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妖精皇女の追憶(side:アイリス)

わたしはアイリスである。姓はまだ無い。何処で産まれたかは覚えていないけれども、ずっとこうして薄暗闇の中で一人ミィミィ鳴いていた事だけは記憶している。

 

 そんな事を考えながら、一人ぼっちの部屋で、一人きりのベッドの上で、たった一人のお兄ちゃんが買ってきた猫のぬいぐるみだけが居るその静かな場所で、わたしは一人、眼を瞑る。

 わたしは此処に居て、此処に居ない。


 幼きゴーレムマスター、妖精皇女に人形皇女。わたしを表す幾つかの言葉のように、今日も退屈な授業を聞く為に、下の階に居るゴーレムに意識を飛ばしていた。

 けれども、ゴーレムで兄の髪を弄るのにも飽きてきた昼過ぎ。もう、お兄ちゃんの知り合いの銀髪の孤児(名前は忘れた)メイドがちょっと焦がしちゃいましたと言っていたお昼時は終わり、彼女は一応メイドとして雇われたんですから頑張ります!と、上でどたばたと未だになれない仕事をしている事だろう。


 それは良い。あの子は良い。


 わたしは此処で一人きり。お兄ちゃんの髪を弄るのは飽きたし、入学3ヶ月目の魔法の授業なんて聞いてても全く面白くない。

 特に座学。歴史の授業の方が何倍も面白い。感覚で使えることを、理論があーだこーだはとてもつまらない。それの何が役立つのか、皆目検討も付かない。


 ただ、導かれるように力を込めれば出来る事。魔法書を書いてみるのだって、力を込めれば出来上がる。何を学べというのだろう。

 けれども、お兄ちゃんは、自分に魔法の力がないから実践なんて不可能なのに真面目に魔法でボードに書かれては消えていく文字を書き写している。


 何が面白いのかと聞いたら、おれには無意味だけど、折角だからって返ってきた。

 どうやら、学生じゃないから参加は出来ないあの銀髪孤児にまめにノートを渡しているらしい。御苦労な事だと思う。わたしには無意味でも、やっぱり人には意味があるのかもしれない。


 何度となく、有り難う御座いますと頭を下げられて、いや、正直授業中やること無いから暇潰しだよ、と兄が返しているのを眺めた辺り、ありがたいものなのかもしれないが、残念ながらわたしには興味がない。

 だから、邪魔しないために意識のリンクを切り、お兄ちゃんが集中できるように、わたしは此処に戻る。何時もわたし……というか兄に突っ掛かってくる留学生は今日は睨んで追い払ったから多分問題ない。


 そうして、静かに時間は過ぎる。居るのはただ、お兄ちゃんが仲直りと称して買ってきた猫のぬいぐるみのミィ一匹。他の子は置いてきた。

 

 ミィが来た日の事は、今でも覚えている。今から1年とちょっと前。動物展だ何だの数日後の話だ。

 動物展といっても、イメージが掴めず平面な猫ゴーレムを作っていた方ではなく、特別展。地位のそんなに高くはない騙しやすい貴族や商人の子息を拐い売り飛ばそうとしたあの事件から数日後。

 掌の真っ黒に焼け焦げて、そんな状態から治りきっていないのに血の滲む強さで骨刀を握り、少女の手を取ることで、瘡蓋となった炭化した皮膚が破れて膿と血にまみれた手を。毒の仕込まれた牙で貫かれて青紫に変色した大穴の空いた左腕を。

 そんな大ケガに対して治癒の魔法が全く効かないからと包帯を巻いただけの兄を、何よりそんな兄を小馬鹿にして話の種にするメイドの皆の姿を見る気になれなくて追い返していたある日の事。


 朝起きると、寝苦しかったから開けておいた窓の縁に、この子が居た。

 白い首輪を付けた、不思議な色合いのふわふわした猫のぬいぐるみ。後で聞いたら、ミケって言う西方にしか住んでない西猫の一種だって。


 その口には、犯人からの

 「助けてくれたお礼にこの子を贈ります。本当は本物が良いんだろうけれども、流石に飼えないだろうから。

 もう一度会えると嬉しい」

 という手紙が咥えられていた。

 

 その日から、この子はずっとわたしの部屋に居る。たった一人の兄がくれた、本物の猫の代わりとして。

 実際、それで良いと思う。何度か、この子を模したゴーレムを作って孤児院に向かった兄の様子を見てきたことがあるが、一匹の犬の世話も大変そうだった。 

 散歩に連れていって。食事は犬と人は同じものを食べられるとは限らないし、そもそもあの経営では同じものを作る余裕もあまりない(基本的に、お兄ちゃんの財布からお金が出てるから無駄遣いは厳禁だ)から別のもの。

 毛の掃除もしておかないと、と兄が自分も子供なのにより小さな子供たちと毛はたきを持って孤児院の隅から隅までどたばた駆け回っていたのも見たことがある。


 その点、この子は大人しい。食事も散歩も要らないし、毛だって落ちない。鳴かないし動かないけれど、抱き締めるとふんわり暖かい。

 だから、良い。メイドにお願いすれば本物だって飼えるかもしれないし、それはそれで可愛いとは思うけれど、わたしはこの子が良い。

 

 そんな事を思いながら、枕元のミィを抱き締める。

 そのまま、わたしは気が付くと寝息を立て始めていた。

 

 

 夢の中は何時も真っ黒。

 わたしは何時も一人で、全ては薄暗がり。それが、わたしの夢。ゴーレム操作とは意識を他に飛ばすもの。だからか、わたしの夢は何時も、これが夢だと分かる明晰夢。意識が普段とズレていても、それをそれと認識できてしまう。見る夢は、兄の語る夢とはかけはなれた、空虚な時間。


 だから、夢は詰まらない。わたしの夢には何もないから。わたしの世界には、物がないから。

 産まれたときと一緒。一人ぼっちで何もない。いや、あるのかもしれないけれども、薄暗闇では何も分からないも同じ。声は聞こえても、それが何を言っているのか全く分からなければ、風の音と同じこと。

 

 わたしは今も、あの闇のなか。病弱な皇女、物心ついてもベッドから起きられない妖精皇女。

 それは、決して誉め言葉ばかりではない。妖精なんて儚い生き物だ。小さく、儚く、人に似た姿をした幻想的で可愛らしく美しい生物で。魔法を使えば体が魔法の行使に耐えきれずに魔力の光となって消えてしまう。

 そんな生物を冠して呼ばれるのは、皇女の癖に体が弱い、役立たず、そういった意味も、きっとあるのだろう。


 実際わたしは、この寮に移ることすら一苦労だった。また何か誘拐があるかもしれないからと(実際にはそういった動きは無くて取り越し苦労だったけれども)、兄のメイド(といっても、彼女は兄ではなくその乳母の息子にしか目が行っていないのだけれども。わたしだったらクビにしている)の変装と入れ替わり、塔まで歩けないから兄のちょっと外での訓練で引っ掛かれてさと隆起した傷痕ででこぼこする背中に背負われて移動した。

 ゴーレムを使えば自分で行けたけれども、目立つから止めようとしたら、わたしは何も出来ない。

 こんな迷惑を皆にかけるような皇女は前代未聞だと思う。


 そんなわたしは、5歳で魔力を呼び起こした後も、6歳になった今も。誰しも遠巻き。誰も近付かず一人ぼっち。

 メイド達だって、一歩離れている。わたしに踏み込んできたのは、わたしを誘拐して、それで何かしたかったのだろう人と……

 

 薄暗闇に明かりが灯る。

 ふわふわして要領を得ない屋敷が、ぼうっと其処に浮かび上がると同時、遠巻きな風の音をかきけすように、一つの淡々とした声が響き渡る。

 「こうしてヘンゼルとグレーテルは、二人で手を繋いで魔女の屋敷からお家に帰ったのでした。魔女の持っていたお宝を手にもって

 その後、魔女のお宝で豊かになった一家は、もう子供を捨てるような事なんて無く、幸せに暮らしましたとさ」

 語られるのは一つのおはなし。兄が読んでくれた、真性異言(ゼノグラシア)が書いたという別の世界の寓話の一つ。


 だからさ、兄は妹を護るものなんだよ。この話みたいにさ。と、そう彼が……何かを後悔しているような、良く見せる表情で最後に付け加えた、幼い兄妹の話。


 その内容は、魔女なんて言われているのに魔女を名乗れるほどに魔法が得意じゃ無さげだったり、そもそも魔女の館になら魔法書あるだろうし、適性があえば自分が使って何時でもぽんこつ魔女を倒せるよね?と疑問ばかりであまり面白くは無かったけれど。

 それでも、きょうだいというものは、確かに互いに助け合うという点だけは良く分かって。

 

 だからこそ、思う。

 病弱な皇女と、奇跡の無い皇子。皇族として不適格なふたり。

 助け合う、たったふたりの兄妹。

 正直な話、アイリス派なんて派閥が出来てお兄ちゃんがその筆頭だというけれど(ちなみに他に誰が擁立派に居るのかなんてわたしも多分兄も知らない)、わたしは皇帝になんて向いてないと思う。


 もう一人の家族である皇帝……お父さんはお兄ちゃんの事を、『あいつは致命的に皇帝向きじゃない。あいつを次代にするなど有り得ないが、それを公言した時あいつの後ろ楯は何一つ無くなる。だから継承権を残しているだけだ』って言うけれど、それを言うならば、わたしの方がもっと向いてない。

 あの日、お兄ちゃんが手を大火傷しながら犬を助けにいったあの日。皇子の癖にとお兄ちゃんは野次馬から非難されていた。石だって投げられた。

 彼はそれを皇子なのに助けきれなかったおれの責任だと笑うけれど。


 ……見ず知らずの国民に助けてと言われて、助けたいとも思わずケージの中から見ていただけのわたしは?

 助けようとして全部は助けられなかった事が、助けようとしなかった人々に石を投げられる程に皇族として『わるいこと』ならば、助ける気すら起きずに野次馬に混じっていただけなんて、もっと悪いことだとしか思えない。


 そんな悪い皇女が、親しくもない誰かの為に働きたくないわたしが、人々の上に立つなんて無理にも程がある。幾ら実力主義が強く、普段の国家運営は出来る奴等に任せ、皇帝は責任や方針を決め、最終決定することが主な仕事だとしても。

 わたしは他人の為に動くことなんて出来ないしする気も起きない。だから、皇帝なんて向いてない。


 入学祝いとして届いた牛(魔物を家畜化したもの)のミルクをたっぷり使ったという高級クッキーを勝手に先に空けて食べながら

 『こんなんで皇族が死ぬはずも無いんで単なるアクセントなんだろうけどさぁ。

 酒浸けで毒抜かずに毒のままこの果実を混ぜたクッキーとかエキセントリックなもの贈ってくるよなぁ兄さんも』

 なんてお兄ちゃんが言っていた程に、他の皇子が皇帝になりたいなら、好きにすれば良いと思う。

 エキセントリックの意味は分からなかったけど。

 

 でも、たった一人のお兄ちゃんは、自分のためだよと笑って、誰かの為にその身を削り続ける。

 わたしに出来ないことを、皇子としての理想を体現しなければ皇族でいられない単なるおれの保身だよと言いながら、傷つきながらやり続ける。

 まるで、自分が救世主でなければならないって思い込んでいるように。


 そんな彼のためなら、わたしだって動ける。

 ……だって、お兄ちゃん自身がそう言ってるから。兄妹は助け合うんだって。

 

 ……だから。

 皇子でなくても、わたしは見捨てないから。

 傷だらけになるくらいなら、一生わたしに飼われれば良い。


 お兄ちゃんがあんなボロボロの体と心で救世主であろうとするなら……彼にとっての世界は、わたしだけで良い。


 嘘。あの銀髪の子は許す。お兄ちゃんに心を痛めて、奪われて。少しでも助けたいからと二つ返事で雇われたから、認める。

 でも、黒い方は駄目。お兄ちゃんのあの目を、ずっと追っていて。あれを見て悦んでいるような仇敵(オンナ)とは、わたしは相容れない。

注意:この話では主人公の事をたった一人の兄表現してますが、第三皇女には兄が8人、姉が2人、弟が1人、妹が2人居ます。

お兄ちゃん(第七皇子)以外の残りの兄弟全員を父親が同じなだけの赤の他人扱いしているだけです。

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