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ノア姫教室、或いは記憶の毒

「駄目、かな?」

 えへへ、とはにかむ黒髪の少女。男らしく少年らしくといった気を張った雰囲気が抜けると、何処か女の子らしさが出てきている。

 まあ、外見は何時も通りなんだが、纏う空気というかそういったものがアナに似てきたって感じだ。

 

 「あら、どうしてアナタに対してわざわざ労力を使って物事を教えてあげないといけないのかしら?ワタシ、料理の先生じゃないわよ?

 授業に関して分からないことならばまだ教える理由もあれど、これはプライベート」

 静かにエルフの姫はボーイッシュな少女を見上げる。

 ……あ、ノア姫より桜理の方が背丈ちょっと高いんだな……って良く良く考えるとその程度の差って桜理がかなりちっさいな。

 

 「……習いたい、じゃ駄目かな?」

 「それが通ると思う?子供かしら、教えてあげる義理がワタシにはないから、義理を作って見せなさいという話なのに、情に訴えてどうするのよ」

 呆れた、とエルフの姫は溜め息を吐いた。

 

 「あ、そうだ。居ない時の為に僕も薬草の知識とか……」

 更にじとっとした目が細くなる。

 「あのね、確かに一理あるように聞こえる理屈ね、それは。ワタシだって何処かで大怪我するかもしれない、その時の為に学びたいというのは、一見して正しいでしょうね」

 

 でも、と纏めた金髪を左右に揺らしてエルフは言葉を紡ぎ続ける。

 「ワタシ、これでも10年くらいかけて色々と学んできたのよ?アナタじゃ何年掛かるのかしら?

 それだけの期間と労力をかけてあげる必要と価値が本当にあると、アナタはそう言うの?」

 「うっ……」

 何時もの手厳しい言葉に打たれ、ノア姫慣れしていない黒髪の女の子がみるみるうちに頭を垂れた。

 

 「やっぱり駄目なのかな……僕じゃ」

 「そんな事はないぞ桜理」

 と、おれはその肩をぽんと叩く。

 思わず振り返った少女の頬が軽く伸ばしていたおれの人差し指に当たり、ぷにっとへこんだ。

 

 「ノア姫はこう見えて基本優しいものだ」

 「こう見えては余計よ」

 「だから、こういう時はこう頼めば良いんだ」

 言いつつ、少女の代わりにおれはノア姫に向き直る。そして、軽く頭を下げた。

 

 「桜理……オーウェンの母親は一人で、目が悪い中頑張ってるんだ。だから、こういった薬草料理なんかで労う方法を知りたいし、持っていってやりたいんだろう。

 でも、知り合いだからってただで貰っていくよりは、せめて何かしたかった」

 そうだろ?とおれは笑いかける。

 こくこくという頷きがボーイッシュな少女からは返ってきた。

 

 「だから、手を貸してくれないかノア姫?」

 「そう、親孝行の為に、労力で対価を払うというのね。

 分かったわ。どうせ灰かぶり(サンドリヨン)の頼みで料理にしてあげるのだもの、下拵えを手伝うならその分多少持っていくくらい構わないわよ」

 ふふん、と自慢げな瞳がおれと桜理の間を回る。

 そう、これなんだよなノア姫。基本こんなだ。

 

 相応の頼み方をすればプライドが高い割に……いやだからこそ受けてくれる。

 

 「あ、くれるんだ……」

 「あげてないわよ、等価交換」

 と言うが、価値はノア姫が決めてるわけだからな。安売りはしないと言いつつ、端から見ればかなり代価に見合わないくらいにやってくれるんで等価とは言えない。

 

 まあ、認めてくれた相手でないと滅茶苦茶高く吹っ掛けて諦めさせてくるんだろうけど……

 うん、うちの兄がエルフを懐柔して地位をと言ってパーティに誘って無理難題吹っ掛けられてるのを見たしな、何やってるんだあの兄さんは。

 

 「……ご飯、だけ」

 更にひょっこりと姿を見せるのは猫のゴーレム。帰ってからかなり不機嫌だったし疲れて眠ってもいたアイリスだ。

 今回は自力で外に出てきておらずゴーレムだが、流石に一人で外出は無理があるだろう、何も言う気はない。

 

 「何様よ」 

 「お兄ちゃんの、妹……様」

 「そこは皇女様でこの辺りの所有者様で良いだろアイリス!?」

 何でおれに絡める。

 

 「……そうね、場所を借りるのだから、一部わけてあげるのも当然ね」

 「というか、食べると言うだけアイリスも外に興味を持ってくれてるんだ、おれからもお願いする」

 と、エルフは突っ込まずにスルーしてくれた。

 耳が少し怒りか上向きになりほんの少し絞られた感じがあるが……うん、すまないノア姫、最近のアイリスは特に子供っぽい。

 

 「……ボクも」

 と、更に扉を骨の腕でこじ開けさせて入ってくるのは、黒い衣のネコミミ亜人種の女の子。

 所在無さげに誰かを昨日待っていた彼女が、不機嫌そうに黒髪で隠れた下の満月の瞳を爛々と輝かせ、ほの昏い纏うドレスの闇からスケルトンを生やしつつこの場に侵入を……

 

 「あ、アルヴィナか」

 何だ警戒して損したとばかりに召喚した愛刀の柄から手を離し、おれは息を吐いた。

 「そう、ボク」

 しゅっと屍は何処かへと仕舞われて消え、同時に纏うほの昏いオーラも掻き消える。後に残るのは何時ものアルヴィナだけだ。

 というか、屍の皇女の力を一部解放してなかったか?何があったんだ?

 

 怪訝そうに見るおれの右(すね)が、鋭い爪を持つ何かに蹴り飛ばされた。シロノワールだ。

 

 更にじとっとした三対の眼がおれを見つめている。

 

 ん?三対?と思えば我関せずといったようにアイリスゴーレムは丸くなっておれの頭の上に陣取っていた。

 

 「皇子、ボクは怒っている」

 「どうした、アルヴィナ」

 「今さっきまで、ボクを無視していた。

 許せない、埋め合わせを要求する。ボクも食べる」

 と、おれの左手を取るや軽くその中指に歯を立てるアルヴィナ。

 

 ……そうだな。言われてみたらおれはさっきまでアルヴィナの事をアルヴィナと認識していなかったのか?

 まるでそれは……って駄目だなと今はその思考を振り払う。

 

 「ごめんな、アルヴィナ」

 そして、軽くエルフにも頭を下げた。

 

 「すまないノア姫、そういうことなので、アルヴィナの分も頼めるだろうか?」

 「まあ、仕方ないわね、アナタの不始末に使われるのは少しだけ癪だけれど、今回はアナタ側に自覚もないでしょう?」

 その言葉に頷くしかない。

 

 「どうしたんだろうな、おれ。

 まるでコラージュされた……いや、寧ろ下門みたいな……」

 こいつの影響なのか?とおれは愛刀を見下ろす。下門が手を貸してくれた事で完成した新たな愛刀、湖・月花迅雷。そこには、かつて彼を苦しめた何かが残っていて、それがおれの認識を狂わせたのか?

 

 「皇子、ボクをあの時覚えてたのに」

 恨めしそうに、狼少女はおれの指を齧り続けた

 「ごめん、アルヴィナ」

 「寧ろ、さらっと思い出しただけ獅童君が凄いんじゃないかな……」

 「……許す、ボクは皇子には寛大」

 なんて言いながら、飴玉か何かのように舐め回したおれの指をちゅぽん、と唇から離し、少女は何時もの帽子を被って一歩離れた。

 

 ……許すと言う割に、歯形が指に残っている。噛み千切ろうとしたように、結構深々と。

 でも、良い。心配かけたし、これで溜飲を下げてくれるならば構わないかと軽く唾液を……

 

 「あーにゃんに言いつける」

 「アナはおれの親か何かかアルヴィナ」

 どうやら駄目らしい。仕方ないなと苦笑して、おれはぽんと何故か忘れていた女の子の頭に濡れていない方の手を置いた。

 

 「……アナタ、記憶改変耐性高かったと思うのだけど、一体何が起こってたの?

 ええ、可笑しいと思ってたのよ、毒龍に変に肩入れ…………は、素でしそうねアナタ。ワタシに対してもそうだったし」

 くすりと笑うノア姫だが、紅玉の瞳はあまり笑っていない。

 「でも、この魔神娘を無視するのは可笑しすぎた」

 「言ったように、下門に掛けられていた何かに近い呪いがおれにも降り掛かっているんだろう」

 その原因は分からない。月花迅雷に残る遺志を通しているのか、いないのか。

 

 シュリが実は……という事も有り得るかもしれないが、あまり信じたくはないし、信じられない。

 「その毒龍こそが七大天の言う神話超越の誓約(ゼロオメガ)の化身、みたいなことは無いのかしら?」

 おれは曖昧に首を横に振った。

 

 「可能性は無くもないと思う。でも、彼女からは寂しさと絶望しか伝わってこなかった。手を伸ばすことを諦めているようだった。

 何処か、下門をそうした神というよりは、下門に近いように思えた」

 そう、だから思わず手を伸ばした。救われているように見えて、あまり救われていない。おれの手が届くかも分からないが、せめてと。

 「でも、こうして弁当を作ってきたり、おれに何かをして欲しそうに関わってきたり……」

 一息置いて思考を整理する。

 

 「だからさ、ゼロオメガにしては対峙したティアーブラックとは根本から何かが違うと感じた。何となく絶望しきってるようで、誰かに何かをまだ求めたがってる。あの神様ほど、自分以外に興味を喪っていない。

 だからおれはシュリを信じたいよ、きっとゼロオメガでも、さっき受けていた精神支配の犯人でもないって」

 この中で、シュリを知るのはおれとアイリスだけ。しかもアイリスは殆ど見てただけだ。

 

 「でも、もしも黒幕なら?」

 「止めるよ、絶対に」

 静かに愛刀に手を掛ける。そうだ、それすら本気で演技で、本質がアレと同じ神ならば……下門を狂わせた享楽の存在ならば。殴り飛ばして、倒すしかない。

 

 そんなおれを見ると、取り敢えず今は一番知ってるアナタを信じるわ、とノア姫は肩を竦めて会話を切ったのだった。

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