帰路、或いはやらかし
戻ればもう会食(庭園会の筈なんだけど外が土砂降りで雨避けの魔法もかなりの負担がある。主におれのせい)は終わっていて、不満げな様子を隠す気もないアイリスを連れ、シュリを元の居場所に返して家路に……ってか郊外の学園への道を辿る。
「アイリス、そろそろ……」
ぺろぺろとおれが取り出した林檎の飴を転がす妹。ゴーレムが傘となり、雨から物理的におれを護る。
だが、不機嫌な妹はそのままおれを無視した。
「……悪い」
「お兄ちゃん、当初の、目的」
謝れば返ってくる言葉。
「あの毒物と、仲良く……じゃ、ありません……」
言われればそうだ、おれは苦笑して、軽くごめんなと言葉を紡ぐ。
「真面目に、やって……
したくもない、婚約……選ぶフリ、してる……から」
「でも、未来はちゃんと考えないと駄目だぞアイリス。呪われたおれと違って、君には幸せな未来があるべきなんだから」
ぺしん、とおれの頭が小型猫ゴーレムに叩かれた。痛くはないが心だけは痛い。
「お姉ちゃんに、言い付け……ます」
「姉上等と仲直りというか、仲良くなっていたのか」
降ってくる言葉に、おれは少しの感心と共にほっこりする。アイリス、ちゃんとおれの知らないところで家族の皆と交流なんてやってたんだな……
「アナスタシア、お義姉ちゃん……あの他人達は、知りません……」
「ってアナかよ!?」
血も義理の縁も繋がってない赤の他人はそっちなんだが!?
でもまあ、今も呪いを宿したおれはそう思っているとはいえ、アナに泣かれるのは確かで……それはあまり、見たいものではなかった。
だから、言葉を翻して話題を変える。
「……元々言ってたあれな?」
「何が、起こるの……?」
その言葉に、あの二人の態度などを少しだけ思い出して、簡単に結論付ける。
やはり、やるだろうな、と。
「アイリス、アイリスの婚約者を目指したとして……確実に負けない為には何をすれば良い?」
「相手を、殺す……」
物騒すぎる。まあ、ある意味では真理だけどさそれ。
「それは捕まるよ。そうじゃなくて、もう少し穏便に」
いや、穏便かあれ?とやらかしの内容を思い出しながらおれは横の妹に言葉を投げた。
「じゃあ……スゴい、ゴーレム?」
「そう、恐らく次で覚悟を決め、これで最後と言った時に彼はとんでもないゴーレムを完成させるんだ」
「どんな?」
「人語を解し、自律稼働してくれる合成個種」
その言葉に、妹の耳がぴくりと跳ねた。
「……本気?」
「ああ、彼はそれを完成させる。そして、だからアイリスとの結婚を、と言い出すんだ」
目を見開くアイリス。あまりにも驚愕だろう。
実際そうだ。ゴーレムについては類い稀な才覚を見せつけるからこそ、アイリスはこのおれの言葉が如何に狂っているか分かるのだ。
「……なら、仕方……ない。
でも、作れるようには、到底……見え、ません」
ま、そりゃそうだとおれは妹の頭を軽くぽん、と撫でた。
「見えないだろ?
でもさアイリス。実は彼の取る最後の手段と似たものなら、もう見てるんだよ。それと似た最悪の手を使い、彼はそんなとんでもないゴーレムを完成させる」
分かるか?と微笑むおれ。このヒントで、彼の作るものの正体が分かるだろうかと妹を暫く見守る。
すると、少ししてなにかに気が付いたように、横の妹は細すぎた左手を目の前に翳した。
「魂の白石」
「そう、レリックハート。竪神貞蔵さんの魂を物質にした白い石。あれを組み込めば、LI-OHはそれなりに自律して行動が可能だ」
「それ、自律と……言いません」
嘘つき、とじとっとした眼で責められて、おれは肩を竦めた。
「そうだよ、自律とは本当は言えない。人間が動かしてるんだからね。
でも……それがバレなければ?」
「……最悪。
人間を、合成個種の……素材にして隠す、話?」
おれは静かに頷く。
「そうだ。ゲームにおける彼は、勝つために、アイリスに絶対的なアピールをするために、『兄を確保する為に買ったが正直要らない妹』を素材として組み込んでぱっと見自律稼働するゴーレムを完成させるんだ」
「……殺人」
暫し呆けた後、妹は苦々しげにポツリと溢した。
「そうだな。だから、それがおれの言っていたやらかしだ」
「ゴーレムの体は、人間の魂に、合いません……
特に、合成個種なんて……一日たたず、崩壊していく……だけ……
最低」
少しおれとは違う切り口に笑いながら、おれは怖くなったのか怒って離していた距離を縮めてぴとっと寄ってくる妹に寄り添って歩く。
「ああ、組み込んでも長くは持たない。死んでいくしかない。
でも、彼はそれをやる。やってしまう」
「……許せ、ません」
「ああ、だから……アイリスならどうする?」
おれが聞くと、妹は少しの怒りを表情の薄い顔に浮かべて、何時ものように息を多めに途切れ途切れのものではなく、一気に言った。
「作れない状態に追い込みます」
「過激すぎるし、きっとやるってだけでまだやってない。
それに、そもそも彼だって才能がない訳じゃないんだ。心の奥底を見透かされたとして、実行に移してないのに暴力で止められたら、それこそ彼の心は悪に落ちるよ」
「なら、何を……」
「そこで、アイリスやアルヴィナの出番だよ。ぱっと見バレない替え玉を用意して、犠牲になるあの子とすり替える。
そうすれば、ドヤ顔で人を組み込んだと隠して自律する合成個種を出したと思った彼は実はアイリスのゴーレムやアルヴィナの死霊を組み込んでるだけだから制御を簡単に奪われて、そこでバレてた事を知るんだよ。
でも、実際には誰も殺していないんだからさ、この場合は反省すればやり直せる範囲の罪に収まる」
その言葉に、少しだけ迷うような顔を見せた後、妹はこくりと頷いてくれた。幼いツインテールが揺れる。
「お兄ちゃん、信じる……
だから、あの魔神に、頼る……必要は、ありません……
今回は、二人だけで、解決……します」
「いや、それじゃあ交遊関係拡がらないだろ?出来たら協力を」
「お兄ちゃんを苦しめる、泥棒……
仲良くする道理、ない……です」
あまりの反応に、前途多難だとおれは溜め息を吐いた。
助けてくれアナ!




