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幼子、或いは歩み

「お兄、ちゃん」

 と、王都に入った辺りで背中の妹が小さく耳元で囁く。

 

 「ごめんなアイリス、少しだけ耐えてくれ」

 まあ、そこまで問題がない事は多いんだが警戒に越したことはないと、おれはかなり大きなマントを背中に羽織る。ついでに左肩の翼のマントも被せて防護は完璧だ。

 いや、実はそこまでしなくても良いんだが、あまり頼りきりたくないというのがある。

 

 今の湖・月花迅雷には自動防御機構……つまり、円卓勢がよくやってくる精霊障壁展開能力があるのだ。アルビオンの遺骸を組み込んだし、何なら精霊結晶が材質に混じってるから当然だが。だからアイリスを狙って攻撃されても実際は蒼い結晶壁がそれを防ぐ。

 だが、力の正体を知っててあまり使いたくはないだろ、あんなもの。

 嘆きをそのまま力として酷使したくない、だから使わなくて良いだけの防御を固める。

 

 「それは、良い……です」 

 更にきゅっと背中に抱きついておれの肩から顔を覗かせるアイリス。ふわりとしたオレンジの髪がおれの首筋を撫でてくすぐったい。

 

 「……そこの、女、何時まで着いて……くるの?」

 冷たい声音が、割と温暖な空に響き渡った。

 

 「……女?僕は」

 「泥棒猫の、匂い。分かり、ます」

 「いやいやいや、何で?」

 「見てた、から……」

 いや何をだ。

 

 「お兄ちゃんに、お風呂で、迫って……」

 ……ああ、ゴーレムで見てたのかあれ。おれ、その辺りは安心してくれるならと気にしないようにしてるからな。

 流石に知らない奴から魔法を掛けられてたりしたらおれでも対処するぞ?そもそもおれじゃ気が付かないから正確にはアルヴィナかノア姫辺りが指摘してくれるってだけだが。アイリスとかアルヴィナはもうフリー、好きに追跡してくれとしてたからバレたのか。

 

 「元々、聖女に……『わたしと同じ眼だから、女の子みたいに見えるんです』と、聞いてた。

 本当に、女……なんて、詐欺」

 ……アナ?なんでそれで見分けられるんだアナ?

 

 というか、どんな眼だ。

 『恋する乙女の眼です。私を見れば分かりませんか?』

 ……黙っててくれないか始水!?

 

 ……地味にかなりヤバイ告白をされた気がする。何だかんだ契約したし神である始水に転生して幼馴染やるくらいには気に入られているのは知っていたが……恋する乙女と言われるのか。

 

 「お兄ちゃん」

 かぷっと耳を噛まれて正気に戻る。まあ、始水のおれへの感情に恋愛が混じってると分かっただけだ。関係は正直変わらないし、今は後回しで良いか。

 

 「この女、いらない」

 「駄目だろアイリス。オーウェンはこれでも、エクスカリバーとかで助けてくれたろ?

 そうして遠ざけてばかりだと、お兄ちゃん悲しいな」

 言ってて少し吐き気がする。何様だろうな、この言い方。

 でも、荒療治だ。外に連れ出して、素直に世界を感じさせて。そうしないと、きっと妹はずっとおれだけ居ればとちっぽけな世界に閉じ籠ったままだ。

 

 「……かぷっ」

 噛むな噛むな。

 「分かってくれアイリス。もしもおれが居なくなったとして」

 ぞわっとする寒気。

 「ぐっ!」

 脚に走る鋭い痛みに沸き上がる吐き気を呑み込む。

 

 攻撃!?いやこれは……

 「獅童君!?」

 「全然直ってないぞオーウェン!?」

 何事もなかったかのようにひきつった顔を取り繕う。

 

 鋭い何かが、おれの右膝を貫いている。そう、アイリスが魔法で造り上げた恐らくは槍が。

 こういう時、さらっと手が出るとか、本当に一人ぼっちで、喪わない為に何をすれば良いのか分からないんだろうな。

 ……おれみたいに。

 

 だから、物理的にという判断しか出来ない。本だけ読んで、閉じ籠った来年には成人する深窓の皇女は……その実、世間知らずの幼子と何ら変わらないのだろう。

 って、おれが言えた道理かとは思うが。

 

 「アイリス、不安にさせてごめんな?」

 「二度と……言わ、ないで」

 背中に感じる重さ。何もかも預けるように、全身の重さをかけてくる。

 それでも、おれは首を横に振る。

 

 「いや、言うさ。

 おれだって死ぬ気はない」

 昔ならこんなことは言えなかったろう。それでも、暗くなりはじめ、星が見える空を見上げておれは言葉を溢す。

 「それでもだ。絶対なんて無い。だから、アイリス。

 考えたくない事だからこそ、安心させてくれないか」

 「……やだ」

 「頼む」

 「……でも」

 不意に、少女の重さが消えた。

 

 「アイリス?」

 「お兄ちゃん、が、言うなら……」

 背中から降りようとする小さな妹に焦りを浮かべ、手は虚空を切る。

 「立てるか?」

 「こう、すれば……」

 と、良く見れば降り立った妹は……大きな猫に乗っていた。

 ああ、車椅子ならぬ猫椅子か……確かにこれなら自分でも動ける。というか、アホかおれ、ゴーレムに乗れば良いなんて当たり前だろ、背負う必要がまず最初から無かった。

 

 「……名前」

 「え?」 

 と、灰色の瞳で見つめられてぽけーっと桜理が惚けた。

 「だから、名前」

 「お、オーウェ」

 「それ、偽」

 「……早坂、桜理。そしてサクラ・オーリリア」

 その名乗りを聞いて、深窓の皇女はこくりと頷いた。

 

 「お買い物。一緒に行く」

 「あ、うん、分かった……」

 で、そんなに見詰めないでくれないか桜理。今回助け船とか出せないというか、焚き付けた側なんで……

 と、おれは頬を掻いた。

 

 「それで、何を買いに?」

 「服。女物。

 お兄ちゃんに、言われても……その服装、気に入らない」

 「僕は気に入ってるよ?」

 「男のふりで、泥棒猫……」

 「正直あんまり女物は着たくないかなぁ……。ちょっとはマシになったけど、やっぱり女の子女の子すると気持ち悪いんだ。スカートとか」

 「……同じく、我慢」

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