ぬいぐるみ、或いは初めてのお使い
「うん、ありがとね獅童君」
……また呼び方が戻ってる少年が左腕に黒くて赤く透き通る角のデフォルメされた悪魔のぬいぐるみを抱き抱えて頭を下げる。
おれは、良いってとぬおーっとした呑気な顔つきのぬいぐるみを背中の袋に仕舞い今で応えた。
『……兄さん。私は兄さんに対してはそういうものではなく』
幼馴染が何だか不満げにおれが自分を模した(ゆるデフォルメの結果可愛いアホ面とかなり似てない)ぬいぐるみを買ったことを批判してくる。
うん、実際始水のイメージとは違いすぎるが、これはこれで可愛いじゃないか。そもそも、晶魔だって神像では細マッチョで司祭服ロングコートのイケメン悪魔だっていうのに、デフォルメだと頭が大きくてバッテンに口が刺繍されてて可愛いになってるんだから。
印象を崩したくないならぬいぐるみじゃなく像を買おうという話であって、子供向けのぬいぐるみはこういう親しみあるアホ面で良い。
『兄さんには私が居ますから、ぬいぐるみなんて必要ないでしょう。フィギュ……神像も持っていないというのに』
自分でフィギュア言うな神様。
ちなみにだが、教会は当然信徒向けに神像なんかも家で崇拝できるよう売っているのだが、かなり種類が多い。大きめのもの、小さいもの、全体が金属のもの、安い魔物素材のもの、一本の木から削り出した芸術品等……
その中で、何か人気らしいんだよな、龍姫像(擬人化)。おれは幼馴染が萌えフィギュア化してる感じがあって敬遠してたけど、女神像と並んで良く売れるらしい。変態ばかりか。
……余談になるが、正直個人的に言えば王狼像とか晶魔像とか高くて躍動感あるものになると10ディンギルとかする代わりに滅茶苦茶格好いいんだよな。ただ、龍姫像無いのに他の七大天像なんて買ったら始水に悪いから買ってない。ちなみに、アナの部屋にはちゃんと龍姫像(龍形態)が飾られてるのは見たことがある。しっかり埃とか掃除されて祈りに使われていた。
閑話休題。
幼馴染神様の機嫌は後で取る……というか別にこれ怒ってる訳ではなくクールに振る舞うフリしてるが寂しくておれにじゃれてきてるだけなので対処不要として話を切る。
「オーウェン、お母さんへは」
「あ、うん。ちょっと美味しいものをって思った感じだから、これから買うよ。食器も古いし、家に居られないことも多くて寂しいから彩りも欲しかったし」
と、少年の紫色の瞳が抱えたぬいぐるみに落ちる。
「ああ、ぬいぐるみもちょっとした彩りにはなるよな」
インテリアとしては子供っぽいが、アイリスとか今も10年くらい前の古いぬいぐるみを飾ってる訳だし。
「うん。僕に買ってくれたのにお母さん向けなのは……」
と、おれは一度立ち去りかけた店を振り返った。
「じゃあ親向けに別の要るか?」
「ううん。お母さんも悪をもって善を説くあの神様みたいにって晶魔様派だから喜んでくれると思う」
なら良いかと軽く手を振り、少年と別れる。
そして、ホクホク顔でぬいぐるみの束を乗せて大きな猫椅子を動かす妹を追った。
ずいぶんと嬉しそうだ、見てるだけでほっこりする。
「どうだった、アイリス?」
「自分で、買い物……初めて」
……過剰すぎる額出してたけど、初めての体験に心を踊らせたようだ。
「そっか、よかった。楽しかったか?」
「お兄ちゃん……と、だからが、大きい……です、けど」
それでも、外に興味がないとまではもう言わないでくれる。
「うん。こうして色々と、外を知っていこうな」
と、声をかけたところで妹が軽く咳き込んだ。
やはり、長時間連れ回すと疲れるのだろう、そう判断してぬいぐるみを抱えた妹と共に騎士団の詰所に向かう。
おれ達の立場は皇族……という以前に機虹騎士団の特別枠という形で明確に騎士団員としての籍を持つためシンボルを出せば普通に部屋を借りれ、一室に入って鍵を閉める。
大きな部屋で、会議などにも使えるがベッドはない。一息ついて妹を休ませようと思ったら……一声鳴いたデカ猫ゴーレムがびよーんと胴を伸ばしてベッドになった。
うん、何でもありか。
「疲れ、ました……」
二人きり(実はシロノワールは影の中に今も居るけど我関せずで本を読んでいる。自由かあの魔神王)だからか気を抜いて、ぽふっと簡易猫ベッドに倒れ込む細すぎる体。取り出したぬいぐるみを枕に、ごろーんとリラックスした体勢になるが、掛け布団はない。
細すぎる体と不健康気味な白さの肌を汗がつうと伝うのが少し艶かしいが……おれには汗ひとつ無い。やはり引きこもりにはちょい外気は暑かったのだろうか。
「ああ、お疲れ様アイリス。今日は休んだら帰ろうか」
「……一緒に、寝て」
「いやどうしたんだ?」
「不安に、させた……埋め合わせ、です。
鬣の人も、居ない……です、し」
確かに今出掛けてるからな。聖女の護衛としての活動だ。
「分かった。今日はずっと手を握ってる」
いった瞬間に伸ばされる妹の手。
「……寝る時にはな。早い早い」
「寝て、ます」
「休憩中じゃなく就寝の時だけだ。ずっと手を繋いでたら色々と不味い」
「……」
不満げな瞳に負けて、おれはベッドに歩み寄ると膝立ちになり妹のちょっと冷たい手を握った。
「……外、少しは、面白い」
「これから、もっと知っていこうな」
「煩いのは、いや、ですけど……」
「慣れれば民の活気がある証拠として割と楽しくなるぞ」
今日は割と静かだったが。喧騒があればこそ、民を護れてる実感を得れたりするんでおれは嫌いじゃない。
あの事故の時、最後はもう誰の声もしなかった。あの不気味な静寂よりは煩い方が余程良い。
いや、爆発とかそういった煩さは嫌だけどな?
「……わから、ないです」
「そのうち、何となく分かってくれると嬉しい」
そうおれは微笑んだ。
「お兄、ちゃん。
これだけが、来た理由?そもそも、ほぼ聞いてない」
あ、と不意に言われた言葉に思い出す。
「そうだそうだ。アイリスの婚約者云々の話をすっかり忘れていた」
「婚約者、要り……ません」
そこは本当に取り合ってくれない。だが……
「いや、そうじゃなくて。立場的に決めなきゃいけないって圧力がそろそろ来るんだ。
そして、その候補の中に……やらかす地雷みたいな人が混じってる。おれはその人のやらかしを、未来をある程度知ってる真性異言として止めてやりたくて、まずアイリスに話をしに来たんだった」




