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通話、或いは《混合されし神秘の切り札》

降りしきる雨の中、膝を折って心配そうにおれを見つめるシュリ。

 その周囲には何かバリアでも貼られているかのように雨粒は落ちてこず、その結界はおれも一緒に包み込んでくれる。

 そんな中、無意識に地面に倒れ込んでいたおれは、シュリの八重歯に切られた唇を濡らす雨水の溜まりが揺れていることに気が付いた。

 それは、水鏡の予兆。アナが何時ものように、おれの居場所に向けてそれを使っている証明。

 

 霞む頭を上げようとして、下手人が手を……というか尻尾を貸してくれる。雨を受けていなくとも周囲の空気によってひんやりしたそれを枕に、何とか頭を持ち上げて水溜まりと距離を取ったところで、水溜まりに像が映った。

 

 「竪神、どうした?」

 『「すまない、皇子。アイリス殿下と少し連絡が取りにくい。やはり迷惑なタイミングだったろうか。

 だが、危機的ではないが面倒に過ぎる事態だ、鍵の解放をお願いする!」』

 「何があった」

 『「分からないが、可笑しな人間達に襲われている!強くはない、魔神でも円卓でもない以上、下手に命を奪うわけにもいかない!

 だからこそ、LIO-HXで空から強行突破、離脱する!」』

 「了解!」

 言うとおれは胸元についているバッジを軽く叩いた。

 これはアイリスへの合図だ。遠すぎると届かないが今なら楽勝で届く。これを受けたら……気が付く筈!

 

 うん、そう。おれに操作とか無理なんだよな、そもそも魔法が使えないし。

 『「ああ、すまない皇子!

 

 行くぞ父さん!特命合体!制空の蒼き鬣、LIO-HXっ!」』

 ぐん!と見えていた彼の周囲に緑の光が無数の数字を描き……

 

 『「ふぅ、聖女様方、息を吐いてくれ、一応これで安全……とは限らないが、かなり状況はマシになる筈だ」』

 その言葉と共に揺れていた水面が安定し、青年のもたれる椅子の背後からひょこっと二人の少女が顔を出した。

 

 そして、何だか微妙な顔になった。

 『「お、皇子さま!?」』

 「む、儂?」

 その青い瞳が驚愕と共に見詰めるのは、おれに尻尾を枕として貸した毒龍少女。

 

 『「ぜ、ゼノ君その娘って」』

 と、その瞬間頼勇の切れ長の目が細まる。何かを見通すような瞳が、おれとおれに尻尾を貸すシュリを暫く見詰めて……

 

 『「聖女様方、特に腕輪の聖女。愛しの皇子がまた新たに女性を引っ掛けていて気が気でないのは分かるが、今はその事をあまり話す余裕はない。彼を信じて帰ろう」』

 『「は、はい……」』

 何処かむーっと頬を膨らませながらも、アナは分かりましたと背後に戻る。

 

 これだけで理解した。シュリは敵って話は昨日夜に頼勇と交わしたが、その結果アナに何か思うところが出来たんだろう。が、頼勇はおれを信じて、シュリを刺激しない道を選んだ。

 

 「すまない、竪神。

 そしてシュリ、今からの話、聞いてても面白くはないぞ?」

 「そうは言うがのお前さん、儂が居なきゃ駄目じゃろ?随分とまだ苦しそうじゃし」

 いや、君の毒のせいだろうと言いたくはなるが……責めない。

 あれがヤバい毒ならば敵として対処する。だが、あくまでもおれの本音を探るための毒だったようだ。単におれが心の奥底に隠していた何かに耐えられなかっただけ。

 だから、まだ敵とは言わない。シュリ自身きっと迷っていて、そんなことをしたのだろうから。

 

 そのまま何とか膝立ちになれたおれを支えるようにシュリが横に来てくれて、どうすべきかなぁといった表情の頼勇とおれは向き直った。

 

 「それで、本当に何があった?」

 『「リリーナ様の方の聖女様が、コケツに入らずんば孤児?を得ずという言葉を言われて……」』

 「『虎穴に入らずんば虎子を得ず』。ニホンの言葉で、翻訳すると……エルフに逢いに行かなければエルフの嫁なんて得られない、みたいな奴かな?」

 まあ、本来虎だからもっと危険だけどさ、似たような意味だ。

 

 『「理解した。だから、湖の端を進みトリトニスから更に先を目指していたんだが……その時、向こうから襲われたという話になる。

 謎の覆面を付けた存在達に。あれは何者か分からないが、強くはなかった。そして、自分達を……『ダハーカさま』の使徒と名乗っていた」』

 何か聞き覚えはあるか?と言われておれは少し記憶を探る。

 

 割とすぐに出てきた。

 「アジ・ダ・ハーカ」

 『「何なんだそれは」』

 「地球のゾロアスター教って宗教に出てくる世界を滅ぼすと言われるドラゴンだよ」 

 『「地球には、そんな怪物が……」』

 驚いたようなその言葉におれはいやいやと苦笑する。

 

 「実はな竪神。この世界と違って、あの地球の宗教神話って大概が人々が死後への不安とかを無くしたり、統治の権威を付けたりする為の『創作物』なんだ。恐らく、そのアジ・ダ・ハーカも実在しない」

 『「そ、そうなのか。複雑だな……」』

 珍しく困った顔をする頼勇。精悍な顔付きが緩むが……まあ、この世界って七柱の天も禍幽怒も実在が確認されてるしな。神が架空ってのがまず頭に無い発想なんだろう。

 

 ……だから、恐らくカルト宗教らしきものを謎集団とか言ってしまう訳だ。実在しないだろう……

 

 その瞬間、脳裏に電流が走った。

 「アジ・ダ・ハーカ。そうか、そうだ……」

 『「皇子?」』

 「竪神。そのダハーカ様とやらの正体は実在する神だ。

 神話のアジダハーカは、総ての悪の根源とされる"三つの首の"ドラゴン」

 『「そうか、碑文にあったという堕落と享楽の亡毒、アージュ!」』

 その言葉に強く頷く。

 「"アージ"ュと、最初の言葉も符合する。つまり、ダハーカ様とはゼロオメガ……アージュの事だろう」

 『「つまり、《混合されし神秘の(アルカナ・アルカヌム)切り札(・アマルガム)》を名乗る彼等は、円卓に類する者か!」』

 水鏡を通して響く言葉に、横のシュリが何故かびくりとした。

 

 ……って、そんな訳は無いだろう。何故かじゃなく、多分だがアナの態度からして襲ってきた中にシュリの姉が居るんだろう。

 だから、おれの横に良く似た顔の女の子が居て既に此方にも!と焦ったというのが真相だろうな。

 

 「ああ、恐らくは。ってか、奴等そんな名前だったのか……」

 アルカナ・アルカヌム・アマルガム。長いからもうAAAとでも略すか。

 「竪神、帰れるか?」

 『「勿論、聖女様方を護るために私と父は同行したのだから!」』

 その言葉と共に、ぷつりと連絡は途切れた。

 

 それを受けて、複雑そうな顔で、それでもおれに手を差し伸べる毒龍に手を借りながらおれは何とか立ち上がる。

 もう、気分の悪さも頭の霧も殆ど無かった。

 

 「お前さん……」

 「何て言うかさ」

 少しどう誤魔化すか考える。だが、変に悩むだけ不安を煽りそうで。

 「シュリのお姉さん、その変な組織に無理に使われていそうだな」

 きゅっと呼び出した愛刀をシュリに峰を向けるように注意しながら握り込む。

 

 ……結局これしか思い付かない。実は敵のリーダー……の可能性も勿論あるんだが、シュリを信じていると言うなら、そこで敵と疑っちゃいけない。だから、毒を使われている被害者として語る。

 「……そう、らしいの?」

 そんなおれに、敵としての正体を隠しきれるか悩んでいるのか、曖昧にシュリは笑ったのだった。

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