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スライム、或いは面倒ごと

「……貴様等」

 戻ってきてみれば、二つの巨人が睨みあっていた。

 一つは何処か流体的なスライムの巨人で、もう片割れはかなり普通のゴーレム。いや、生体にも見える辺り普通とまでは言わないか、所謂合成個種(キメラテック)だしな。

 

 後者も割と才能がある人間の使うものだが……前者が才能全振り過ぎてちょい霞む。

 原作ゲームでもその合成個種という個性では足りないと、更なる強みを盛って絶対的に優位に立とうとした結果、割と人道に(もと)る事をやらかすというシナリオだ。具体的に言えば……勘の良い君は嫌いだよとヒロインが襲われるような案件。

 

 とはいえ、『足りない』であって、明らかに向こうの方が凄くない?みたいな存在に押され気味とまではいかなかった覚えがあるんだが……どうなってるんだこれ。

 いや、当たり前か。元々はシナリオ上モブだった三人の枠とはいえ、シュリを連れたラサ男爵なんて居たらモブにしておけないだろう。何らかの差異で居なかった筈の才能ある彼が参戦してしまったから、原作より更に焦らせてしまったって話だろうか。

 

 となれば、おれのやるべき事は……寧ろラサ男爵を下げる形でこの場を収めること、だろうか。

 うーん、悪役染みた結論だ。とはいえ、そもそもおれ自身渾名は悪役令嬢だし、悪口ばっかり上手くなるし……やってやろうじゃないか。

 

 「お兄ちゃん」

 おれの姿を確認するなり駆け寄ってきて袖をきゅっと握ってくるアイリス。あまり剣呑とした空気に慣れていない妹にとっては本当に辛い場所だったのだろう。

 というか、敵意飛び交う場なんて、覚醒の儀のあの日以来かもしれない。

 

 「ごめんな、アイリス」

 「……来て、くれた、から……大丈夫」

 怯えた声と共に更にきゅっと寄り添ってくるオレンジの妹を庇うように二体のゴーレムと彼女の間の壁になるよう半歩進み、おれは二体を睨み付けた。

 

 「……さて、うちのアイリスが止めて欲しがっている訳だが」

 「何様が」

 「アイリスのお兄様で、皇子様だろうか」

 「此処は私の庭だ。アイリス殿下の為に貸し与えているものの、所有権は私にある」

 と、おれに変な抗議をしてくるのは少し疲れた顔立ちのワカメヘアーの男性(34歳)。

 

 そう、彼がやらかす当人、合成個種使いのタック・リセント子爵である。34歳で20下のアイリスに執着するとかロリコンかよとなるが……うん、ロリコンかもしれない。

 「そうです、出てかないとお庭のおそうじがたいへんで……」

 と、男に合わせて告げるのは一人の小さな女の子。大体アイリスくらいの背格好のメイドだ。頭に大きなネズミの耳があるところから獣人だと分かるだろう。亜人と呼ばないのは彼女に魔法能力がない事を知ってるからだ。

 髪の毛の色は灰、おれの灰銀色より更に光沢がない。まあ、ネズミと言えばグレーな気はするしそう変でもないだろう。

 そんなメイドの横に控えるのは、そんな彼女とはかなり違って重用されているんだろうなと思える外見の男の子。外見はまあおれ達とそう変わらないくらいで、黒髪だがネズミの耳が少女との血縁を主張している。

 彼はあの子の兄だ。兄妹で子爵に買われている奴隷で、一応攻略対象の一人。といってもメインではなくおまけのサブルート枠だが。フォースと同じだな。

 

 「……それは分かるが、己のゴーレムを出すまではやりすぎではないのか」

 「そうじゃの。お前さんもっと言ってやるんじゃよ」

 いや、煽るな煽るな。煽られると上手くいかなくなるぞそれで良いのかシュリ。

 

 「戻ったか、アーカヌム」

 その言葉に眉を潜める。

 シュリと呼んでくれ、自分を示すのはシュリだと言う言葉は当人から聞いた。なのに、その主人はシュリではない単語で彼女を呼ぶのか?何かが可笑しくないだろうか、それは?

 ……いや、疑いすぎても頭が痛くなるが…… 

 

 「……ラサ男爵、リセント子爵。

 この場はアイリスの為の場。貴殿方が戦うための場ではない。それ故……」

 ひゅん、と頬を霞めようとする何かを咄嗟に袖を掴まれていない左手で叩き落とす。

 それは、硬質化した針のようなもの。剛毛過ぎるそれは、地面に落ちると焦げ茶色の毛に戻った。

 

 「……子爵」

 「護衛の忌み子を倒せば、そんな奴より私が殿下の横に相応しいと分かるはず。ならばもう、面倒な選考も何も……」

 おいちょっと待てそこのアホ子爵。

 「……正気か?」

 「成程、一理ありますね。アーカヌム、決戦形態です、貴女の毒を捧げなさい」

 っておい!メガネで太陽光反射してそっちまで構えるなよ!?

 

 と、言いたいところだが、寧ろ好都合だ。止めろと言ってラサ男爵だけ矛を収めた場合、合成個種側だけ倒す事になる。そうすれば、子爵の立場を悪くしてしまい、焦ってやらかすのが早くなりそうだ。

 その点、ワカメヘアーの子爵が焦る原因でもあるスライムのゴーレムまでもおれが撃破すれば、寧ろ自分より強そうなライバルも無様に負けたという事で多少は機嫌を良く出来るだろう。

 

 少しだけ名残惜しげに、けれどもそれ以上はなくひょいと離れていく少女を見送り、おれは妹に目配せをする。

 

 「お兄ちゃん」

 「……皇族だからな。言われたら教えてやらなきゃいけないだろう?」

 「うん」

 素直に下がってくれるアイリスにごめんなともう一度呟いて、おれは鉄刀に手を当てる。

 愛刀月花迅雷は呼ばない。あんなもの使って勝っても意味がない。

 

 素でぶちのめすだけだ。

 

 「……第七皇子よ。恨みはないし、アーカヌムを」

 と、蛍光グリーンの男はどうじゃ主殿、中々イカすじゃろ?とワンピースを見せびらかすようにくるくるしている自身の奴隷を呆れたように眺め、どもるように続ける。

 「まあ、面倒を見て多少あちらの理不尽を減らしてくれた事には感謝する。けれど……

 挑まれた勝負、お覚悟を」

 「おい!私が先で……」

 

 「……いや、当に終わった」

 話している最中に全身全霊、踏み込んだ速度で毒龍少女の毒を回収する前にぶよぶよと跳ねるスライムへと突貫し、掌底一発!見えている赤く明滅するコアを体外へと弾き出した瞬間に毒の最中を突っ切ってそれを追い、抜刀して切り捨てる。

 そして、弾かれたコアに集まろうとしていた触手のような最後の欠片を踏み締めた。

 

 「確かに毒でゴーレムというのは凄い事だ。同じゴーレムとの殴り合いでも優位に立てやすく」

 錆びついた鉄刀を振る。あの一発で錆び付くあたり、幾らこの刀が安物とはいえ、割と毒の力は有効だろう。

 

 「特にウッドやアイアンゴーレムならば腐食してほぼ無力化出来る。弾力で物理的な攻撃性能は多少低いが、防御と搦め手は中々だ」

 じゅうと手が焼ける。流石に無傷とまではいかないか。といっても、少し皮が爛れて捲れる程度。膿が出来そうなのが一番のダメージ……じゃなくて袖が破れている。礼服をだめにしたのが何よりヤバイか。

 

 「だが、それで勝てると思ったのか、ラサ男爵?」

 「おお、格好良いのお前さん。主殿相手に一歩も引かぬとは」

 「しかし、決戦形態では」

 「変化するなら、変化中を防御できる手段くらい無いと困るぞ?」

 例えばLI-OHは合体時に当然のように防御フィールド纏うし、おれだって変身する際には同じように護られている。

 

 「くっ……」

 「まだやるか?そもそも、戦うために来たのか?

 おれを殺しに来たなら、相応に相手をするが」

 愛刀を此処で呼び、白銀の鞘から僅かに雷轟を纏う澄んだ蒼刃を引き抜いて晒す。

 「困り、ます……

 戦うのを、見に来て……ない」

 アイリスの言葉で、全ては決着が付いた。

 

 「お、お庭が毒で……」

 「あ、すまない……」

 忘れてんじゃねぇよおれ!毒スライムを倒したせいで地面が毒だらけじゃないか何やってんだ。

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