慰霊碑、或いは誓い(2部3章完)
二日後。
おれは、慰霊碑の前で無言で立ち尽くす。
「自分、此処に奉られてたんですね……」
と、横で唖然としたように呟くのは一人の兵士だ。そう、おれの盾となり消し飛んだ筈のうちの一人。時が滅茶苦茶にされた影響か、彼等も生き返っていたのだ。嬉しいような、彼等のあの日の想いを馬鹿にされるようで不愉快なような、複雑な気持ちにならざるを得ない。
ただまあ、遺族があの人が帰ってきたと普通に喜んでいる以上、それで良いのかもしれない。
「ゼノ殿下」
「騎士団長。今の責任者はアイリスです。うちはこれでも第三皇女アイリス派なんで」
語りかけてくるこの地の団長に笑いかける。
まあ、アイリスはその辺りに興味を見せないから実質おれが代理なんだが……
「彼等は殉職した筈だ。どう対応すれば良いだろう。
そして、約半数は今もまだ姿を見せないが」
「これが、おれ達が立ち向かう敵の一角の力です。時を操る怪物による怪異現象。
彼等は偽物とか他人の変装ではありません、死ぬ前の時間軸からやってきた……言うなれば過去から来た当人です。返してやれるわけでもありませんし、それはもう一度死ねということに他なりません。だから聖女の奇跡として上手いこと保護してやってください」
ただ、とおれは言葉を切って再度慰霊碑を見つめる。
「これはあくまでも偶発的に取り戻せてしまっただけのもの。自在に死者を過去から蘇らせられるとかそんな話は全くありません。だから、全員は帰ってこなかった」
実際、もしも桜理があの機体を使いこなせたとしたら、どうなるのだろうと少しだけ思う。
でも、きっとそれは有り得ない。
いや、桜理が使いこなせないって意味じゃなく、AGX-15に自由自在に時を巻き戻す力なんてきっと無いんだ。
『おや、どうしてそう思うのですか?』
と、耳元に囁く幼馴染の声。こうして思考を軽く誘導してくれるから助かる。
……だってそうだろう。ほんの少ししかおれも知らないが、時を戻して死者を生き返らせたり、そんな機能があればあの機体は……あんなに一人ぼっちではなかったろう。誰も居なくなった世界で、たった一人の孤高の鋼皇。護るものすらほぼ居なくなった世界できっと彼は戦い続けてきた。
そう思ったら、今回のあれは本当にイレギュラーだ。起こって良かったとは思うが、二度と期待はできない。
「……奇跡として」
「はい。七大天様がきっと、わたしたちに希望をくれたんです」
『ま、私にはそんなこと出来ませんが……』
神妙におれの横に控えていたアナが七天教らしいことを言い、神様がおれにだけ茶化す。
というか、死者蘇生とか、
『世界のルールを曲げますからね。兄さんを一度異世界に送って過去の兄さんに組み込むとか、あれも割と反則なんですよ?
本気になればやって出来ないことは無いのですが、それを行うという事は生と死の境を世界自体から曖昧にしてしまうことです。それは困りますからね』
なんて裏話をおれが聞いている間に、自分達が体を、命を張って護った聖女に微笑まれて生き返った兵士達は照れ気味の笑いを浮かべる。
が、大半はこれでも家庭持ち。特に変な視線はない。
「おーい、ゼノ君、そろそろ帰る時間だってー」
なんてやってる間に、リリーナ嬢の声まで聞こえてきた。
「了解です、聖女様、殿下」
それだけ告げると、少しだけ嬉しげに足取り軽く騎士団長は靴音を鳴らして部下達と去って行く。その足音には同僚が居ない寂しげなものも混じっていて、それでも複雑な気持ちながら帰ってきてくれた事は嬉しく思う。
自分の保持して助けてくれる死霊が減ったとアルヴィナは耳だけ不機嫌だが……何も言わないで見送ってくれた。
そうして、もうそろそろ行かないとなと思い、おれは横の聖女様と共に今一度慰霊碑を見る。
その上側に新しく刻んだ文字と、小さな箱。日本語で刻んだその文字は人々からすれば不可思議な紋様にも見えるだろう。でも、おれには読める。
下門 陸、と。
その文字の上に用意した箱に、アナが耳からもう一度取った耳飾りの片方を仕舞うと、魔法で軽く封をした。ふわりとした青い光が水球となり、日を浴びて煌めく宝石のように慰霊碑に華を添える。
反対もされた。やっぱり納得できないとも。おかーさんは赦してもとアウィルすら難色を示した
当然だ。実際おれだって理解できる。だっておれと下門の間には……交流が無さすぎたから。普通に信じてやるには縁が足りなさすぎる。
だけど、せめてと理解しようとした二人で此処に葬る。結局ほとんどの人が見向きもしない場所、遺体の一部すら無く何なら死者の一割程が生き返ってしまって更に扱いが微妙になりそうな慰霊碑を護る意味も込めて、聖女の祈りを合わせながら奉る。
その魂は此処には居ないけれど、だからこそ覚悟として。
きゅっと、アナが耳飾りの片方を握り締めた。きっと持っていくのだろう、それで良いと思う。
「行ってくるよ、下門」
「リックさん、行ってきますね。貴方がくれた未来を、より良くするために」
小さく手を合わせてから、おれ達は慰霊碑に背を向け、皆の元へ戻る。
……アルヴィナ祈ってないな?
「アルヴィナちゃんは良いんですか?」
「ボク、居ない者に祈る気はない」
それもそうだろうと頷く。おれ達自身、本当に冥福を祈るよりは自分達の心を、決意を固めるためという意図が強いのだから。それが要らないアルヴィナは祈らなくても良い。
「ゼノ君ゼノ君、帰りは私があの子の背にのって良いかな?ちょっと私もゴツゴツモフモフ体感したくて。
あ、桜理君……じゃなかったオーウェン君も出来たら一緒に」
「うーん、僕は龍籠が良いかなぁ。
ロダキーニャさんのマッサージ、結構凄くて、もうちょっと疲れを取りたいなって」
なんて、皆がワイワイと話している。
「アナちゃん、行こうぜ」
「皇子、祈りは終わったな。後は」
「ああ、過去は胸に、脚は未来に」
「そういうこった、歩みを止めた奴は、どれだけ脚が速くても止まらなかった奴に追いつけないもんだからな」
上手く出来れば、ここに彼も居たのだろうか。そう考えても仕方がない。
改めて心の中で思う。
行ってくるよ、下門。君の照らした未来を、おれの脚で。皆と共に。
愛刀が揺れる。鋼の軋みと共に、龍の咆哮が風にのって小さく聞こえた気がした。
次回からはのんびり息抜きアイリス回です。乙女ゲーが帰ってきて猫が頑張ります。




