隠し部屋、或いは鋼の正体
「……何やってるんだロダ兄」
そして、暫く後。おれは呆れた顔でそう告げた。
此処は騎士団の借りている一室。魔法的な(ユーゴがやっていたのと同じ影の聖域だ)方法で隠された名前の無い部屋である。
まあ、扉に影の聖域が掛けられていて、更には隠し扉になってるってだけなんだけどな。ついでに言えば横が結構堅固に防護魔法仕込んだ屋内魔法練習場だから隠蔽用の魔法の存在も誤魔化せる。
おれは当然開けられないので、妹に頼んで開けて貰うと……其処には場所を教えていない白桃の青年と、ナニコレとおれに向けて半眼を向ける妹が居たという訳だ。
「いやさ、縁に導かれて」
「隠し部屋に迷い込まないでくれないか、いくら音痴だとしてもだ」
ちなみにだが、公式設定で彼は色々と音痴である。方向音痴だし、割と味音痴だし、歌は下手の横好き。実際登場だって迷った果てに出会う形だしな。
ただまあ、頼勇程の完全無欠感あるキャラが複数居られても困るしな、案外抜けたところがある方が親近感が沸くのかもしれない。
とはいえ、流石に此処に辿り着くのはどうなってるんだこの方向音痴。
「何、全ては縁ということさ」
「まあ、アイリスにもそのうち紹介はしたかったが……何で先に入ってるんだ」
いや、原作からして縁の一言で迷い込んでくる娘とはあったけど……
「ま、そこはワンオペちゃんと出会った時も同じ事よ。奇縁宿縁」
「小さなものから良縁に変えていく、じゃなかったのか?」
と、話していると足を引っ掛かれた。
見れば、妹の猫ゴーレムがおれの足に不機嫌そうに爪を立てている。
「っと、すまないアイリス。
改めて一応紹介しておくと、彼はロダキーニャ・ルパン。おれ達の仲間だ」
その紹介に青年は己のキメラな形象を全てさらけ出す。雉の翼を拡げ、犬の左手を肉球が見えるように前に突き出し、猿の尾を燻らせる。
が、少しだけつまらなさそうに妹はコクリと頷くだけだった。
「で、そっちが全っ然素を見せてくれなかったワンちゃん妹と」
「お兄ちゃん、は……
犬じゃ、ない……」
いやそこかアイリス。そこなのか。
「……ワンちゃん、悪縁じゃないか?」
妹の灰色の瞳が氷点下になった。
「ロダ兄、言い過ぎだ」
「……で、てって」
いや、おれだって少しは分かっている。原作ゲームのアイリスと違って、今の妹の感情が内向的で危ういって事くらい。だが、だからこそそこを突っ込まないで欲しかった。
「おっと、ワンちゃんに任せるぜ。今回の俺様は迷い込んだだけで、部外者だしな。まだしっかり縁を繋ぐ時じゃ無いってこった」
と、おれのアイコンタクトでさらっと青年は姿を消した。
あ、アバターかあれ。確かにロダ兄のアバター姿ってぱっと見見分けが付かない形にも出来る(キメラな先祖返り亜人要素を分割すれば数を増やせる)しな、見えない扉の先に空間があるなら其処に出現だってさせられるだろう。
チートかよとか密室にする等の対策が何一つ取れないとか色々と言いたくはなるが、攻略対象なんてそんなものだ。実際閉鎖空間に閉じ込められたヒロインをさらっと当然の面で助けに来るイベントとかあった筈だし、そう考えれば……いや知らずにアバターを女の子の部屋に送り込まないでくれないか?
「なに、あれ」
「だから、おれ達の仲間だ。見ての通りアバター使いだからさ、アイリス的にも参考になると思うぞ。
最終的にジェネシック・ダイライオウを考えると複数機体を平行して制御しないといけなくなるだろう?その際に平行思考は間違いなく必要だ」
「それは、分かり……ます」
でも、とベッドの上で上半身を起こし、バカデカい丸っこい猫の頭を模したクッションに背を埋めた妹は嫌そうに溜め息をついた。
「でも、あの人……何だか、嫌」
「そっか。嫌がられてるなら彼は基本近付いてこないから、本当に見に来ただけなんだろう。
でも、アイリス。そのうち、な」
ふるふると力無く振られる首。揺れるツインテール。
「お兄ちゃんだけで、良い……
許すのも、タテガミと、ガルゲニアの人まで……」
ガイスト、名前覚えられてないのか……って少し寂しくなる。
なんて感傷に浸っていると、細すぎるくらいの手でぽんぽんとベッドが叩かれた。
「お兄ちゃん、こっち……」
ああ、近付いて欲しいのかと理解しておれは薬草の香りのする妹の横に座った。
うん。薬臭い。本来の体の弱さは相変わらずで、魔法の乱用が厳しいので薬草等も併用して健康を維持しているせいかアナのような香水の良い香りという感じではない。
「……大丈夫か、アイリス?」
突如咳き込むその背を擦りながら問いかける。
「だい、じょうぶ……」
小さく返す少女に嫌がる素振りはない。昔はおれも警戒していたのにな。
「ん」
甘えるような吐息。多分こうだろうと、あまりにも軽い妹の肩を軽く触れるように触り、上体を引き寄せる。心地よさげに少女はそのオレンジ色の髪をおれの肩……には届ききらないので腕に擦り付けてきた。
まるで、マーキングするように。ってか薬草の香りが本気で移るな、別に良いけど。
「……でも、それは、今は……別」
「そうか。聞きたいこととかあるのかアイリス?」
「お兄ちゃんが、来た……理由も、後で」
見上げてくるのは真剣な瞳。内向的で病み気味で、何処かおれに似た眼ではなく、光の強い父にも近い皇女としての眼色。
「ああ、何が聞きたいんだアイリス」
こういう時の妹は真面目だ。原作でもたまに見せてくれた本気で取り組む時の顔だからな。
「お兄ちゃん。出てこなかった、合体」
それだけで理解できた。下門とおれが何とか降臨する前にティアーブラック……もう面倒だからアヴァロン・ユートピア略してAUで良いや。AUの使おうとしていた謎の巨神の話だろう。
「なに、あれ?」
「実際に現れていないからおれにもさっぱりと言いたいが……」
実は、正体については何となく理解できている。だからこそ、あれを見た瞬間に始水は絶句して何も言わなくなったんだろうな、と。
「分かる、の?」
「推測だけどな。AGXとは系統が違って、コンセプトも違う。魂を燃やしてくる力じゃない」
こくり、とおれの腕に体を預ける妹の代わりに膝上に呼び寄せた猫ゴーレムが頷いた。
「でも、恐らく彼等も意志は同じなんだ。
精霊に、生への絶望を根源とする覇灰に立ち向かうという、その真実の意志は」
「……べつせかい?」
「ああ。きっとあの機械達も、別の世界で覇灰に立ち向かった何者か達の成れの果て……というかコピー品なんだろう」
実際に、下門に本物のユートピアが可能な範囲で手を貸している様子があったが、データを書き込むなんて手法はオリジナルが手元に無いと出来ない芸当だろう。あくまでも、彼等が使うものは都合の良いコピーに過ぎない筈だ。
「……それは、分かる」
「ああ。そしてだ、アイリス。アイリスにはおれ達が立ち向かう最終的な敵の事は話したよな?」
「おうす、なんちゃら……」
その言葉におれは深く頷く。
「ゼロオメガ。正式には、神話超越の誓約。夜行に呼ばれた精霊セレナーデが言っていた『覇灰皇の見た光』を超え、覇灰を再び世界にもたらす者。
そして、精霊とは覇灰の力を使ってゼロオメガが作り出した存在らしいし、AGXもまたそうだ。だとしたら、別系統ながら対覇灰を考えているだろうあの機体の正体は……」
おれは一息置いて、妹の答えを待つ。
「神話より出でし者」
「そうだ、アイリス。きっとあれが……覇灰皇の見た光そのもののコピー品。転生者達に与えたものとは違う、もっと根源に近い対覇灰の力。最低の尊厳破壊機体だよ」
「……さい、てい。ゆるせ、ない……
他人の造ったもの、あんな扱い……」
静かな声で、妹はそう結論付けた。
うん、絶句するしかない。流石に自分勝手すぎるだろうあのAU。そもそも始水の姿をコピーしてる時点でクソッタレなのは分かりきってるが、神として傲り腐りきってる。
二人して、あんなんに負けるわけにはと頷きあい、妹が眼を閉じて何かを要求する素振りに合わせておれはこん、と優しく額を突き合わせた。




