薬膳、或いは毒龍
「お前さん、すまぬ!」
今日も今日とて早朝に刀を振るっている際に現れた紫髪の少女は、開口一番深々と頭を下げた。
「シュリ?」
「儂、自分が毒じゃしあまり分からず、儂の毒とは反発するから薬じゃと思うて毒草を混ぜて持ってきてしもうておった」
……何か言う前に謝られると、何とも返せなくなる。
「主殿も毒も薬も使いようの差と分けておらぬからの、お前さんにはそうと知らず半ば毒を盛ってしまうような事になり、誠儂は馬鹿じゃの……」
頭を下げたまましゅんとする毒龍少女。大きな尻尾も垂れ下がり、完全に意気消沈といった趣だ。
これが敵?となるくらいだが……演技派なら有り得はするだろう。信じきるなとおれは内心で気を引き締めた。
が、そもそもおれはシュリを信じている。それは敵じゃない、という形ではない。敵だとしても、あの日のアルヴィナや下門のように、分かり合える何かがきっとある、という方向だ。
だから、正直な話をすれば敵でも良いのだ。アヴァロン・ユートピアのように到底相容れられない存在でなく、言葉が、心が通じるならば。
だからこそ、おれは本当か疑わしい言葉にも出来る限り優しく笑って、大丈夫と鉄箱を差し出す。
「シュリ、確かに毒にもなるものが入ってたけどさ、精一杯だと思ったらそんなに気にならなかったよ。毒同士打ち消し合うものがあるのも分かるし」
実際、あの下剤は毒を吐き出す薬にもなるし、奇跡の野菜は……毒だろうけど効果って不明なんだよな。毒に弱いとおいしく感じるだけ。
変な中毒性でもあれば話は別なんだけど、現状そんな話もないというか、美味しすぎてハマってるだけらしく、血相変えて金を積む人間は出ても、手に入らないと禁断症状が出る報告はない。
だからこそあまり対応出来ないというか、毒物だと言えないんだよな。麻薬みたいに症状が出れば毒物として取り締まれるんだけど……
ってそんな事考えてる場合かよ、とおれは苦笑しながら蓋を開けた。
ついでに、ノア姫に保温して貰っていた鉄カップも差し出す。一番うまく出来たというスープが湯気を立てた。
「む?」
「効果を消さないまま、精一杯作って貰ったよ、料理になるように」
ま、とおれは頬を掻く。
「言ってたように、出来る人にやって貰っただけで、おれが何とかした点はないんだけどさ。
それでも、シュリ。きっと、味を感じられると思うんだ」
なんと!と少女の緑の瞳がキラキラと輝き、視線がおれの手のカップに移る。
「味などほぼ知らぬから、変な感想になってしまうかもしれぬが……」
「上手く行ってるのかも微妙だしね。
でも、食べてみてくれると嬉しい」
そんなおれの手から、優しくカップが取られたかと思うと、ちびりと赤くて先が割れた舌が恐る恐る緑色したスープに触れた。
最初は怪訝そうだった表情が段々と眼を見開いていき……
数秒後、くいっと小さめのカップが傾けられて一気に中身は喉に流し込まれた。
「あっ、熱っ!?」
そして、目の前で眼を白黒させる龍少女の姿が其処にあった。
……いや龍だろと思うが、別にこの世界のドラゴンって火を吐くものって訳でもないんだよな。何なら龍姫も水神だしな。
「まだまだあるし、慌てなくて良いよ、シュリ」
と、おれは少女の背をさすってそう呟いた。
なんで、あまり爛々と眼を光らせないで欲しい。見えてるぞアルヴィナとアイリス?
二人して訓練場の隅に積まれた道具(魔法で直せる的のようなアレだ。実際に鎧のように硬いものに剣を振るう際の練習に使ったりする。おれは即座にぶった斬る上に魔法が使えず直せないから使えないが)の裏から爛々と眼を光らせて此方を監視している。横並び……ではなくちょっと距離を取って間に的一個を挟んでいるのが今の二人の距離感を示していて少し寂しい。
「あ、熱いの。
じゃが、何じゃ?何なんじゃこれ?儂の知らぬ刺激……違うの、刺激ではないが何か染み込むような……」
少し恍惚としたように、少女はおれが続きのスープを鉄瓶から注ぐや次は火傷しないようにか一口含んで喉に流し込む。
うん、気に入ってくれて何よりだ。それに、これが演技にはとても見えない。
まるでアイリスを見ているようだ。外界に対して毒という壁があったせいであまりにも何にも触れてこなかった幼さが見て取れる。
ああ、だからだと太い尻尾を地面を擦るように左右に振る龍少女を見て思う。彼女は敵かもしれないが、不倶戴天の敵じゃない。
だから信じよう、彼女の中にある、おれに期待している何かを。ヴィーラというらしいそれは、きっと……
「って、シュリ。スープばっかり飲んでたらバランス悪いよ」
と、おれは三杯目を期待して完全に飲みきったスープの鉄カップをおれへと両手でしっかり握って差し出してくる龍少女に向けて鉄箱からサンドイッチ……ではなくもう一個まだ上手くいったという料理を銀のフォークに刺して差し出した。
それは、肉と混ぜた香草団子。臭みは消えるが味が酷くなると言うことで、寧ろ独特の臭み同士で打ち消し合うようにと熊魔物の肉を使っていたり茸が使われていたりとかなり試行錯誤したらしい。アナタが言うから癪だけどなんて買ってきたのよ、と釘を刺された程だ。
銀食器は毒に変色しやすいが、団子を刺しても特に変化はない。む?と期待を込めて受け取った少女の汗が薄いとはいえ毒だからか、少しだけ柄に変色の兆候が見えるが……ぱくりと一口で小さな口に小さな肉が消えても先端に色の変化はない。
……いや、もごもごと舌の間で転がしてこくんと飲み込むまではそうだったが、少しするともう変色が始まっている。
本当に一瞬しか毒を中和出来ないんだなと、おれは少し唇を噛んだ。
これじゃあ、ノア姫くらいの人が解毒作用のある薬草を料理してくれて初めて何とか一度味のあるものを食べられる程度。
っていうかここまで全身毒物だと通ってきた地面大丈夫かこれ?被害出ないように清掃を……
と思ってアイリスに無言の瞳で訴えようかと思ったら、もう父シグルドが魔法で何か連絡していた。
いや待て父さん来てるんだが!?何やってんだあの人!?
……冷静になれおれ。明らかに怪しい毒龍なんて監視しに来ない方が可笑しい。ぶっちゃけ、シロノワール(正体は魔神王テネーブルの魂)並の厄ネタだもんな。
シロノワールは今に限って言えば味方してくれている第三勢力だし、シュリも似たようなものだと信じたいが……もしも円卓みたいな側だと本気で困る。おれを信じきる訳にもいかないだろう。
というか父さんもアイリスもだけど、隠れるならもう少し隠れてくれ。見えてる、見えてるからな?
「お前さんよ、賑やかじゃの?」
「シュリに興味があるんだよ。毒だと言われて不安なのと、普通に外見は可愛いのとあって」
「あまり歓迎されてはいないようじゃがの?」
気にも止めないように、龍は呟いた。実際、敵意には慣れているのだろう、おれに作ってきたのが毒だったと告げた時よりも余程余裕そうに龍少女は二つ目の団子に手を伸ばした。
「大丈夫、シュリ。
気にしなくて良い、あれはおれを心配してるだけだから」




