはふと振り返った。
其処に立っていたのは、大きく紫の尻尾を左右に振る上機嫌な毒龍。だが、その名が本来何を意味するのか、何者なのか、おれはついさっき聞いた。
聞いてしまった。
そしてそれを、恐らくは彼女も知っている。ならばもう、偽りの知らんぷりなんて出来ない。
「ああ、おれの役目はとりあえず終わったよ」
だというのに、目の前の少女は入れないはずのこの場……地下のLI-OHの格納庫の一角で無邪気に上機嫌に、おれの前で無防備な姿を晒すことを止めることはない。
まるで誘ってるようだ。おれが攻撃することを
でも、だ。おれは無理矢理に全力の雷を発して貰った結果、ほぼ沈黙した愛刀を鞘に納める。それだけでオーバーロードさせた刀が焦がした腕が痛むがそれはそれでまあ良いと無視。
「君が変に姉自慢をしてくれて助かったよ。お陰で間に合った」
本気ならその場で飛んで行くって手段が本来は取れたのに、アルヴィナが居なくて、アドラーの翼も応えてくれずに困ってはいたが……
『兄さん、もう私の声が聞こえますね?』
ああ、聞こえてるよティア……始水。相手が正体を晒したことで、何とか毒で切れたリンクを繋ぎ直せた。
そう、金星始水……龍姫ティアミシュタルが伝えてくれる。目の前の龍神の事を。そして、彼女に突き立てられる牙……龍姫の加護ありきの変身、スカーレットゼノン・アルビオンも取り戻した。
今ならば勝てる。この眼前の毒龍だけならばこの場で倒せる。
そう分かってるけれど、おれは刀を納めて、火傷した手を相手に差し出した。
「そこは有り難うな、『堕落と享楽の亡毒』」
少女の顔が歪む。嘲るというよりは、何処か目尻が下がるように。
「儂はシュリ、愛恋じゃよ、お前さん」
……本名よりそっちの方が良いんだろうか。
『……知りませんよ兄さん。私はあの邪悪の悪行は兎も角、細かい性格なんて聞いたことありませんからね』
神様が冷たい。いや当然だろうけれど。
「……シュリンガーラ」
「シュリで良いがの?」
「シュリ」
……なんだろう、やりにくい。
「何じゃお前さん。儂に聞きたいなにかがあるのかの?答えても良いが、その分対価は払ってくれんかの?」
「君は、結局何者だ」
「知っておろ?
遥かな星に産まれた毒龍。流す心毒が人々を狂わせ、やがてその世界を感情をもって滅びに向かわせた者」
ぽつぽつ語られるその話は、無感動な声音で。
なのに何処か寂しげだった。
「毒で勝手に滅んだ故郷の世界を追われ、各地で命を狙われ……こうなってしもうた。最早還れぬ、世界を滅ぼす心の毒」
肩をすくめ、上機嫌だった尻尾を丸め、少女は語る。
「それが儂、アージュ=ドゥーハ=アーカヌム。今見ておる儂はまあ、他人の心に付け入る毒を放つため、まだ希望をもっておった頃の昔々の儂を再現したものじゃの」
すっ、と表情が抜け落ちる。おれが信じようとした眼の光もなにもかも消え失せ、ハイライトの無い裂けた瞳がおれを射る。
「ま、結局儂自身、昔の再現をしておるだけで本体が当の昔に諦めておるからの。お前さんは運命の人じゃが、儂を変えられはせんよ」
その言葉に、おれは……信じようとした全ては単なる……なら!
だが、そのおれの背に何か鋭いものが突き刺さった。
これは!?
「ま、俺様良く分からんが、一つだけ言わなきゃいけない気がしてよ、聞けよワンちゃん。
『俺様はどうなんだ』?」
響くのはそんな声。
すっ、と頭が冷える。使おうとした、呼ぼうとした力を周囲に散らして深呼吸する。
「……そうか。でもおれは信じるよ、シュリ」
もう迷わない。こう決めた!ロダ兄のお陰で大事なことを忘れそうになった事を気が付けた。
そうだとも。そもそも、ロダ兄だって本性が願ったアバターだ。理想の自分って夢だ。そんな彼を、所詮夢だと断じていないのに!
シュリと話せていたのに、当に絶望してるって話とその瞬間の顔だけで、諦めるなんて馬鹿馬鹿しい!
おれがああして会話を交わせたならば、だ。今もまだ、当に絶望しきったと思っているその邪悪な毒龍の心の奥底には、誰かに助けて欲しがっている幼い頃の自分の想いが残っているんだろう。だから、再現できる。既に全てを捨てたなら、もうシュリの見せてきた何かがないならば、再現も出来やしない筈だ。なら信じるだけ!
おれが、あれだけ言ったおれが!
このおれが!
自分はもうって諦めている、そんなおれみたいな女の子を信じて手を伸ばさなくてどうするんだ!
「……信じる、かの?」
「ああ、信じるよ。君の絶望は、おれも何となく分かるから。だから君を救い出す、シュリ」
「そこまで言うなら、儂のヴィーラとなって欲しいがの」
くすり、と笑う眼前の幼き毒龍。おれは良いよとそれに微笑み返す。
「む?」
「下門のようになるなら困るが」
「あやつかの?あれは嫌悪の力。自分が嫌で変わりたいというから与えた、世界を欺き他人になったように見せかける幻覚毒じゃよ」
やはり、と、かまをかけてみたが正解だったと理解する。
下門のあのコラージュは、アージュ云々とアヴァロン・ユートピアが言っていたから恐らくと思っていたが、やはりシュリが与えた能力か。
だから、これからする事は決まった。
「ま、お前さんは勇敢の力じゃから、ああはならんよ?」
よしよしと警戒せず手招きする龍少女。何というか、無防備過ぎて逆に不安になる。
だが、おれは請われるままに近づいて……
「ではの。儂の血をもって」
おれに近付く唇。その桃色の隙間から覗く八重歯。
「実は血さえ混ぜれば何処でも良いがの。お前さんは特別に……」
ハイライトの無い瞳が閉じられ、んっ……と吐息が溢れる。背伸びした龍少女の唇がおれに触れる、その瞬間。
「もう離れんでくれよ、儂の運命のヴィーラ」
「ああ、だから……」
近付く胸、響く鼓動。その心臓部に……
「雪那朧尽衝」
魂の刃を突き立てる。
「こふっ……?」
前と違って熱を持つ濡れた唇を合わせたまま、唇の端から血を流し、龍少女が信じられないというように眼を見開いた。
「何故じゃ、お前さん……?」
少女はおれから離れず、唇を合わせたままに眼を白黒させ困惑する。
「何故こんなことをする?お前さんに何の得がある?
儂が敵じゃから殺したいならばそれも良かろ?殺しに来られるだけなら理解は出来るとも。ま、殺されても死なんがの」
ふっと漏れる吐息。おれの中に入ってくるそれが何かになっておれの中で渦を巻き始める。
『そうです、何をしてるんですか兄さん!』
「アージュ。おれは君の中のシュリを信じる。君を救ってみせる。君が寂しいなら、ヴィーラって眷属にでも何にでもなってやる。そして何時か、一緒に神様に頭を下げよう。
でもね、だからこそ……」
きっ、と唇を離すと共に距離を取り、始水!とおれは絶句してるのか返事の無い神様を呼ぶ。
「『スカーレットゼノン、アルビオン!』」
「!?お、お前さん何を!?」
「良いかシュリ。さっきのが下門の分、これからの一撃が、リックの分!
世界を滅ぼした罪、一緒に償ってやる。
だから!まずは自分が撒き散らした苦しみを味わって理解しろ!シュリ!」
だが、その言葉を聞いてほっとしたようにシュリは微笑する。
「しかしの。もうお前さんは儂のものじゃよ。眷属たる六眼が儂に傷付ける行動など取らせて貰えると思うたのかの?
甘くないか、お前さん?」
その瞬間、肉体の自由が奪われ、おれは勝手にシュリに背を向けて……
「シュリこそさ。分かってないよ。
君がもう一人じゃないように、おれだってとっくに一人じゃない」
だろう、アルヴィナ?
すっ、と体の感覚が薄くなっていく。爆発的に膨れ上がった愛刀の雷がおれの体を焼き、ボロボロに変えたことで死霊術が効くようになった肉体がアルヴィナの制御下に移る!
「何じゃそれ……儂に一人じゃないと言うために、そんな無茶して眷属にもなって、なお立ち向かうのかお前さんは……?」
「当たり、前だ!」
その言葉に、すっと災厄の毒龍たる少女は眼を閉じた。
「今回は負けで良いよ、お前さん。
まあ、次は知らんがの?」
「……ああ、起こしたことの痛みを知ってくれ、シュリ。次は君を救いに行く。
『龍!覇!尽雷断!』」




