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愚痴、或いはエルフ

「っ!なかなか……」

 そう呟くおれに、氷点下の呆れた視線が突き刺さった。

 

 「良い、これ以上持ってきた包帯を無駄にするようなら、代金を請求するわよ?」

 そう告げるのは何だかんだそう言いつつおれの腕に緑の薬草を使った包帯を巻いてくれるエルフの姫。

 

 「それにしても、何をやったら左半身が凍傷、右は火傷ってなるのかしら?」

 「制御と単純火力」

 そう、今は頼勇が居ないのもあり、いざという時にまともに戦い抜けるように、父に付き合って戦闘訓練をしてるのだ。

 あの当代皇帝と……というのは大出世だろう。原作ゲーム的に考えても、彼は余程認めた相手以外手合わせすらほぼしてくれないからな。

 

 ただまあ、父相手ともなると出し惜しみなんぞ一切やってられないのが一つ難点。敵でも転生者でも魔神王軍どもない相手に湖・月花迅雷を抜くこは……なんて言ってた日には死にかねない圧を放ち全力で掛かってくるのだから此方も命懸けだ。

 当然愛刀を抜き応戦する。それでも正直スカーレットゼノンアルビオンへの変化を使わないでやってると勝てないと思い知るのだから恐ろしい。

 

 結果的に、こうして回復魔法なんて効かないおれは毎回包帯のお世話になるという訳だ。

 「本当にすまない」

 「こんなに包帯を乱用するような鍛練、本当に身になるのかしら?甚だ疑問よ」

 はい、終わりよと大分短くなった包帯の巻きをしゅっと魔法で切り取りながら告げるエルフ。

 

 「それはおれだから」

 「違うわよ。アナタじゃなければ、その分魔法で傷を治していた訳でしょう?それ同じことじゃない。

 毎回毎回怪我して帰ってくるのが普通の鍛練というものがそもそも変だと言いたいの、分かるかしら?」

 ぎゅっと腕の包帯を絞られる。が、痛くはない、単なる抗議なのだと分かる。

 

 こうしてくれるのは単純な心配からだ、それが分かるから、有り難うとおれはおれの数倍生きている年下にも見える少女に微笑みかけた。

 

 「でも、間違っていないよ、ノア姫。

 確かに危険な事をやっている。でも、だ。おれ達が立ち向かうべき相手は、それで終わらない相手だから。いざという時に上手く戦えませんでしたで終わらないために、今傷付いているんだ

 分かってくれないか?」

 「分かってるわよ、それくらい。あまり言わせないでくれる?」

 「ああ、悪い」

 「随分と素直になったじゃない」

 「おれだってさ、これだけ背負ったんだから」

 と、今は大人しい愛刀を見下ろしておれは呟く。

 

 「天の光は大体星。幾多の想いをおれは背負って、未来に進むよ。

 勿論、ノア姫の想いも全部」

 「あら、ならばこの恋心もと言ったら、背負って結婚してくれるのかしら?」

 悪戯っぽく、茶化すように少女はおれに向けて微笑んだ。が、案外笑っていないというか、耳飾りを無言で取る辺り少しだけ圧を感じる。

 

 ちなみに、これはノア姫当人から聞いた話なんだが、エルフには左手薬指の指輪とかの文化はない。その分、異性から貰った耳飾りが似た意味を示すのだとか……

 

 「冗談よ、そんなものアナタに背負わせたりしないわ、恋を認めるのも癪なところがあるのだもの、ね」

 ……何だろう、圧を感じ出すんだが……

 

 「ノア姫、本当に何時も助かってるよ、有り難う」

 「言葉は良いわ。態度で示してくれる?そうでないと、わざわざ同盟してあげている価値がないの」

 ……と言いながらも、何だかその流麗な長い耳が上下に揺れているのはおれの気のせいではないだろう。

 

 駄目だな、見捨てられるなよ?と言われたせいか無駄にノア姫の細かい仕草を気にしてしまう。

 

 「まあ、そこは良いわ、別に本当に必要だと言うなら持ってきてあげる。ワタシから見て無駄にも思えたら相応の対価を求めるだけよ。

 それで、アナタ……もっと動くべき事があるのではないかしら?」

 言われて少し考える。

 

 「あ、すまない。今週のノア姫の講義、すっぽかしてる」

 「……案外しっかり意識していたのね、アナタ。てっきり聖女の付き合いかワタシへの義理だと思っていたわ」

 くすり、とエルフは愉快そうに首を少しだけ倒し、そのポニーテールが揺れる。

 

 「でも、違うわよ。あと、欲しいなら後で講義の要点を纏めた資料をあげるわ。

 ただ、他言は止めてくれるかしら?あれ普通に試験内容の一部をメモしてるから、点数が底上げされるのよ」

 そんなもの寄越さないでくれと言いたいが、まあおれならどうせメモが無くとも覚えて点数取れるからという信頼なのだろうか?

 というか、普通に有り難い。聖女目線での魔神王との戦いは色々と本なり絵本なり資料なりでそれなりに知れるが、聖女以外を中心に描かれる話は本当に少ないのだ。帝国は帝国だからまだ帝祖皇ゲルハルトの話がある分マシな方で、他国ともなれば本気で何も残ってない事が多々ある。

 そんな中で、エルフ(英雄ティグル)の視点から語られる歴史は本当に為になるのだ。

 

 「というか、アナタ何であんなに精力的なのかしら?」

 「アルヴィナは魔神だ。シロノワールに至っては当時の四天王で、おれが背負うアドラー・カラドリウスもまた、当時から幹部だった。

 彼等の想いも背負い、おれは未来を切り開く。となれば、その昔おれの先祖と彼等が戦った時の話だって、本当に帝祖側の視点一辺倒で学んでいたなら、申し訳ないだろう?

 その点、エルフは女神様の加護を受けていて、一歩引いた視点だから帝国の史観より少しだけ冷静で面白いんだ。といっても、魔神族と敵対はしてるから魔神族側の正義は流石にあんまり伝わっては来ないけど……」

 「あら、好評ね。あまり授業を真面目に聞いているようには見えなかったのに」

 「変な悩みが多くて。しっかり内容はノートに書いて、暇な時に読み返して学んでたよ」

 「冗談よ。ワタシを見せ物のように眺めに来ただけの生徒よりは何倍も真面目に授業を受けてたものね、アナタ。トリトニス後の試験だって、アナタと銀の聖女が成績でトップだったもの」

 が、エルフの姫は紅玉の瞳を細める。

 

 「だからこそ、アナタ達にはちゃんと満点取って欲しかったわ。両方とも一問間違えていたわ、それぞれ別の箇所だけれども、そこが残念ね」

 いや、面目ないと頭を下げる。エルフ史観なら割と学んだんだけど、どうしても理解しきれないところもあったのだ。

 

 「まあ、冗談よ。というか、そうそう満点を取られないような試験にしていたのだけれど、正解者が居て驚いたわ。

 アナタもだけど、あの銀髪の聖女も中々にぶっ飛んだ頭をしているのね。感心したわ。

 

 …と、そうではないでしょう?ワタシの授業を好んでくれるのは嬉しいけれど、アナタのやるべき話はそこではないわ」

 

 「というか、何で気が付かないのよ。

 アナタ、あの少し頭の可笑しい妹の婚約者候補に悪行を為す相手がいるって知っているのでしょう?父とのんびり剣を交えている余裕があるのかしら?

 そもそも妹当人が卒倒してるというのに」

 そうなんだよな。アイリス自身はおれが父とやりあってるのを見てそのまま寝込んだ。多分心の問題で体は割と健康よりなので遠からず起きてくる筈なんだけど……

 

 「いや、彼は本気で今はまだやらかしてないんだよ。そこを潰したら、割とある才能を潰した上に敵に回す事になるから今は本当にさ、アイリスの婚約者を選ぶ云々が始まることを待つしかないんだ」

 というか、おれとしては頼勇に任せられれば完璧、ガイストもアイリスの事は大好きっぽいから良しの域だし……

 「それで見逃すなんて、ワタシ的には良く分からないわね。まあ、アナタがやりたいなら良いけど」

 ぴくぴくと不満げに揺れる耳と、納得いかないと細かに動く首を反映して微かに振られるポニーテール。

 

 「ごめん、迷惑をかける」

 「本当よ、迷惑ね。あまり心配をかけさせないことね。

 ああ、ワタシじゃないわ。あの銀髪の聖女の事よ」

 ……いやノア姫も心配してくれてるだろ、とは流石に言わない。そこを明かしたくないって本人が無言で主張しているからな。

 

 「分かってるよ。そこまで無茶なことをする気はないんだ、相手のやることは分かってるから、それをさらっと妨害してやれば良いだけだし」 

 ただ……もしも、もしも彼が変だったら、そこまで簡潔には行かないだろうがそこまで考えても何になる。

 リック……下門陸のように特異な能力と共に心を弄られていそうな相手は恐らくは別のゼロオメガの管轄、幾ら【AU】を一旦は退けたとしても別枠で出てくるだろう。

 

 「その割には不安げね、大丈夫なのかしら、本当に?」

 「不安はあるよ。恐らくは……奇跡の野菜というあいつらは、別のゼロオメガによる侵食の発露だ」

 紅玉の眼が細まる。

 

 「なら、対処を」 

 「したいよ。でも、向こうが何を狙っているかも分からない時点で仕掛けても、下門の仇すらまともに討てないだろう。情けないがボロを出すまで対処療法しかない。

 ……って言っても、ルー姐も居るし、おれだけが無理する必要なんて無いからさ。警戒だけ怠らずに、今はアイリスの未来を考えるよ、ノア姫」

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